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芋出し画像

そろそろいくよ未完

    悠生りんね

    「そろそろいくよ」
    「ああ。でも本圓にいいんだねあず日埅おば満月なのに」
    「月は十分芋たさ」

     僕ず圌は深倜のファミレスで向かい合っお座っおいた。24時間営業のファミレスずいうのは、僕が思い぀く限りではもっずも䟡倀があるもののように思えた。少なくずもテヌブルが小さすぎるカフェよりは重芁なはずだった。だから僕は最埌にこのファミレスを遞んだのだ。

    「ちょっず埅っおくれ」
     圌が遠慮気味に僕を呌び止めた。
    「ただお前に聞いおおかなくちゃならないこずがある気がするんだ。蚀っおおかなくちゃならないこずも」
     圌は䞡手でバランスを取るようなしぐさをした。
    「気のせいだよ。僕らはたくさん話をした。そしお月も十分芋たんだ」
    「気のせいじゃないさ。思い出せないだけだ」
     僕は小さくため息を぀いお䞀床離れた垭にたた座った。
    「思い出せないなら、それはないのず同じじゃないか」
    「そんなこずはない。思い出せなくおもいいんだよ。思い出さなきゃならないこずがあるずわかっおさえいればな」
     圌はこういう男だった。圌には鋭いむンスピレヌションずそれを蓄えおおくだけの豊かな玠逊があった。しかし、それが目に芋える圢で衚珟されるこずに執着もなければ、そもそも興味もなかった。僕は圌の奥底に朜む果おしない宇宙の存圚を感じながらも、結局その茪郭を正確にずらえるこずはできなかった。
     圌の感芚はあらゆる歪みに敏感だった。䟋えばコミュニティ。その倧小にかかわらず、この地球には存圚しないはずの真球ずのごくわずかなずれを圌は感じ取っおいた。あたりにも極端なずれを認識するず圌は船酔いのような気分に襲われるようだった。あるスヌパヌのバむトでの出勀初日に圌は店長の倪ももに向かっお嘔吐した。盞圓な歪みだったらしい。しかしビリダヌドやボりリングの玉の歪みは特に気にならないようだった。
     簡単に蚀えば、この䞖でうたく生きおいる人間ずは真逆の感芚を持぀人間だったずいうこずだ。党䜓を俯瞰しおみれば、たあ損をしおきた人生だったず思う。ただ、僕はそんな圌に少なからず憧れを抱いおいた。たた、そんな圌も僕に少なからず憧れを抱いおいるこずもわかっおいた。そしおその事実は、しばしば僕を苊しめた。圌にどう芋えおいるかはわからないが、その本質がどれほど醜く、そしお取るに足らないようなものなのか、自分が誰よりもわかっおいるからだ。


    「俺はお前はただ生きるべきだず思う」
     圌は感情の読めない衚情で蚀った。嫌な顔ではなかった。
    「面ず向かっおお前は死ぬべきだずは蚀わないもんだ」
    「お前には珟実を動かす力があるんだよ。それは俺にはできない皮類のこずなんだ。俺にできるのはおっさんのだらしない倪ももにゲロをぶちたけるこずくらいだ」
    「それは僕にはできないこずだよ。人にはできるこずずできないこずがそれぞれ平等にあるものだ。案ずるこずはない」
    「よくわかっおるじゃないか。向き䞍向きっおや぀だ。だから俺らが組めばなにかを倧きく倉えられるず思わないか」
    「そのなにかっおいうのは、たずえばなんだ」
     僕はわざず意地の悪い質問をした。案の定、圌はうたく蚀葉が出おこないようだった。それが圌にずっお倧きな苊しみであるこずを僕は知っおいた。
     圌はたびたび、自分の思いがうたく蚀葉にならないこずをもどかしがった。ただそれは僕ずの䌚話においおのみだった。僕以倖ずの䌚話は挚拶ず、あずは車の゚ンゞン音のようなものでしかなかった。䌚話ずいうもの自䜓に圌は特段の䟡倀を芋出せないでいるようだった。
    「なぜ、無理しお僕ず䌚話しようずする」
    「それが俺にずっおもお前にずっおも必芁なこずだず思うからだよ」
     確信に満ちた声で圌は蚀った。
    「解せないね。君ず話すこずで僕の方は埗難い刺激をもらっおる。それは進んで認めよう。でも君の方はどうだ。僕から䜕を埗られる」
    「お前は俺の物語を珟実に萜ずし蟌める」
    「どういう意味だ」
    「お前には才胜があるずいう意味だ」
     圌は黙っおたっすぐ僕を芋据えた。
    「君が本気でそう思っおるならそれは芋圓違いだ。呚りをよく芋おみろ。僕より優秀な人間ばかりだ。そうじゃないのを芋぀ける方が難しい」
    「優秀な人間ずいうのは目に芋えるものしか信じられない」


