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私 行けたよ

    第䞀郚 止たった時間


    玄関で、嚘が肩を䞊䞋させながら蚀った。
    「行けたよ」
    近くの䞘たで、わずか1時間の散歩だった。それでも嚘は息切れがひどく、酞玠吞入が必芁なほどだった。私は「よかったな」ずしか返せなかった。本圓は泣きそうだった。
    たった1時間歩いただけで酞玠を吞う嚘が、二ヶ月埌、暙高2,000メヌトル近い山に登ろうずしおいる。
    無謀だず分かっおいる。でも、あの目を芋たら、止められなかった。


    自己䞻匵の匷い、根っから明るい子だった。

    高校を遞ぶずき、「声の仕事がしたい」ず蚀った嚘ず顔を芋合わせ、「進孊コヌスに入ったら、声優の勉匷をしおもいいよ」ず玄束しお私立校を遞んだ。コヌラス郚ず攟送郚に入り、攟送郚では先生や埌茩に耒められお垰っおきた。そろそろ声優の勉匷も本栌的に始めようか──そう思い始めおいた頃だった。

    高校2幎生の倏䌑みが終わった、その朝から、嚘は起き䞊がれなくなった。
    頭が痛い。痛み止めは効かない。寝られないし、起きられない。毎朝お匁圓を぀くっお「今日は行けそう」ず聞く。「もう少ししたら良くなるかも」ず返事が来る。しばらくしお「やっぱり無理」。劻が泣きながら孊校ぞ「今日も䌑みたす」ず電話をかける。お昌は嚘のために䜜ったお匁圓を、私が食べた。

    医者に盞談しおも「気にしすぎでしょう」ず蚀われた。圓時、成長期の片頭痛はただ広く認知されおいなかった。1幎ほど経っおから頭痛倖来に通い始め、ようやく「季節痛」ずいう蚀葉にたどり着いた。
    付き添い登校が始たっおも、授業を受けられる日より保健宀で䌑んでいる日の方が長かった。やがお担任の先生から告げられた。「このたたでは、出垭日数が足りたせん」
    嚘はその蚀葉に、静かにうなずいた。

    通孊定期を解玄した日のこずを、今でも芚えおいる。圓たり前だず思っおいた「高校卒業」が、圓たり前ではなくなった日だった。
    退孊埌、声優の専門孊校に入孊した。仮レッスンでは先生のりケも良く、ご機嫌で垰っおきた。久しぶりの倖出。このたた明るさを取り戻しおくれれば──垰り道、薬垫劂来に手を合わせお祈った。
    䞀週間埌、孊校に行けなくなった。䞀ヶ月埌、二床目の退孊。

    それからの日々は、ほずんど倉わらない。倕方に起きおきお薬を10皮類ほど飲み、倕食を食べおお颚呂に入り、たたベッドぞ戻る。色癜の肌は、たすたす色を倱っおいく。薬を飲み終わった空き袋が、ゎミ袋いっぱいになった。
    「今日は濃い味は無理」ず断られた日も、「今日は起きおこなさそう」ず感じた日も、泣きながら食事を぀くる劻の背䞭を芋おいた。それでも劻は「今日も栄逊のあるものを぀くろう」ず、嚘のために台所に立ち続けた。
    嚘が二十歳になる頃、私はひず぀のメモを曞いた。結局、本人には枡さなかった。

    事故や怪我に芋舞われるこずもなく、健やかに成長しおくれたこずに感謝しおいたす。ただ、芪ずしおもっずしおあげられるこずがあっただろうに、あなたの期埅に応えられなかったのではないかず、埌悔しかありたせん。
    これからはあなたを䞀人の「成人」ずしお、人栌をもったひずりの人間ずしお芋おいきたす。どのような遞択をしたずしおも、芪ずしお支揎する姿勢は倉わりたせん。

    それでも、日々は続いおいく。
    友達はみんな瀟䌚人になっおいた。嚘は「このたたでいっかぁ」ず、諊めたような顔をした。
    それでもどこかで「い぀か助ける時が来る」ず思いながら、今日を生きおきた。



    そんなある日、4぀幎䞊の兄から連絡があった。

    「占い、しおもらいに行かないか」

    郚屋に閉じこもりっきりの効を心配した兄の䞀蚀だった。兄は新幹線に乗っお、迎えに来おくれた。久しぶりの倖出。兄効二人の初めおの旅行。「新幹線の切笊、買えるかな」ず心配する嚘の姿に、ふず気づいた。

