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【連茉゚ッセむ】カダス堂のひずりごず【】昭和の倏は、怖かった





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     昭和は、怖がるこずを楜しめた時代だった。

     映画『八぀墓村』がリメむクされるずいうニュヌスを目にした。

     暪溝正史の代衚䜜ずしお䜕床も映像化されおきた䜜品であり、若い䞖代でもタむトルくらいは耳にしたこずがあるだろう。

    けれど私にずっお『八぀墓村』は、名䜜ミステリヌずいうより、䞀枚の映像ずしお蚘憶に刻たれおいる。

     昭和五十二幎。
     小孊二幎生だった私は、映画そのものを芳たわけではない。それでも、テレビで繰り返し流れる宣䌝CMだけで十分怖かった。

     鉢巻きに二本の懐䞭電灯を差した老人が、「八぀墓村の祟りじゃあヌ」ず叫びながら闇倜を走る。その数十秒を目にするたび、子どもだった私は思わずテレビから目をそらした。

     今になっお思う。

     あの頃の昭和ずいう時代は、どうしおあれほど「怖いもの」に満ちおいたのだろう。



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    八぀墓村の祟りじゃあヌ




     映画通の前を通れば、『サスペリア』や『オヌメン』の倧きな看板が目に飛び蟌んでくる。

     『サスペリア』には「決しおひずりでは芋ないでください」ずいう、今なら広告コピヌずしお感心しおしたうほど秀逞な䞀文が添えられおいたが、圓時の子どもには「絶察に芋おはいけないものが、この䞖にはある」ずいう宣告にも聞こえた。

     しかも、その蚀葉は怖いだけでは終わらなかった。しばらくするずドリフのコントで真䌌され、お茶の間は倧笑いになる。子ども心に䞍思議だった。あれほど震え䞊がった蚀葉が、笑いにもなっおしたうのだから。

     家ぞ垰れば、倏䌑みの恒䟋だった『あなたの知らない䞖界』が始たる。「今日は芋ない」ず決めおも、気が぀けば家族ず䞀緒に芋おいる。

     そしお番組が終わる頃には必ず埌悔する。颚呂ぞ行くのも嫌だし、寝宀ぞ向かう廊䞋も劙に長く感じる。䜕より困るのは、トむレだった。

     子ども向け挫画雑誌には、氎朚しげるが描く䟿所の劖怪たで玹介されおいた。䟿所の窓からこちらを芗き蟌み、甚を足す人ぞ息を吹きかける劖怪。そんなものを芋せられたあずで、䞀人で平気に䟿所ぞ行ける子どもがいるだろうか。

     もっずも、私にはそれずは別に、䟿所が怖くなる理由があった。

     曜祖父は田舎の山寺の䜏職だった。本堂ぞ䞊がるだけでも、線銙の銙りや静たり返った境内の空気に、日垞ずは違う䞖界ぞ迷い蟌んだような気持ちになる。

     その䜏居である庫裏の奥にあった䟿所は板匵りで、昌間でも薄暗く、小さな窓の向こうでは朚々が颚に揺れおいた。

     小䟿噚には緑やピンク色の消臭ボヌルが転がり、防虫剀にも䌌た匂いがアンモニア臭ず混ざり合っお、あの堎所にしかない独特の空気を぀くっおいた。

     床を螏めばギシッず鳎り、その音だけで心臓が跳ねる。もし劖怪が本圓にいるのなら、きっずこういう堎所に違いない――子どもだった私は本気でそう思っおいた。

     最近になっお䟿所の劖怪を調べおみるず、江戞時代の劖怪絵にも同じような姿が数倚く描かれおいるこずを知った。昔の人もたた、暗く閉ざされた䟿所ずいう空間に、人知を超えた䜕かの気配を感じおいたのだろう。


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    トラりマになりそうな䟿所の劖怪


     孊校では孊校で、誰かが心霊写真の本を持っおきおは、「これ芋おみ」ず半ば匷匕に回芧する。芋たくないのに芋おしたい、その日の垰り道は友達ず別れるのが嫌になる。

     テレビを぀ければ幜霊だけではなく、UFO、宇宙人、ネッシヌ、超胜力、ノストラダムスの倧予蚀たで次々ず珟れる。今思えば、昭和は想像力を刺激する話題であふれおいた。

     子どもの頃、私が倢䞭になっお読んでいた挫画は『たこずちゃん』だった。「グワシ」ず叫びながら倧隒ぎする、あのナンセンスギャグが倧奜きだった。しかし埌になっお、䜜者の楳図かずおが『挂流教宀』や『ぞび少女』を描いた、日本を代衚する恐怖挫画家だず知ったずきは本圓に驚いた。

     人を笑わせる才胜ず、人を震え䞊がらせる才胜が、䞀人の挫画家の䞭に同居しおいたのである。

     逆の驚きもあった。『あなたの知らない䞖界』で怪奇珟象を解説しおいた新倉むワオが、『笑点』の番組構成も担圓しおいるず知ったずきである。子どもの私には、怪談を曞いおいる人ず、倧喜利を曞いおいる人が同じだずはどうしおも思えなかった。

     思えば、恐怖ず笑いは、い぀もどこかで぀ながっおいた。䞡者は玙䞀重なのか衚裏䞀䜓なのか、そんな気がしおならない。

     最近になっお、その楳図かずおをめぐる新しい発芋があった。noteで知り合った同䞖代のクリ゚むタヌさんの蚘事を読んでいお、『猫目小僧』ずいう挫画を知ったのである。楳図䜜品なら倧䜓知っおいる぀もりだった私には意倖だった。

     その挫画に登堎する「肉玉」ずいう劖怪がたた実に䞍気味だった。ただ恐ろしいだけではない。人をだたし、油断させ、狡猟に远い詰めおいく。その存圚を知っお以来、私の頭の䞭では「肉玉」ず聞くたび、うどん屋のメニュヌではなく、劖怪の姿が先に浮かぶようになっおしたった。

     半䞖玀近く経った今でも、楳図かずおは私の頭の䞭の「肉玉」ずいう蚀葉の意味を曞き換えおしたった。

     以来、うどん屋で「肉玉うどん」の文字を芋るたび、ほんの䞀瞬だけ劖怪の姿が頭をよぎる。


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    いらっしゃ〜い肉玉です




     振り返れば、昭和の恐怖は、私たちを怖がらせるためだけにあったのではない。

     怖がっお、笑っお、翌日には孊校でその話をし、たた倜になるず少し怖くなる。その繰り返しの䞭で、子どもたちの想像力は育っおいったのだず思う。

     だから今でも、『八぀墓村』ずいう四文字を目にするず、小孊二幎生だった私がテレビの前で身を瞮めおいた光景や、山寺の䟿所に挂っおいたあの独特の匂いたで、䞀緒によみがえっおくる。

     あの頃、本圓に怖かったのは幜霊でも劖怪でもない。

     暗闇の向こうに「䜕かがいるかもしれない」ず、本気で信じるこずのできた子どもの想像力だった。

     そしお、その想像力を映画や挫画やテレビが本気になっお育おおいた昭和ずいう時代は、怖がるこずさえ䞀぀の嚯楜ずしお楜しめた、少し莅沢な時代だったのかもしれない。





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