
わたしの生きる理由
すべてはこの世に産声をあげた時から
始まっていたのかもしれない。
34歳になるこのタイミングで、
向いていないと思っていた
文字を綴ること、
文章を書くことに挑戦しています。
急にわたしの人生が色濃く
瞬く間に変化し始めた今、
目に見える形で残したくなった。
物心ついた頃から、
私の母方の祖父母が営む
喫茶店によく連れて行ってもらった。
じいちゃんが作る
ミックスジュースと
分厚いシュガートーストは絶品で、
祖父母の誕生日や父の日母の日、敬老の日、
通知表や進路の折に触れては、
よく祖父母の店を母、弟、時には
従兄弟達も一緒に訪れていた。
お客さんは、常連さんが多かった。
みんな、いつもの席に座っていて
じいちゃんばあちゃん含め、
その場にいるみんなで
談笑するような店だった。
お客さんからお年玉をもらった事も覚えている。
常に楽しくお喋りしている空気感に
触れながら、いいお店なんだと
孫ながらに感じていた。
幾つになってもスタイリッシュで
お店を経営している祖父母は、
私にとって自慢だった。
私も大きく成長して月日は流れ、
社会人になって2年経った頃
まだ60歳前半だった祖母が倒れた。
癌だった。
救急車で運ばれたと連絡を受けて、
慌てて病院に親族が駆けつけた。
応急処置を受けた祖母は、
とてもしんどそうに顔を歪めて
横たわっていた。
しばらく入院生活を送っていたが、
進行が早くて、わずか2ヶ月後
祖母は旅立っていった。
『わしを置いて行かんでくれ』
『わしより先に逝ってしもうて…』
もぬけの殻になったじいちゃんを
見ているのは辛かった。
私の母も、あんなに声を上げて泣いてるのを見たのは初めてだった。
『お母ちゃん、お母ちゃん』
『お母ちゃんが死んじゃったーー』と…
ばあちゃんがいなくなっちゃった。
まざまざと痛感させられた。
そこからじいちゃんは
独りでお店に立つようになって
軽食も扱っていたけど、
珈琲だけの提供に変えていた。
そこから10年、
じいちゃんは独りで店を切り盛りした。
私も仕事に慣れてきたある日、
じいちゃんが認知症かもしれないと
知らせを受けた。
お店の常連さんが、
じいちゃんの言動が最近おかしいと
教えてくれたそうだ。
店内に猫がおると言って騒いだり、
亡くなったばあちゃんが見えていたらしい。
深夜徘徊も始まり、
母たち姉弟は交代で
泊まりがけの日々が続いた。
が、それも長くはもたず
じいちゃんは施設に入所することになった。
『わしを見捨てた』と拗ねて
ご飯もろくに食べなくなったじいちゃん…
次に報せを受けたのが
『じいちゃんが危篤』
仕事もほっぽり出して
車をかっ飛ばして会いに行った。
ひょろひょろと痩せ細った手足。
呼吸器をつけて、
肩で息をするように
病院のベッドに横たわるじいちゃん。
異様な雰囲気のように感じた。
人間の最期の姿とは
皆こうなのだろうか…
ばあちゃんの事がよぎって
ほんとうに危篤状態なのだと
分からされた。
同時に
今、本心を告げねば
一生後悔する
言うんだ、じいちゃんに
『お店してもええ?』って…
母がじいちゃんに
話しかけている間、
決心を固めた。、
そして、
『あんたも、じいちゃんに
話しておいで』と順番が来て
やっと、くすぶらせてきた
10年分の想いを口にした。
たったひと言なのに
ずいぶんと緊張した。
だけど
死ぬ時後悔したくない
だから言おう。
どんなに声が震えたって、
じいちゃんが話せる状態じゃなくたって。
『じいちゃん?わたしが、
じいちゃんの店、継いでもええ?』
『ああぁーー!』
びっくりした
辛そうに呼吸器越しに
息をしていたじいちゃんが、
大きく声をあげたのだ。
『店、継いでくれ』
そう言ってくれたと感じた。
『また会いに来るよ』といって
帰った2023年12月23日の金曜日。
二日後の12月25日、月曜日。
じいちゃんは
ばあちゃんのいるお空に
逝ってしまった。
あれよあれよと通夜、お葬式。
じいちゃんが元気だった頃に
お店したいって伝えられてたら、
どんな未来があったんだろう?
もっとお店の事とか
じいちゃんの事とか
聞いとくんだったな…
知ってるようで
実はあんまり知らない事の方が
多かったような気がする。
ぐるぐると悲しみと
後悔が頭の中を駆けめぐって、
意気消沈したわたしは
インフルエンザになって寝込んだ。
そんな中、
『正社員を辞めて
じいちゃん達のお店をやりたい』と
旦那さんに話した。
突拍子もないから
正直反対されるのも覚悟で。
返ってきた答えは意外にも
『いいよ』
快諾だった。
え〜いいの?!
よし!ひとりで頑張るゾ!
意気込みは十分だった。
2ヶ月後。
『俺も一緒に店するよ』
まさかの脱サラ宣言。
四六時中、夫婦がひとつ屋根の下
ケンカしかないやつですやん?!?!
え、嫌なんだが…
『そんな事言うなよぉ〜』と
キャラに似合わない
おちゃらけぶりな旦那さん。
でもね、
彼が力を貸すと言ってなかったら
10年前と同じ、
意気込み十分な
気持ちだけ野郎だったんよ。
お店をするって
なんやかんや、
小難しい話、読みたくなくなるような
むずかしい言葉の羅列書類、
申請、審査だらけなのね。
ぜーんぶ、やってもらう形になって
2025年5月12日の月曜日。
じいちゃんとばあちゃんが
二人三脚でつくってきたお店の
屋号をそのままに…
孫娘夫婦がOpenさせたお店が誕生した。
お店をはじめて一年が経つ。
じいちゃん達が見ていた景色
感じていたであろう感覚。
『場がはぐくまれる』瞬間…
その過程ひとつひとつ、
まいにちが宝物だと感じています。
とっても愛おしいし
性に合うとはこの事だよな。、
めんどくさいな
嫌だな
なんて一切おもわないんですもの。
やりたくて仕方ない!
今日はどんな出逢いが
どんな会話が生まれるかな?
生まれた時から今まで辿ってきた
道のりは、
何ひとつとして無駄ではなかったし、
お店を継ぐために
お店をするために
生まれてきたとおもうよ。
天職であります!!
かけがえのない
一度きりの人生…
おもいっきり
生き切りたい。
わたしは私でいい。
好きな古着を着て、
好きな髪型をして、
好きなイヤリングをつけて、
今日も。
世界観全開でお店に立つ。
じいちゃんと一緒に。
この店が、そのままの君で居ていいと。
唯一無二な君でいいと証明する
居場所であり続けられるように。