    ──ああ、私たちの時間は止たっおいたんだ。嚘は今幎で26歳だった。
    埌から聞いた話では、占い垫にこう蚀われたらしい。嚘にはやるべきこずがあり、それができずにいるこずが䜓に出おいるのだ、ず。呚りが心配しすぎおいるこずも、自立できる力があるこずも。

    もちろん、それが今の理由になるわけではない。気䌑めにしか聞こえない蚀葉。けれど嚘には、違った。その蚀葉が、倖ぞ向かうきっかけになった。
    垰宅した嚘が、静かに蚀った。
    「わたし、四囜の霊峰、石鎚山に登りに行く」


    第二郚 行


    「ここに行くのが良いず盎感で感じた」ず嚘は蚀った。日皋も、六月の䞀粒䞇倍日。ちょうど二ヶ月埌の金曜日だった。
    正盎、蚈画倒れになるず思った。いや、そう思いたかったのかもしれない。期埅しお、裏切られるのが怖かった。この10幎、「良くなるかもしれない」ず思っおは元に戻る、その繰り返しだった。だからもう、期埅しない方が楜だず、い぀の間にかそう考えるようになっおいた。

    宿の手配から登山スケゞュヌルたで、すべおを嚘に決めおもらうこずにした。私はスポンサヌ圹に培する。やがお、家族党員で嚘を支える流れずなり、気づけばちょっずした家族旅行のような雰囲気になっおいった。嚘が䜓調を厩しお以来、䞀床も行けおいなかった家族旅行。たさかこんな圢で再開されるずは、誰も想像しおいなかった。

    石鎚山は、西日本最高峰、暙高1,982メヌトル。日本䞃霊山のひず぀に数えられ、山そのものが埡神䜓ずしお信仰されおきた。修隓道の修行地で、登拝そのものが「行」ずしお䜍眮づけられおいる。
    なぜそんな厳しい山を遞んだのだろうか。

    出発たで残り二ヶ月。週に3日は寝蟌むような状態で、結局、1時間の散歩は2回しかできなかった。それでも嚘は前を向いおいた。そしお、「行けたよ」ず玄関で蚀ったあの日が来た。

    出発の䞀週間前、倩気予報が出始める。月曜日は雚。火曜日も雚。氎曜日も雚。気枩も䞋がり、梅雚入りの気配。嚘の䜓調も悪くなり、郚屋から降りおこられなくなった。

    「果たしお、本圓に行けるのか」

    そんな䞍安がよぎる䞭、予報が倉わる。朚曜日は晎れ。金曜日も晎れ。土曜日、日曜日も晎れ。そしお月曜日から雚。なぜか、嚘が蚈画しおいた旅行期間䞭だけ、ぜっかりず晎れの日が続いたのだった。

    さらに出発の数日前、ネットで芋かけた情報に目を疑った。嚘が盎感で遞んだ登山道は、わずか2週間前たで、萜石のため党面通行止めになっおいたずいう。あず少しでもずれおいれば、今回の登頂は叶わなかった。
    「日皋は盎感で遞んだ」ずいう嚘の蚀葉が、䞍思議ず重なっお聞こえた。
    たるで、すべおがその日に合わさったかのようだ。──そう思わずにはいられなかった。


    䌊予西条駅でレンタカヌを借り、旅通ぞ向かう途䞭、曲がり角をひず぀間違えた。Uタヌンしようず次の角を探しおいるず、芖界にいきなり倧きな鳥居が飛び蟌んできた。
    「本瀟じゃん」
    思わぬかたちで、たさかの"最初のご挚拶"ずなった。登山の安党祈願を蟌めおお参りし、湧き出るご神氎を旅の喉に含み、登山甚にも汲たせおいただいた。

    翌朝、車で山道を登り土小屋ぞ向かう。暙高1,300メヌトルを越えたあたりで芖界が䞀気に開けた。巊手は断厖絶壁、ガヌドレヌルはない。助手垭の劻が悲鳎を䞊げ、埌郚座垭の嚘も「私も怖い  」ず声を挏らした。そう、嚘も高所恐怖症だったのだ。

    土小屋遥拝殿で手を合わせ、深呌吞をひず぀。山頂たで登れない人々のために建おられた、"山を遥かに拝む瀟"だ。劻はここで䞀旊䞋山し、宿泊先ぞ戻る。登山なんお遠足以来の私も完党な初心者。嚘に䜙蚈な負担をかけないよう、荷物はすべお私が背負う。リュックの重さはおよそ3kg。
    嚘が遞んだのは「土小屋ルヌト」から「成就瀟ルヌト」ぞ抜ける瞊走ルヌト。䞊りは負担の少ない土小屋から、䞋りは成就瀟ぞ──嚘の䜓力を考慮した遞択だった。
    入口近くに、急ごしらえの手曞きの看板があった。「1.2km先 萜石泚意」


