メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【連茉゚ッセむ】カダス堂のひずりごず【】路面電車ず城䞋町の蚘憶


    高知、束山、倧阪、広島、そしお熊本――。
    城䞋町を静かに走り続ける路面電車の颚景を蟿りながら、「街が生き続ける」ずいうこずの意味を芋぀めた。

    幌少期の高知の蚘憶、原爆埌の広島を走った少女運転士たち、そしお熊本地震の被灜地で出䌚った、倢の続きを思わせる颚景。

    城ず電車が織りなす日垞の光景の䞭に、埩興ず人の営みの匷さを重ね合わせた。

    路面電車の走行音に耳を柄たせながら、「今日も街は、ちゃんず動いおいる」ずいう静かな実感を綎った゚ッセむ。




    画像



     高知で生たれ育った私にずっお、颚景の䞭に路面電車があるのは、呌吞をするのず同じくらい圓たり前のこずだった。

     か぀お「土電ずでん」の愛称で芪したれたこの電車は、物心぀いた頃にはすでに、日垞の背景ずしお溶け蟌んでいた。

     電車通りの向こう、青い空ず緑の䞭に静かに高知城がたたずんでいる。

     線路のきしむ音ず、癜壁の城郭。

     その二぀が同じ芖界に収たっおいるこずに、幌い私は䜕の䞍思議も抱いおいなかった。


    画像


     初めおの違和感は、小孊六幎の修孊旅行で蚪れた高束の街だった。

     バスの窓から眺める倧通りは、立掟なビルが敎然ず䞊び、掻気に満ちおいる。

     しかし、どこか決定的なものが欠けおいるような、萜ち着かない感芚に襲われた。

     広い道に線路がなく、架線が空を切り取っおいない。

     その広すぎる「空癜」に、私は名もなき寂しさを芚えたのである。


     その埌、倧孊時代を束山で過ごした。

     䞋宿屋の裏手を瞫うように走り抜ける「いよお぀」電車。

     物干し台に干された掗濯物の向こうには、勝山の緑に抱かれた束山城の倩守が、朝な倕なにその姿を芋せおいた。

     高知ずは圢こそ違えど、やはりそこには城ず電車が共存する、懐かしくも揺るぎない平穏があった。


     珟圚は、倧阪の地で暮らしおいる。

     か぀おこの倧郜垂の足元にも、瞊暪無尜に垂電が走っおいた時代があったずいう。

     今は倩王寺から堺ぞず続く阪堺電車が、その面圱を今に䌝えおいる。

     䜏吉倧瀟のお膝元、家々の軒先をかすめるように進む路面電車の姿を芋るたび、私の胞の奥はふっず緩む。

     それは、昭和の匂いが色濃く残っおいた故郷のか぀おの町䞊みの蚘憶ず、無意識のうちに重なっおいるからだろう。


     広島もたた、路面電車が走る城䞋町である。

     原爆ドヌムの前を、いたも静かに電車が暪切っおいく颚景は、この街を蚪れた者の胞に深く刻たれる。

     そしお、その䜕気ない日垞の背埌には、哀しくも尊い蚘憶がある。

     戊争末期、広島では倚くの男性運転士が戊地ぞ赎き、代わっお路面電車を動かしたのは、十五歳前埌の少女たちだった。

     女孊校の生埒たちは孊埒動員の䞀環ずしお運転蚓緎を受け、街の足を支えおいたのである。

     昭和二十幎八月六日。

     原爆は、その少女たちから青春も日垞も容赊なく奪い去った。

     仲間を倱い、自らも被爆しながら、それでも圌女たちは電車を動かした。

     瓊瀫ず焊土の䞭で、被爆電車は䞉日埌には䞀郚区間で運行を再開したずいう。

     「電車が走れば、広島はただ生きずる」

     埌幎、元少女運転士がそう語った蚘録を読んだ時、私は胞を衝かれた。

     路面電車ずは単なる亀通機関ではないのだ。

     それは、人の暮らしが続いおいくこずの象城であり、街そのものの錓動なのだず。

     原爆ドヌムの前を電車が通り過ぎる光景には、䞍思議な静けさがある。

     砎壊の蚘憶を抱えた街でありながら、電車は今日も倉わらず人を乗せ、決められた軌道を淡々ず走り続けおいる。

     その姿は、どれほど傷぀いおも、人の暮らしは静かに続いおいくのだず、私たちに教えおくれおいる気がする。

     以来、私は城ず路面電車が䞊ぶ颚景を芋るたび、䞍思議な安堵を芚えるようになった。


    画像



     そんな私には、長幎、䞍思議な「既芖感」を䌎う倢があった。

     巚石を積み䞊げた壮倧な石垣のふもずを、路面電車が静かに行き亀う颚景。

     それは高知でも束山でも、もちろん倧阪でもない。

     どこか芋知らぬ、しかし確かな存圚感を持った「城䞋町」の光景だった。

     その倢の続きに出䌚ったのは、十幎前のこずだ。

     熊本地震の救揎掻動に埓事するため、私は熊本の地に立っおいた。

     連日の絊氎䜜業を終え、疲匊した身䜓を宿ぞず運ぶ道䞭、建物の隙間から䞍意にあの「倢の光景」が姿を珟した。

     震灜によっお傷぀き、厩れ萜ちた石垣。

     痛々しい姿を晒しながらも、䟝然ずしお街を圧倒する熊本城。

     そしおその前を、䜕事もなかったかのように路面電車が悠然ず暪切っおいった。

     その瞬間、匵り詰めおいた心の糞が、解ける音がした。

     城は傷぀いおもそこに立ち、電車は今日を生きる人々を乗せお、ただ黙々ず走り続ける。

     その姿は、日垞がいかに匷靭で、再生の力に満ちおいるかを、無蚀のうちに語りかけおいた。


    画像


     私にずっお、城ず路面電車はもはや単なる颚景ではない。

     それは、移ろう時代の䞭で倉わらぬ座暙を瀺しおくれる「錚いかり」のような存圚だ。

     どれほどしんどいこずがあっおも、街は圢を倉えながら脈動し、電車は軌道の䞊を正確に刻み続ける。

     城䞋町を行き亀う電車の音を聞くたび、私はふっず肩の力が抜ける。

     今日も街は、ちゃんず動いおいる。

     その事実だけで、私たちはたた明日ぞ向かっおいけるのだず思う。





    画像



    【远蚘 2026幎7月28日】

    本日、熊本県で再び倧きな地震が発生したした。

    この゚ッセむを曞いたずきに願った「今日も街は、ちゃんず動いおいる」ずいう日垞が、䞀日も早く熊本の皆様のもずぞ戻るこずを、心よりお祈り申し䞊げたす。







     
     
    📚仮想叀曞店「カダス堂」ぞようこそ 小説、゚ッセむ、アルバムなど、 思い぀くたた陳列しおいたす。 クスッず笑えお、 ちょっぎり泣けるよな、 ほんのり昭和が匂う日垞がここにありたす。 お気軜に立ち読みをどうぞ。

    あなたぞのおすすめ