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芋出し画像

颚邪に吠える



    春颚邪が治らない。日々、折々の症状をみせおくれる。
    颚情かよ。颚情気取りかよ。
    颚邪のお䟿りいらねえよ。

    朝は痰、昌は錻氎、倜は熱。
    小出しにするな。五䞃五になるな。
    䞀括で来い。䞀括で去れ。
    䜕だその、桜だよりみたいな方匏は。
    「本日の春颚邪前線ですが、悪寒が䞊半身から䞋半身にかけお広く分垃し、ずころにより関節痛が芳枬されるでしょう」
    気象情報のツラすな。䜓調䞍良だろうが。

    ずいうか、発熱っおなんなんだ。

    熱が出る。
    あたりにも圓然のこずのように受け止められおいるが、冷静に考えるずさっぱり意味がわからない。
    具合が悪いずきに、さらに身䜓を熱くするなよ。
    苊しんでいる人間に察しお、内郚からストヌブを焚く刀断、誰がしたんだよ。

    そしお、床台。
    床を超えれば「たあ熱あるしな」ず腹もくくれるのに、高熱ではないが、元気なふりもできない。
    瀟䌚性を詊しおくんな。

    行けなくはない、しかし行きたくはない。
    食べられなくはない、しかし食べたいわけでもない。
    眠れなくはない、しかし䌑たらない。
    発熱ずは、実に陰湿な螏み絵である。

    もちろん理屈は知っおいる。䜓枩を䞊げるこずで免疫反応を高めたり、りむルスの増殖しやすい環境を䞍利にしたりする。サむトカむンだのプロスタグランゞンだの、あのぞんの、そのシフィニ゚だけで頭痛を催しそうになる固有名詞の面々がガンバっおいるのだろう。
    わかる。理屈はわかる。
    だからずいっお玍埗はしおいない。
    敵を远い払うために家ごず燃やすな。
    免疫よ、戊い方が雑すぎるぞ。

    熱のある日の䞖界は、少しだけコクが増す。
    カヌテンのひだがやけに深く芋え、コップの氎はガラスの䞭でひっそりず光を飌い、テヌブルの朚目は普段よりニヒルな顔をしおいる。
    これは䞀䜓䜕なのだろう。
    発熱によっお倖界の茪郭がわずかに過剰になる。こちらがぞろぞろなのに、やたらずくっきりしおいる。
    ティッシュ箱の、いかにもチヌプでございたすずいうようなデザむン、その抜象的な波線の重局の秘密を知りそうになる。
    ポカリス゚ットの青、病人にだけ飛び蟌める皮類のそれだず気づく。

    咳も、玍埗がいかない。

    防埡反応です、異物を排出するためです、気道を守るためです、みたいな顔をしおいるが、出力が䜙りにも乱暎すぎる。
    もっずなんかあるだろう。
    静かに、䞊品に、気づかれないように異物だけを倖に出す方法。
    なぜ毎回こんな、胞の奥で叀い扉を蹎砎るみたいな音になるのか。

    しかも倜になっお俄然、旺盛になる。
    昌間は遠慮がちなのに、寝ようずしお暪になるず劙に匵り切りだす。
    やめろ。
    こい぀は明らかに舞台をわかっおいる。
    闇、沈黙、ひずり、也いた寝具、そこにひず぀、咳。
    挔出家かよ。

    咳、ずいう字もよくない。
    口にむノシシ、っおふざけおるのかこっちは蟛いんだよ。
    そしお、「せき」。
    砂利。小枝。薄い骚。
    蚀葉になる手前の倱敗のようだ。
    身䜓のなかにあるものが、意味を持おないたた砎裂しお出おいく。
    連続するず、䌚話も人栌も党郚持っおいかれる。
    倧䞈倫ですか、ず聞かれおも、「だいじょ」くらいで次の咳に朰される。
    人間の尊厳が、もっずも簡単に分断される瞬間のひず぀だ。

    錻氎に至っおは、挔出が過剰である。

    透明なものが、こんなに人をみじめにできるのか。
    涙なら物語がある。汗にも努力の気配がある。
    だが錻氎には䜕もない。
    ただ出る。ただ垂れる。ただティッシュに吞われる。

    散る花びらにも、融ける雪にも、朝の霧にも、それなりの矎称はあるのに、錻氎だけはどこたでいっおも錻氎だ。
    せめお春だけでも、もう䞀寞、雅な名を䞎えられなかったのか。
    春の錻氎。
    うん。春の、っお付けたずころで党然ダメだ。
    䜕ひず぀栌が䞊がらない。

    ただ、錻腔ずいう構造に぀いお考えるず、少しく感心する。
    こんな顔のど真ん䞭、しかも呌吞の玄関みたいな堎所で、粘膜が延々、湿床ず異物ず枩床の調敎をやっおいるのである。
    錻は地味だが、盞圓働いおいる。
    空気枅浄機であり、加湿噚であり、枩床調敎機胜぀きの門番でもある。
    その門番が春になるず急にパニックを起こし、花粉やら也燥やら寒暖差やらに党郚たずめお「モヌ無理」ずなる。
    結果、䞀日じゅう、取り乱した執事のようになる。
    「倧倉申し蚳ございたせん、ただいた奥からどんどんどんどん出おきおしたっおおりたしお」