    しばらく平坊な道を進むず、早くも䞋山しおくる登山者ずすれ違った。
    そのずき、嚘が自然に声をかけた。
    「こんにちは」
    私は䞀瞬、足が止たった。
    知らない人に、自分から声をかけおいる。たったそれだけのこずだった。この子が最埌に家族以倖の人間ずたずもに蚀葉を亀わしたのは、い぀だっただろう。専門孊校の仮レッスンで「先生のりケが良かった」ず垰っおきた、あの日以来だろうか。
    「進孊はどうするのか」ず聞かれるのが぀らくお、人付き合いを避けるようになった嚘。「このたたでいっかぁ」ず諊めたような顔をしおいた嚘。その嚘が今、芋ず知らずの人に、自分から声をかけおいる。
    「おおヌ、挚拶しおる」ず思い぀぀、私も慌おお続いた。登山者同士の"文化"に、䞀歩螏み蟌んだ気がした。
    䌑憩ポむントを䞀぀、たた䞀぀ず越えおいく。嚘は軜快に進んでいく。2ヶ月前やっず郚屋から出おきた面圱はない。ふたりで「いけそうだね」ず確認し合う。初心者にしおは順調な滑り出しだ。
    しかし──本番はここからだった。


    尟根を越えるず、道は北偎の斜面ぞず入った。空気は䞀倉しお湿気を含み、ひんやりずした冷気が肌にたずわり぀く。道は现くなり、獣道のような断厖沿いの登山道ぞず倉貌しおいた。
    䞞倪で぀くられた狭い通路や仮蚭の梯子。たさに谷の瞁を歩くような緊匵感。
    䞋は断厖絶壁。先月の倧雚で厩れた山肌。急ごしらえの䞞倪橋。
    「したった、車を戻しおしたった  もう匕き返せない」
    そう思った瞬間、前を進む嚘の背䞭が芋えた。嚘の肩が、少し震えおいるのがわかる。
    垃団の䞭で䞞たっおいた高校2幎の嚘の背䞭。「やっぱり無理」ず返事が来た朝の、垃団越しに芋えた小さな肩。あの頃、家の䞭で誰の背䞭も前を向いおいなかった。劻の背䞭も、嚘の背䞭も、それを芋おいる私の背䞭も。
    今、目の前の嚘の背䞭は、震えながら前を向いおいる。
    嚘は決しお足を止めなかった。慎重に、しかし確実に、䞀歩ず぀進んでいく。
    「倧䞈倫。自分も前に進もう」そう心に蚀い聞かせた。


    䞊り募配が急になっおきた。嚘は黙々ず進む。振り返らず、蚀葉も発さず、ただ歩を進めおいた。
    䞋山しおきた登山者ずすれ違いざた、私は尋ねた。
    「頂䞊たで、もうすぐですかね」
    盞手は少し間を眮いお答えた。「うヌん、ただ結構ありたすよ」
    その瞬間──私の心が折れかけた。先が芋えない。
    しかし、気づけば、嚘の姿が芋えなくなっおいた。
    10皮類の薬を毎日飲んでいた嚘のこずを、ふず思う。あの薬たちは、効いおいたのだろうか。医垫の蚀葉はい぀も「詊しおみたしょう」だけだった。それでも嚘は、毎日それを飲んで、ベッドぞ戻っおいった。空き袋がゎミ袋いっぱいになるたで。
    ポケットからご神氎を取り出しお口に含む。
    それでも口にしおきた10幎があった。
    支える぀もりで来たのに、足を匕っ匵っおいるのは私の方かもしれない。父芪ずしお情けないずか、そういう話ではなかった。ただ玔粋に、頑匵っおいるあの子の邪魔をしたくなかった。
    あの子は前を進んでいる。10幎間、止たっおいた足を動かしお。今、あの子は自分の力で登っおいる。それなら私が止たるわけにはいかない。嚘は前を歩んでいる。それが、今の私の道しるべずなっおいる。


    嚘の背䞭を再び芋぀けたのは、成就瀟ルヌトずの合流地点に立぀鳥居の䞋だった。急な階段を登り切るず、トむレずベンチのある䌑憩所。嚘は静かに座っおいる。芖界が開けたその堎所からは、遠くたで続く皜線ず、雲間から差し蟌むやわらかな日差しが広がっおいた。

    午埌1時ちょうど。持参したおにぎりを頬匵る。䞀぀しか喉を通らない。
    「もし匕き返すなら、今しかない」ず心のどこかで思っおいた。
    しかし、嚘はすでに次の行動に備えおいた。氎を飲み、荷物を敎え、立ち䞊がる私を埅っおいる。

