
バブルガムが好き #20
出会い4〜特別編
阿部先生から1997年7月上旬に僕の携帯に突然連絡が入ったのは4月に塩の専売が規制緩和となり全国で塩の製造が始まって丁度3ヶ月経過した時期であった。
小田原の(右近)に呼び出された経緯は、先生が糖尿病による合併症で失明寸前の状態を免れたのは、大阪の医師による食事療法を中心とした治療の結果であった。
食事療法では塩が大切な役割を担っているのだが、常識的に塩はなるべく控える様に1日の摂取量は8g以下と厚労省が推奨しているが塩の選び方や良い塩の選び方などを全国的に顔を知られている阿部先生に講演時に広めて行くように託されていた。
4月に入って大阪の医師(赤ひげ先生)からも(S)塩を直ぐに食事療法に取り入れ始め阿部先生は常に塩の実験セットを持ち歩いて何時でも何処でも塩の話を始めたおかげで天然塩と精製塩の違いは講演会での実験などで認識される様にはなったが販売を広める段階迄達していなかった。
先生の話では、販売や流通に従事している詳しい人を探して欲しいと周りに頼んでいたら、藩君の話が出て食品関係に長く携わっているから適任ではと言う話がでた。以前NHKの経済番組で食品から生鮮品を海外から輸入したり日本の伝統食品を輸出するなど新しい食品販売を実践する君の特集番組を見たことを思い出したので連絡先や近況などを聞いて連絡をした。
当時僕は静岡県伊東市に住んでいたので先生から中間地点の小田原で会おうと決まったのが(右近)で塩の話と実験で知らずのうちに阿部イズムに洗脳されて塩に対する認識が変わり先生の塩と健康に対する67歳とは思えない情熱とパワーに押されて久し振りに先生のお手伝いが出来るなら50歳から先生と共に歩んで行くのも面白いと塩と生命の尊厳を広めて行くためひと働きしてみる気が芽生えた。
君は京大生気質だから決断が早くて宜しい新しい事業に取り組むのに適していると言われたが、僕は京大卒では無いが意味のわからない褒め言葉を頂き早速先生に同行して山口県吉母浜の(S)塩に出向くことが小田原(右近)での再会から3日後に決まった。
先生の博多出張に合わせて小倉駅で午前9時に出会うために僕は熱海から寝台車(ブルートレイン富士)に夕刻乗り込んだ、当時はすでに食堂車が廃止されていたので熱海で弁当や飲み物を買い込みロビーカーに行ってビールを飲みながらくつろいでいると、大きな体のテレビで良く見る北の湖親方で、ロビーカーには2人しか居らず博多への挨拶回りに行くと話を聞いた。
元横綱に会い幸先良い気がして外の暗闇を車窓から眺め線路を走る車輪の音を聞きながら眠りについた。
翌朝定刻通り小倉駅へ到着、先生と(S)塩の紹介者(N)氏が迎えに来た車で関門橋を渡り吉母浜へ向かう車中で(S)塩の製造者は先生の教え子で販売のプロを連れて行くと言っているので大変期待して先生と僕の来訪を待ち望んでいるそうで約1時間半程で吉母浜製塩場へ到着した。
(S)塩の代表の出迎えを受けて湯気で前の見えない製塩現場へ案内された。平釜から立ち昇る蒸気と熱気に圧倒され製塩と言う現場を視察後に事務所へ移動し先生から多段式や塩の話を聞いていたので本題である販売に関しての状況を聞かせてもらうことにした。
塩を焚くための火力は木材で、集積された木材は山積みになっており燃料に関する心配は今のところないが一度火を落とすと次の炊き上げまでの時間が掛かるために24時間火色を調整しながら焚くために現在は在庫過剰状態で、販売先が定まっていない為にほぼ手売りで捌いているが、問題は専売の精製塩の価格に対して天然塩は数倍高額となる為に天然塩が商品として優れていても価格に見合う利点がある事を誰も認識していないのが問題であって、先生のいく先々の(S)講演で紹介して賛同者が直接(S)塩に注文をしているのがその時の販売状況で、コンテナ倉庫はすでに入りきらないほど塩が山積み在庫されていた。
この状況が暫く続くと(S)塩は製塩作業を一時的に停止せざるを得ないと言う深刻な状況なので、先ず始めに現況打破するための提案をする事にした。
僕が販売を仕掛けるとすれば先生の教育者的立場とタレントとしての立場をフル稼働させる為マネジャーにマスコミへの売り込みをして貰うのが最優先で全国何処でも(カバゴン)顔は一度みたらそのユニークさは印象的な利点であって、阿部進(カバゴン)は幅広い年代層に認知度が高いので製塩の自由化によって誰でも良い塩を手に入れる事を伝えるのが望ましい、特定のメーカー紹介ではなく各地で作り出される天然塩の大看板としての活動をマスコミ発信する。
専売から自由化となったフレッシュニュースとしてマスコミに取り上げて貰うメリットを業界に先生が説く事で、天然塩と塩の歴史や生命維持に欠かせない塩の大切さの話と塩実験を通して目で見てわかる良い塩の選び方などを視聴者に訴える話題作りの方法を提案した。
製塩作業は始まったばかりで、この先全国で塩作りが盛んになって良い塩ができるよう先生が世間を牽引して行く事が大変望ましい活動で、今のところ山口県吉母浜の塩がミネラルバランスが良いと実験で証明出来るので他の塩も含めて(S)塩が登場する場を設ければ多くの消費者から注目される。
流通に関してはマスコミ活動と同時に仕掛けていくが視聴者が注目商品を何処で購入出来るか?必ず反響が出るので大手百貨店への売り込みを問屋経由ではない方法で提案した。
吉母浜製塩場で行われた打ち合わせ会議で、売り込みと販売に関する僕の提案は全員一致で決定し同時に在庫は年内に捌く努力をするので休まず製塩を継続して行く事。
販売前から継続製塩をお願いするのは、強気の申し入れと思われるかも知れないが僕の経験として販売先に対して一番避けなければならないことは商品欠品における負の部分を詳しく説明して納得して貰った。
打合せを終えて製塩場を後にした車内で、先生から年内に塩在庫を減らして継続製造して貰うため努力はいくらでもするので全面的に君に協力をお願いしたいとの申し入れがあり本格的に活動を開始する承諾をした。
早速販売に関する企画・詳細の打ち合わせをしたいので暫く東京に留まるスケジュールを決めて先生の事務所に伺う約束をして小倉から新幹線で東京に向かった。
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