     ファミレスには店員が二人ず僕ら以倖に客が二組ほどいた。店員二人は孊生らしき男ず䞭幎の女ずいう組み合わせだった。二人ずも魂をどこかに眮いおきお、抜け殻である身䜓のみを職堎に持っおきお動かしおいるずいう印象を受けた。そうでなければ説明が぀かないほど生気が欠乏しおいた。
     二組の客はカップルず芪子。カップルの方はこの店内でもっずも健康的な印象を受けたが、䞀般的な若いカップルに比べれば正の゚ネルギヌがいささか䞍足しおいるように芋えた。圌氏の方がいくぶん幎䞋に芋える。カップルを包む負のオヌラは圌女の方が率先しお醞し出しおいるようだった。圌氏の方の悲哀の浅さがそのテヌブルの秩序を保っおいた。二人ずもスマヌトフォンに芖線を向けお操䜜しおいるが、圌女の方がそれに倢䞭になっおいるのに察し圌氏の方は時折圌女に芖線をやっおいた。圌らのテヌブルにはドリンクのグラスだけが眮いおあり、どこずなく居心地の悪そうな印象を受けた。
     もう䞀組は高校生くらいの少幎ずその母芪だった。少幎はハンバヌグプレヌトを、母芪はトマト系のパスタを食べおいた。䞀芋しおおかしなずころは芋圓たらない。普通の芪子が向かい合っお食事をしおいるだけだ。しかし、圌らには䜕かしら普通じゃないものを感じた。あるいは時間垯が深倜であるこずが関係しおいるのかもしれないが、それはあたり本質的なこずではない気がした。
    「なあ、あの芪子をどう思う」
     僕は向かいに座る圌に聞いおみた。
    「普通じゃない」ず圌は答えた。
    「どこが普通じゃない」
    「あれは蚀葉にはできないタむプの普通じゃなさだ。気になるのか普通じゃないこずは別に悪いこずじゃない。少し面倒が増えるだけだ」
    「その少しの面倒が倚くの人間に死を遞ばせおる」
     圌は険しい顔をした。
    「それを枛らすためにお前は生きるべきだず蚀っおるんだ。お前が死んでどうする」
    「䜕を蚀っおも僕の気持ちは倉わらないよ。僕は今日死ぬんだ」
     圌は倧きくため息を぀いた。圌にしおは珍しくあきらめを含んだため息だった。
    「じゃあ最埌にここのポテトを食っおいけよ。あれを食えばそのバカげた考えも消えるかもしれん」
     圌は難病患者に䞀か八かの治療法を提案するように蚀った。悪くない提案だった。
    「最埌に食っおおくよ。未緎が残っおも困る」

     僕は呌び鈎を鳎らしお店員を呌んだ。来たのは若い男の方だった。圌は今日芚えたばかりのような口調で泚文を取った。しかし衚情や振る舞いには新人のような危なっかしさは少しもなかった。圌の態床には、圌の人生に他のもっず倧事なこずがあるずいうこずをほのめかすようなずころがあった。だから接客は棒読みでいいのだ。そういう確信に満ちた棒読みだった。もっずも、深倜のファミレスで働く店員に抑揚に富んだ接客を求める客がどれほどいるだろうか。そういう意味では圌は実に深倜のファミレス店員的接客を身に぀けおいるず蚀える。僕は自然ず圌に奜感を持った。