    「  さあ、行くか」

    私がそう蚀うず、嚘は䜕も答えず、しっかりずした足取りで山頂ぞず歩き出した。

    「二の鎖」「䞉の鎖」ず呌ばれる断厖絶壁の鎖堎を避け、迂回路を遞択。予定では頂䞊たで玄30分。
    その時、䞍意に目の前に珟れたのは──岩堎に"ずっお぀けた"かのような、鉄の階段。たるで空䞭に浮かんでいるかのよう。それはたさに倩空回廊。
    足元が宙に浮いおいる感芚。県䞋の緑に吞い蟌たれるような気配。手は震え、氎も飲めない、酞玠も吞えない。必死に真ん䞭の手すりにしがみ぀く。
    「怖ぇぇ」
    思わず声が挏れたその瞬間、嚘が振り返り叫んだ。
    「声に出さないで」
    怯えおいたのは、私の方だった。
    嚘はどんどんず登っおいく。青い空に吞い蟌たれおいくように。
    立ち止たれば、恐怖が氞遠に続く。だが䞀歩、䞀歩、たずえ半歩でも前に進めば、必ず頂䞊にたどり着ける。私たちは、ひたすら前ず䞊だけを芋぀めお登った。

    やがお、前方から人々の話し声が聞こえおきた。建物のようなものが芋える。そう思った瞬間、嚘が静かに蚀った。
    「もう少し䞊。」
    その蚀葉に、私はう぀むいた。
    「もう少ししたら良くなるかも」──あの朝、垃団の䞭から返っおきた嚘の蚀葉。あの「もう少し」は、来ないのかもしれない。でも、今日の「もう少し」は違う。嚘の指す先には、確かに頂䞊があった。あの時の「もう少し」も、頂䞊が芋えおいたのかもしれない。


    小屋の暪を抜けた先に、目指す「石鎚神瀟 奥宮 頂䞊瀟」が珟れた。
    嚘はベンチに腰を䞋ろし、ひず息぀いおいた。
    その顔を芋た瞬間、足が止たった。泣いおはいなかった。笑っおもいなかった。ただ静かに、山の空気を吞っおいた。

    16歳で郚屋に閉じこもったあの日から、私はずっずこの子の「元気な顔」を埅っおいた。でも今、嚘の顔は「元気な顔」ではなかった。もっず別の䜕かだった。自分で決めお、自分の足でここたで来た人間の顔だった。私は、声もかけられずしばらくそこに立っおいた。

    嚘はすぐに立ち䞊がり、たっすぐに瀟ぞ向かった。私は、嚘が心配しおいた通りの姿で、ガタガタず膝を震わせおいた。

    時刻は午埌2時。ロヌプりェむの最終時刻たで残り3時間。通垞の䞋山時間ぎったりだ。──そしお気づく。今、私たちが登っおきた"倩空回廊"を、今床は䞋らなければならないずいうこずに。

    「倧䞈倫か」
    私が声をかけるず、嚘は静かに答えた。
    「心頭滅华すれば火もたた涌し。無になっお降りるしかない。」
    すでに悟りを開いたような衚情で、嚘は歩き出した。


    䞋りは膝ぞの負担が倧きい。すぐに膝に激痛が走った。嚘に先に行っおもらい、私は䞀歩䞀歩慎重に䞋る。嚘の背䞭はすぐに芋えなくなった。埌に聞いた話では、嚘は本圓に「心頭滅华」ず心で唱えながら、無心で䞋っおいったずいう。

    「これが修行の山ずいう意味、分かった気がする」ず嚘は語っおいた。
    トむレのある䌑憩所たで戻り、ここから成就瀟ぞ䞋る。鳥居をくぐり、しばらくは開けた平坊な道。

    そのずき、嚘の声が聞こえた。
    「綺麗な景色」
    私は返事をしようずしお、少し息を詰たらせた。
    登山䞭、初めお聞いたその蚀葉だった。
     
    山頂を目指しおいる間、嚘は䞀床も景色の話をしなかった。ただ黙々ず、前だけを芋お歩いおいた。それが今、自分から景色を芋おいる。
     
    10幎間、嚘の目はずっず内偎に向いおいた。
    その目が今、誰に蚀われるでもなく、山の向こうを芋おいた。


    そんな景色が芋えおいたのも぀かの間。山道に入るず、膝ぞの負担は増すばかり。
    「俺に構わず、先に行け」
    そう蚀った盎埌、ふくらはぎに痙攣が走った。ミネラル䞍足だ。慌おおポカリス゚ットを口にし、息を敎える。幞い、しばらくするず痙攣は萜ち着いた。
    途䞭、小さな荒屋で短い䌑憩をずった。嚘がザックを探りながら蚀った。
    「そういえば、これ  」
    取り出したのは、出発前に劻から預かっおいた小さな薬。「膝が痛くなったら飲んでね」ず枡されたものだ。
    差し出された錠剀を、二人で静かに口にした。ふっず力が抜けるように疲れが和らぎ、匵り぀めおいた心も少しほぐれた。
    嚘がぜ぀りず呟いた。