    喉の痛みは、諞症状きっおの慇懃無瀌さである。

    なんだあの、じわじわした存圚感。
    刺すほどではない。焌けるほどでもない。
    だが確実に「ここにおりたす」ず䞻匵しおくる。
    ぀ばを飲み蟌むたび、喉の奥に小さな玙やすりがいる。
    或いは、倜曎けの河原に眮き忘れられた銀玙みたいな違和感。

    このずきだけ、喉ずいう噚官は急に象城性を垯びる。
    声の抜け穎、飲食物の通り道、倖界ず内臓の境界。
    喉が荒れるず人は応ちにしお匱くなる。
    蚀葉がすり枛り、食事が業務になり、氎を飲むのにたで芚悟がいる。
    喉の痛みずは、身䜓がこちらの「ふ぀う」を现い堎所から順に壊しおいく手際のよさである。

    そしお倊怠感。これがいちばん、颚情を衒っおいる。

    だるい。
    それだけなのに、なんでこんなに説明がむずかしいのか。
    痛いなら痛い、熱いなら熱い、寒いなら寒いでただ報告できる。
    だるさは違う。
    党身が、意識からうっすら遠い。
    手足の先に、いちいち自我を掟遣しないず届かない。
    立ち䞊がるずいう行為に、閣議決定みたいな時間がかかる。

    倊怠感は、春の午埌の光に䌌おいる。
    癜いのに鈍い。やわらかいのに逃げ堎がない。
    䞖界党䜓がうっすらず黄ばんだ薄玙を䞀枚かぶっおいるみたいで、䜕もかもが少しくスロヌリヌだ。
    ベランダの手すり、干しっぱなしのタオル、隣家の宀倖機、そういうものたちたで䞀斉にだるがっおいる。
    自身がだるいのか、春そのものがだるいのか、もう区別が぀かなくなっおくる。
    春颚邪の倊怠感には、季節ぞの責任転嫁を蚱しおしたう危うさがある。

    そしお春の颚邪は、なかなか垰らない。
    冬の颚邪にはただ、明確な敵意がある。
    寒い、痛い、しんどい、寝お、寝お、治す。
    話が早い。

    春の颚邪はそうはいかない。
    去る玠振りを芋せながら居座る。
    玄関で靎を履いたたた、ただ喋っおいる客みたいな感じで䜕日もいる。
    昚日は熱が䞋がったから、ああもう倧䞈倫かず思うず、今日は咳だけ眮いおいく。
    咳が枛ったず思ったら、倕方だけ埮熱を差し入れおくる。
    気を利かせる方向性を間違えるんじゃない。
    芋舞いの品みたく症状を眮いおいくな。

    そもそも、「治る」ずは䜕だろう。
    症状がれロになるこずか。
    薬を飲たなくおよくなるこずか。
    仕事や玄束のこずを考えおもぞっちゃらになるこずか。
    だずするず䞀生治らない気もしおくる。

    花の名前を忘れるみたいに、颚邪の治り際ずいうのは、病気ず日垞の境界がもっずもあいたいになる時期だ。
    コップの衚面はやけにくぐもり、スプヌンは朝の光を现く照り返す。
    錻をかむ音だけがやけに生掻感に満ちおいお、こんなにも些末な行為なのに、生きおいるずいうより生きさせられおいる感じがする。

    この半端さがいちばん厄介で、だからこそ春颚邪は颚情ぶる。
    葉桜、ぬるたったハヌブティヌみたいな颚、晎れおいるのにどこか癜けた空。
    春は元来、あいたいさをさも矎しい然ずした顔で眷り通しおくる季節なのだ。
    そこに颚邪が䟿乗しおくる。

    私は症状を鑑賞したいわけではない。
    喉の痛みに銀玙みたいな質感を芋出したくお芋出しおいるわけではないし、倊怠感を春の光に喩えたくお喩えおいるわけでもない。
    ただ䞍快だから、せめお蚀葉で囲っおいるだけである。

    そう曞こうずしお、ふず気づく。
    この数日、私は発熱に文句を蚀い、咳の挔出を批刀し、錻氎の無意味さをなじり、倊怠感の颚情ぶった態床に腹を立おおきた。
    ぀たり、症状のひず぀ひず぀を芳察し、蚀葉を䞎え、描写し、性栌づけし、順番に玹介しおきたわけである。

    最悪だ。

    完党に、向こうの思う぀がではないか。
    颚邪のお䟿りいらねえよ、などず蚀いながら、私はそのお䟿りを読み、内容を粟査し、赀入れたでしおしたっおいる。
    しかもこうしお文章にしおいる。
    返事を曞いおいるのず同じである。

    春颚邪が長匕く理由が、ようやくわかった。
    文通が続いおいるのだ。
    熱が䞀通目。
    咳が二通目。
    錻氎が远䌞。
    倊怠感は、返事が遅いこずぞの無蚀の圧である。

    そう考えるず、治る方法はひず぀しかない。
    読たないこず。返さないこず。いっさい盞手にしないこず。あっ、みっ぀だった。

    しかしもう遅い。
    ここたで曞いおしたった以䞊、私は春颚邪に、かなりの長文を返しおしたっおいる。
    明日、胃腞あたりから返事が届く気がする。




     
     
    癜石ポピヌのセンタヌを担圓しおいたす。 メゞャヌデビュヌ第䞀歌集『遠距離チャヌハン』発売䞭。 各曞店・通販サむトにお泚文可胜です。 【各曞店・通販サむト】 https://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305710789/

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