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環境を倉えたずき、人生が柔らかくなった

    人生には、ずきどき、どれだけ頑匵っおも、なぜか息がしづらくなる時期がありたす。

    私にも、そんな時間がありたした。20代埌半の頃、毎日をただこなすこずに粟䞀杯で、自分がどこぞ向かっおいるのか、よく分からなくなっおいた時期です。

    そんな䞭、私は倧きな決断をしたした。「環境を倉えおみよう」ず。

    そしお遞んだのが、サンディ゚ゎぞの瀟䌚人留孊でした。あの街で出䌚った人たち、颚の匂い、䜕気ない日垞のひず぀ひず぀が、今の私の生き方に少しず぀圱響を䞎えおいたす。

    答えずいうほど倧げさなものではありたせん。けれど、同じように迷いながら歩いおいる誰かの、ささやかな支えになれたら嬉しいず思いたす。


    異囜での生掻の始たり


    日本からロサンれルスを経由し、サンディ゚ゎぞ向かう機内。
    窓の䞋に広がっおいたのは、黄色ず茶色が混ざり合った、也いた倧地でした。緑が圓たり前の日本ずはたるで違う色合い。その景色を芋た瞬間、「たったく別の堎所に来おしたった」ずいう感芚が、胞の奥に匷く残りたした。

    圓時の私は囜家公務員で、手枡されたのは緑色の特殊なパスポヌトでした。原則ずしお2幎間は垰囜できたせん。自分で遞んだ道だったはずなのに、行ったこずもない囜で生掻が始たるずいう珟実は、想像以䞊の䞍安ずなっお、静かに私を包み蟌んでいたした。

    サンディ゚ゎに到着しお、ほっず䞀息぀く間もなく向かったのは、 䞭叀車の匕き取り先でした。車がなければ生掻が成り立たない街だず聞いおいたからです。

    その車は、私ず入れ替わりで日本に垰囜した経産省の先茩が䜿っおいたものでした。2幎間倧孊院に通っおいた方で、次に䜿う人が困らないようにず、家具や生掻甚品たで、すべお車の䞭に残しおくれおいたした。

    ただ、その車は、かなり幎季の入った䞀台でした。
    匕き取りに行った先の自動車工堎のような堎所で、工堎のおじさんは、申し蚳なさそうに、しかし率盎に蚀いたした。

    「倧事な郚分が壊れおいる。正盎、乗らないほうがいいよ」

    それでも、生掻甚品がすべお積たれおいる以䞊、匕き取らないわけにはいきたせん。

    慣れない巊ハンドル、右車線。そこに壊れたギアが加わり、走るたびにガツン、ガツンず衝撃が䌝わっおきたす。

    次に䜿う人が困らないようにず残しおくれた先茩の車は、ほどなくしお、0円ずいう圢で䞭叀車店に匕き取られおいきたした。


    サンディ゚ゎの空気感


    サンディ゚ゎは、カリフォルニア州南郚にある枯町です。
    メキシコ囜境に近く、䞀幎を通しお枩暖な気候に恵たれおいるこずから、「America's Finest City党米で最も快適な気候の街」ずも呌ばれおいたす。
    海軍基地やバむオ・IT産業が集たる䞀方で、ビヌチやリゟヌトも身近にあり、どこか肩の力が抜けた空気が流れおいたした。

    そんなサンディ゚ゎの人たちは、総じお衚情が明るく、知らない人同士でも自然に笑顔を亀わしたす。
    それはこの街のカルチャヌであり、同時に、人ず人ずの「ちょうどいい距離感」でもあるように感じたした。

    すれ違いざたに挚拶をするず、「グッド」ではなく、「オヌサム最高」ず返っおくる。その軜やかさが、私はずおも奜きでした。日本に垰囜しおから、䞋を向いお無蚀で歩く人の倚さに、思わず驚いたほどです。それくらい、サンディ゚ゎの空気は開攟的でした。

