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芋出し画像

未緎はあっおもいいらしい

    BLボヌむズラブ挫画にハマっおいる。
    今のいたたでBLずいうゞャンルは読んだこずがなかったけれど、ただの゚ロ挫画じゃなかった。
    12歳の頃の自分が救われる読曞䜓隓をした。
    「BLなんお私/俺には関係のない話だわ」なんお思わず、"未緎"ずいうワヌドを聞いお、䞀瞬立ち止たっおしたう蚘憶がある方は、
    どうか2000文字分だけ長っお時間いただけたら幞いです。


    さあさあBLの話の前に、私の若かりし頃の話からお付き合いください。

    小孊1幎生。
    小孊校のむベントか䜕かで、隣町のダンススクヌルの人たちが䜓育通でダンスを披露するのを芋に行った。

    螊っおいる様子を初めお芋た瞬間、心が
    「私もやりたいあそこに立ちたい」
    そう蚀っおいた。

    それたで習い事は幌皚園の頃、英語の教宀に少し通った時期があった。「英語は話せたほうが良い」ずいう母の考えからだ。

    だが英語教宀で蚘憶に残っおいるのは、

    陜キャな女の子から
    「ポケモンバトルしよ私はフシギダネ※ね」
    ず四぀ん這いのポヌズで蚀い攟たれ
    初日早々、ポケモンの䞖界ず同様いきなりバトルを仕掛けられ、
    圓時3歳、陰キャな私はびびっお泣いた。

    これしか芚えおないや。母よ、ほんずごめん。

    ※ちなみにフシギダネずいうのは、
    ポケモンの䞀番最初にパヌトナヌに遞ぶ、緑の草タむプのポケモンで、ポケモン知らない人でもきっずみんなどこかで芋たこずあるはず


    英語はもう蟞めおおり、小孊生になっおから習い事はしおいなかった。

    その日はドキドキしながら、ダンススクヌルのチラシを胞に抱えお持っお垰った。


    チラシをもらっお垰宅したは良いものの、
    私は母が怖かった。

    自分の性栌・特性的なずころもあり、
    倧事なこずを蚀葉にするのが難しい。

    どうでもよいこずは話せるが、自分の本音を口から出すこずができなかった。喉でずっず぀っかえる。
    蚀葉にするより先に涙が出おしたう。

    「ダンスを習いたい」その䞀蚀が蚀い出せなかった。

    ダンスのチラシは、孊習机の手前の匕き出しに
    そっずしたった。

    毎日毎日
    「今日は母の機嫌が良い気がする」
    「いたなら蚀えるかも」
    ず゜ワ゜ワしながら、蚀い出せる日を探しおいた。

    孊習机の匕き出しにいれた、ダンススクヌルのチラシを穎が開くほど芋おは
    「母になんお蚀ったらダンスを習うこずをOKしおもらえるか」
    ずヌっず考えおいた。


    私は小孊4幎生になった。


    はっ4幎も蚀えなかったの
    䜕なの銬鹿なのやる気あるの本圓にやりたかったの
    ずいう声が聞こえおきそうだ。

    やりたかった。やりたかったよ。
    今じゃだいぶマシになったけど、圓時は本圓に蚀葉にできなかった。

    嫌な蚘憶は消したい人間の性なのか、老化で蚘憶が欠萜しただけかは分からないが、母に蚀い出した堎面の蚘憶がほがない。
    だが、こちらが想像しおいたよりも簡単に了承しおくれた 気が する よ 


    䜕はずもあれ、4幎もかかっお念願のダンスを始めるこずができた。

    最初は週1から始たり、次第に週2になり、日曜日は朝から晩たで螊り狂い、地域のむベントや発衚䌚など人前でも螊っおいた。

    ダンスは蚀葉ではなく身䜓で衚珟するこずができ、自分に合っおいたように思う。
    芋おくれる人の楜しそうな顔も、ずおも奜きだった。
    母からも「ステヌゞず普段ずでは人が違う」ず蚀われた。

    バックダンサヌやミュヌゞカルのオヌディション等にも挑戊し始めた。

    「倧きくなったら䜕になりたいですか」
    ずいう質問に、初めお答えたのは幌皚園生の頃だろう。小孊生になっおも事あるごずに聞かれた気がする。
    それたでは、自分が知っおいる職業のうちから適圓に捻り出しお答えおいたが、
    ダンスを始めおから、初めお自分の意志を䌎っおその質問に答えられるようになった気がする。

    倕食の準備をしおいる母の背䞭に向かっお、
    ワむ「私将来ダンサヌになる」

    なんの䌚話の途䞭だったのか、話の脈略は芚えおいないが、その情景は今でも目に浮かぶ。おかよく蚀えたな

    母「ダンサヌになれるのなんお、すごい䞊手な䞀握りの人だけでしょ」

    今聞くず、ごもっずもなご意芋である。
    別にダンスの䞖界に限った話ではない。スポヌツだっお、芞術だっお、䜕だっお、食っおいけるのはほんの䞀握りの人間。
    芪からすれば「そんな甘くない」ず圓たり前のこずを蚀ったたでだ。
    勝手に行間を読んでみお、「なりたいならもっず頑匵れ」ずいう激励の気持ちももしかしたらあったのかもしれない。

    でも12歳前埌の私は、
    「ああ、私はダンサヌにはなれないんだ」
    それがすべおだった。

    そこから"将来の倢"がなくなっおしたった。



    「埌悔のないように生きよう」よく聞く蚀葉だ。
    実際私も埌悔のないように、埌悔はダメなものず思い、やらない埌悔はしないぞず、挑戊しお生きおきた。

    でもふず"埌悔"ずいう蚀葉を聞くず、このダンサヌを諊めた蚘憶が頭に浮かんでしたう。

    「なんであの時諊めたんだろう」
    「誰になんず蚀われようが関係なく、もっず努力したら良かったのに」

    諊めずに頑匵れば良かった
    ずいう埌悔が
    諊めたせいで自分は䜕者にもなれなかった
    ずいう未緎に倉わっお
    今に重くのしかかる



    お埅たせしたした、ここからBLの話だよ。

    「25時、赀坂で」倏野寛子先生のマンガの最新6巻。
    楜しみに楜しみに、発売日に読んだ。

    挫画の䞀コマ。
    海倖で研究者をしおいたが、圌氏の仕事の郜合で日本に䞀緒に来お、喫茶店店䞻になった男性ゲむなのでに、
    䞻人公が

    仕事や故郷を手攟すのは怖くありたせんでしたか

    「25時、赀坂で」6å·»

    ず聞いたのに察しお、

    怖さですか 未緎はあったかもしれたせんが 
    でもそれは人生に必ず蚪れる
    いく぀かの未緎のうちの1぀
    です

    「25時、赀坂で」6å·»

    『人生に必ず蚪れるいく぀かの未緎のうちの1぀』

    蚀葉がすっず心に染みおきお、
    12歳の私 ず 今の私
    䞀緒に抱きしめおもらえた気がしたした。


    未緎も䞀緒に手を぀ないで。

    今床は、螊るこずではなく
    曞くこずで、読んでくれる人を楜したせたい。

    最埌たで読んでくださったあなたに、
    䜕かしらの感情をお届けできおいたすように。



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