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note初心者だからといって、人生まで初心者ではない

    心の中に、フリーザ様が降臨する

    私は、性格がよろしくない。

    頼んでもいない助言や、どこか指導の香りがするDMが届くと、まず相手のプロフィールを開く。ひと通り眺めた頃、心の中にフリーザ様が降臨する。

    「ほう。では、先生のことも少し教えていただきましょうか」

    もちろん、実際には言わない。
    送ってきた人のnoteがあれば読む。SNSも見る。画面の前で、静かに指を動かすだけである。我ながら、あまり褒められた趣味ではない。

    それでも私は、なぜ頼んでもいない助言にこれほど引っかかるのか、少し考えてみた。

    コメントと、勝手に始まる授業は違う

    誤解のないように言っておくと、私は人から教わることが嫌いではない。

    つい最近も、有料noteにあれもこれも詰め込み、勝手に苦しくなっていた私に、「目的を一つに絞ってもいいのでは?」と教えてくれた人がいた。

    私は「たしかに……」となり、その日の昼休みに、面接で聞かれた質問を一つだけ書いた。

    助言の内容に納得すれば、昨日まで大事に抱えていた案も、案外あっさり手放す。

    ただ、それと、こちらの返事を待たずに始まる授業は別である。事情をほとんど聞かないまま、複数回にわたって届くDM。
    言葉遣いは、とても丁寧だが文面から伝わってくる謎の上から目線。

    うふふ。ご指導ありがとうございます。ところで、先生はどちら様でしたっけ。

    三顧の礼どころか、一顧もしていない

    私は、本当に教わりたい相手を見つけたら、こちらから頭を下げる。
    三顧の礼を尽くす。なんなら黄金色のお菓子を携えて、四顧でも五顧でも伺う。
    相手が迷惑そうな顔をするまでは、礼儀正しく門を叩くつもりである。

    しかし今回は、一顧もしていない。門も叩いていない。

    教わることが嫌なのではない。教師は、自分で選びたいのだ。

    「大変だった」は、ただの過去形かもしれない

    なぜ、こんなに腹が立ったのか。

    私は、思っている以上にプライドが高いらしい。できれば否定したいところだが今更難しそうだ。

    今回引っかかったのは、自分の一部分だけを見て、人生全体まで「教えてあげるべき人」に分類されたように感じたからだと思う。

    私はnoteで、格好のよくない自分をたくさん書いている。
    新人が次々と辞めていく地方の病棟で、右往左往していた頃。
    地元を出たくて、東京の求人票を眺めていた頃。
    結婚したいのか、上京したいのか、自分でもわからなくなっていた頃。
    都会の美容クリニックに憧れ、そこで働けば、私まで都会のキラキラした女になれると信じていた頃。
    そして今は、保育園看護師として働きながら、有料noteを書こうとして迷子になっている。

    こうして並べると、私は年中、道に迷っている。見る人によっては、ずいぶん放っておけない人に映るのかもしれない。

    けれど「大変だった」は、今回の場合は過去形だ。

    昔の失敗を書くことは、今も助けを求めているという意味ではない。むしろ、今の自分に足場があるからこそ、昔の弱さを表舞台へ出せることもある。

    もちろん、今の私にもうまくいかないことはある。
    子どもの寝かしつけで一緒に寝落ちするし、有料noteはなかなか完成しない。
    それでも、仕事や家庭、自分の生活を、少しずつ選びながら積み上げてきた。
    noteでは初心者である。でも、人生まで初心者ではない。そしてたぶん、これは発信をしている人だけの話でもない。

    見えているのは、その人の腹側だけ

    育児の愚痴を書いた母親が、子育てに行き詰まっているとは限らない。
    婚活の黒歴史を書いた人が、今もひとりで泣いているとは限らない。
    仕事を辞めたいとこぼした人が、すぐに転職方法を教えてほしいとは限らない。

    答えが欲しい日もある。けれど、「それはしんどかったね」と頷いてもらえれば、それで終わる日もある。

    その違いは、本人に聞いてみなければわからない。ネットで見えているのは、その人が見せた一部分だけだ。
    やわらかい腹側を見せているからといって、全身までやわらかいとは限らない。ネットには、ときどきアザラシのフリをしたゴリラがいる。私のことである。

    盛大なブーメランが戻ってきた

    ただし、この原稿を書きながら一つ気づいた。

    頼んでもいない助言を受けたあと、私は相手のプロフィールやnoteを見て
    「なぜ、この人は私を教える立場だと思ったのだろう」と考えた。

    それもまた、相手の一部分だけを見て判断したことにはならないだろうか。

    残念ながら、なる。盛大なブーメランである。性格がよろしくないうえに、矛盾まで抱えている。

    ただ、私は心の中でフリーザ様を召喚しただけで、相手のDMに人生指導を送り返してはいない。そこだけは、かろうじて守った。

    私も勝手に分かったつもりにならないようにしたい。

    本当に教わりたい相手なら、黄金色のお菓子を携えて、こちらからきちんと門を叩く。

    弱音を吐いただけなのに、なぜか授業が始まったこと。あなたにもありませんか。

    さて。先生をを門の外へお見送りしたので、ゴリラ女はバナナでも食べて、面接で聞かれた質問をもう一つ書いてきます。



    結婚もしたい。でも、東京も諦めたくない。田んぼの見える病棟で、人生に迷っていた頃の話です。
    ▶︎【地方を出たかった私・第1話】地方の病棟で働く私が「このままでいいのかな」と思っていた頃


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    地方出身 30代ワーママ看護師。離職率9割超え病棟→美容クリニック→保育園看護師を経験。「このままここで人生終わるのかな」と思っていた頃の転職・上京・婚活・働き方の話を書いています。 きれいごと少なめ、本音がもれてます。 noteで実体験エッセイ更新中。

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