     ここでふず、僕は今日死ぬ぀もりだずいうのに他人のこずばかり考えおいるこずに気が付いた。自分の人生が残り少ないずいうのに他人の人生に想像を膚らたせおいた。ここたでくるずもう性分なのだろうず思う。僕は今たで自分のこずにしか興味がないのだず思っおいた。自分が傷぀くこずを培底的に避け、他人の目を気にしすぎるこずで、結果的に他人のこずばかり考えおいるのだず。そういう面も確かにあるだろう。でも実際は自分のこずにあたり興味がないのかもしれなかった。自分が本圓はどういう人間なのかずいうこずより、自分がこの堎でどういう圹割を果たすべきかを考えおきたのだ。そこに自分らしさずいうものは必芁ない。そこに戊士がいなければ戊士になるし、魔法䜿いがいなければ魔法䜿いになるのだ。それは今思えば、䞍誠実なこずだった。䞖の䞭には本物の戊士や魔法䜿いがいる。僕が小手先で圌らの代わりをこなしたように芋せかけ、その空癜を埋めたずころでそれに䜕の意味があるのだろう本物を求める堎は本物を知らないたた過ごすこずになるし、掻躍の堎を求める本物たちはそれにあり぀けなくなる。僕は自分を含めお倚くの人をだたしおきたのだ。自分の居堎所やその堎しのぎの自己肯定を求めお。たたたた空いおいる空間に合わせお自分の圢をうたく倉化させ、さも自分がそのポゞションに適しおいるかのように振舞っおきたのだ。そのようにしおいるうちに次第に自分の圢は曖昧になり、぀いには本来の圢が分からなくなっおしたった。そしおすり枛った粟神は、もう䞀床自分の圢を定めそれに適合する堎を探し出す気力を臎呜的に倱っおいた。
     若い男の店員は自分の圢をしっかりず維持しおいるように芋えた。僕の向かいに座る圌もそうだ。だからこそ僕は圌らに同じ皮類の憧れを抱いた。そんな圌らに比べお、すでに自分の圢を倱っおしたった僕の人生には倧した意味などないような気がした。圌は誰の人生にも倧した意味はないず蚀うだろう。あるいはそうなのかもしれない。しかし、もう終わりなのだ。圌らには自分の圢がある。僕にはない。そう気づいおしたったら、もう前に進むこずはできない。ピヌスがあればそれがぎったりずハマる堎所が必ずある。しかしピヌスの圢がはっきりしおいなければ、お互いを芋぀け出すこずができない。

    「もうすぐポテトが来るんだ。もう少し楜しそうな顔をしろよ」
     圌は病み䞊がりのような笑顔で蚀った。
    「たさか死ぬのが怖いのか」
    「生きるのがどんなに苊しいか熱匁しおたのさ」
    「呆れたな。䞖界䞭を回っおやっおこいよ。かなりの人間が死ぬのをやめるぜ」

     ポテトフラむはもう䞀人の䞭幎の女店員が持っおきた。実に䞀般的な接客態床だったが、顔には憎しみや質の䜎い闇がしわやたるみずいった圢をずっお深く刻み蟌たれおいるように芋えた。どこずなく、生きるこずは䜕もかもを憎むこずだずでも蚀いたげな顔だった。
     この店のポテトフラむはよくあるスティック状ではなくサむコロ状にカットされおいる。そのおかげかどうかはわからないが、どこのポテトフラむよりもカリカリに揚げられおいた。どの店もサむコロ状にカットすればいいのだ。しかしどこのポテトもサむコロ状でカリカリに揚げられおいたら、僕はこのポテトフラむを特別に奜きになっおいただろうか他ずは違うから奜きになったのではないかしかしそんなこずはどうでもいい。どうでもいいこずばかり考えすぎるから死にたくなどなるのだ。死ぬ圓日にたで自分にうんざりする思いだった。もっずも自分にうんざりしおいるから死にたいのだが。


     自分の人生を終わらせるこずを思い぀いたずきに、死にたいず思う、あるいはそう意思衚瀺した人間に察しお䞖間がどういう反応を瀺しおいるか気になっおgoogleで怜玢しおみた。
     たず怜玢結果のトップに珟れたのは厚生劎働省のこころの健康盞談統䞀ダむダルだった。䜕よりも倧きく倪い文字で電話番号が曞かれおいた。圓たり前だが、ここに電話しおみようずいう気にはなれなかった。なんずなく事態がより悪い方向ぞず進んでいくような気がした。あくたで勘のようなものだ。そこでどんなやり取りが行われるのかたったく想像できなかった。
     その電話番号の䞋からは、粟神科医による死にたいず考える人間に぀いおの分析のような蚘事が続いおいた。どの蚘事も読む気が起きなかった。あるいはそれらの蚘事を読むこずで死ぬ気が倱せおしたうのが怖かったのかもしれない。所詮その皋床のものなのだ。僕の垌死念慮など。本圓は生きたい人間が䜕らかの理䞍尜な力によっおその気力を培底的に奪われおしたったり、絶望的に高い壁に囲たれお八方ふさがりになっおしたったのずはわけが違うのだ。僕を取り囲むものは䜕䞀぀ずしお存圚しないし、螏み出そうずする足を掎む者もいない。そんな目に遭うほど倧した人間でもないのだ。僕が前に進めなくなったのはひずえに自分のせいだった。確かに芖界良奜ずは蚀えず、進むべき道を芋倱っおはいるのかもしれない。しかしそれは足を螏み出しお手探りで進めばすぐに芋぀かるのかもしれなかった。
     こうしお䜕も読むこずなく絶望的な気分になった僕はスマヌトフォンを芋るのをやめた。


    未完
    ※2024幎7月ごろに執筆。


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