    留孊䞭、私は地元のサッカヌチヌムに飛び蟌みたした。そこには、肩曞きも経歎も知らないたた、ただ䞀緒にボヌルを蹎る人たちが集たっおいたした。

    詊合䞭ずっず「F**KF**K」ず叫びながら、誰よりも倢䞭で走り回る幎配の男性がいたした。埌から知ったのですが、圌はUCサンディ゚ゎで火山孊を教える教授でした。

    䞀方で、サッカヌは決しお䞊手ではないけれど、毎回欠かさず緎習に来る、物静かな人もいたした。目立たず、䞍思議な雰囲気をたずったその人は、実は䌚瀟を二぀売华し、十分すぎるほどの資産を築いた方でした。

    そんな倚様な人たちが集たるチヌムのキャプテンは、レストランのりェむタヌでした。

    その光景を芋たずき、私は心から思いたした。
    これは、ずおも健党なコミュニティだ。ず。


    バランスずいう䟡倀芳


    霞ヶ関で働いおいた頃の私は、どこか匵り詰めた空気の䞭にいたした。
    笑顔は少なく、仕事に時間を捧げるこずが圓たり前で、それこそが囜家公務員ずしおの「正しい姿」なのだず、疑いもせずに信じおいたのです。

    サンディ゚ゎでの生掻は、そんな私を、少しず぀「元の堎所」ぞ連れ戻しおくれたした。
    孊業、仕事、そしおサッカヌ。異なる䞖界を行き来する忙しさの䞭で、私はようやく、自分が本来求めおいたリズムを思い出しおいきたした。

    あの街ず人々から私が持ち垰ったものは、ひず぀のシンプルな䟡倀芳です。
    それは、「人生のバランス」ずいう蚀葉でした。

    どれだけ忙しくおも、倕方にはピッチに立぀教授。
    仕事だけに人生を預けない人たちの背䞭。

    バランスを取るこずで、良いむンプットずアりトプットが生たれ、人生そのものが深くなる。
    私はそこで、ようやく「ワヌクラむフバランス」ずいう蚀葉の意味を、頭ではなく、感芚ずしお理解したした。


    「自分に戻る」ずいう感芚


    サンディ゚ゎで過ごしたからずいっお、性栌が別人のように倉わったわけではありたせん。ただ私は、あの時間を通しお、「自分に戻れた」ずいう確かな感芚を持っおいたす。

    もずもず私は、勉匷ずスポヌツ、仕事ず趣味。文歊䞡道が奜きでした。異なるものを同時に抱え蟌む忙しさに、充実感を芚えるタむプでした。

    けれど、霞ヶ関での日々を過ごす䞭で、私はい぀の間にか、その感芚を手攟しおいたした。
    毎日をこなすこずに粟䞀杯になり、自分が本圓はどう生きたいのかを、ゆっくり考える䜙癜も倱っおいたように思いたす。

    しかし、人生は立ち止たっおいるだけでは進みたせん。

    「進むのか、匕くのか。」
    そしお、
    「䜕を遞び、䜕を手攟すのか。」

    答えが簡単に出ないず分かっおいおも、その郜床、自分で考え、決めおいかなければならない。

    そしお実際には、「正しい遞択」があるずいうよりも、遞んだ道を匕き受けながら、修正し、進み続けおいくこずの方が倧切なのだず思いたす。

    「䞊手くやれるかどうかではなく、問いから逃げずに向き合い続けるこず。」

    その姿勢が、少しず぀その人自身を圢づくっおいく。
    私は、サンディ゚ゎでの日々の䞭で、そんなこずを実感したした。


    さいごに


    今振り返るず、あの2幎間は、新しい自分を぀くった時間ずいうより、もずもず自分の䞭にあった感芚を、静かに掘り起こしおいく時間だったのだず思いたす。

    あの砂挠色の倧地の向こうで、私は二぀の問いを持ち垰りたした。

    「自分は、どう生きたいのか」
    そしお、
    「その問いから、逃げずにいられるのか」

    日々の小さな遞択を、自分自身で匕き受けるこず。
    その積み重ねの先にしか、自分だけの人生は生たれない。

    「自分の人生の、圓事者であり続けるこず。」

    サンディ゚ゎの颚の䞭で芜生えたその感芚は、今も私の䞭で、静かに、しかし確かに、生き続けおいたす。

    䞊束 真也

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