    「優しさっお、効くんだね。」

    その蚀葉が、静かに胞に残った。
    「今日は濃い味は無理」ず断られた日も、「今日は起きおこなさそう」ず感じた日も、劻は台所に立ち続けた。劻の思いは、ずっず届いおいた。気づけなかったのは、私たちのほうだった。
    嚘が続けお蚀った。

    「自分は䞊りが苊手で、すぐ心拍数が䞊がっちゃうの。お父さんは䞋りが膝にくるんだよね。」
    確かに、苊手な堎所はそれぞれ違う。でも、向かっおいる先は同じ。
    「自分のペヌスで行こう」ず声を掛け合い、再び歩き始めた。


    远い぀いたり、離れたり、前埌しながら䞋っおいく。「遭難泚意」の看板が珟れ、䞀瞬足が止たった。完党に「䞋り」の意識になっおいたから、登り返しが目に入らなかったのだ。人はこうしお道を芋倱うのだず、劙に冷静に考えおいた。

    午埌4時ごろ、スマホに連絡が入った。
    「そろそろ迎えに出た方がいい」
    ──「おかえり」ず蚀っおくれる人がいる。
    劻はずっずそうだった。傍にいない時も、消えたこずは䞀床もなかった。10幎間、毎朝「今日は行けそう」ず聞き続けた声。泣きながら「今日も䌑みたす」ず電話をかけおいた背䞭。お昌に、嚘が食べなかった残りを二人で食べた食卓。
    指が震えおキヌが打おない。やっずの思いでメッセヌゞを送る。
    最埌の䞊り坂に差しかかった。嚘のペヌスが䞀気に萜ちる。今床は私の方が早い。頑匵れ。ラストスパヌトだ。芋えた。門だ。

    門をくぐり、成就瀟ぞ䞋山のお参りに向かう。もう誰もいなかった。倕日が、私たち二人のシル゚ットを静かに映し出しおいた。
    そこから残り30分。痛めた膝に鞭打ちながら降りおいく。ロヌプりェむ乗り堎が芋えた。最埌の急な坂を䞋り、䞭に入る。
    そこに、ベンチに座っおいる嚘の姿があった。最終ロヌプりェむの出発、10分前だった。
    六時間半の倧行皋。すべおの目暙を、やり切った瞬間だった。


    ロヌプりェむで䞋りながら、さっきたで歩いおいた新緑の山䞊みを芋぀めた。
    ふもずでは劻が迎えに来おくれおいた。知らない土地でのひずり運転。狭く曲がりくねった山道を、心现さを感じながら3時間以䞊も走っおくれた。
    「ただいた」ず䞀蚀。
    垰りの車の䞭で、嚘は埌郚座垭から倖をながめおいた。私たちの嚘の暪顔。少し日に焌けおいた。


    翌朝、垰路に぀く前にもう䞀床、本瀟ぞ立ち寄った。あらためお登山の無事を報告し、感謝のお参りをさせおいただいた。
    「ご神氎でコヌヒヌを飲もう」 
    嚘がそう蚀った。
    私は倚めに汲たせおいただいた。
    石鎚神瀟では、山を登る人䞀人䞀人のそのすべおの歩みが『祈り』であり、『行』ずされおいる。

    10幎間、時間は止たっおいなかった。止たっおいたず思っおいた時間。それは静かな時間だった。ただそれだけ。
     
    あれから䞀幎。嚘の日垞は、今も倧きくは倉わらない。
     
    それでも、圌女は倖ぞ出かけおいくようになった。
    カりンセリングの勉匷を始め、同じように苊しんでいる誰かに、蚀葉を届けたいず蚀っお。
    垰っおくるず䞉日は寝蟌む。それでも、たた出かけおいく。
     
    嚘は今でも、自分のペヌスで歩いおいる。私は、䞋りが少し苊手なたた、その埌ろを歩いおいる。


     
     
    16歳の倏、偏頭痛で倖に出られなくなった嚘が、突然「占垫になりたい」ず蚀い出しお  静かに曞き続けおいけたらず思いたす。 読んでくれた人のきっかけになれば幞せです