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妻のブチ切れから始まった、50歳からの「超ロジカル料理」

    私は50歳になって料理を始めた。
    それまで、まともな料理を一度もしたことがなかった。

    学生時代は定食屋、ほか弁、朝はパン。
    結婚してからは妻に作ってもらっていた。
    それが普通だと思っていたし、周りもそうだった。
    だから、料理なんてしなくてもいいと思っていた。

    家事の分担と言えば、掃除は私の仕事だ。
    ルンバを導入して効率よく回した。
    ルンバが動きやすいように断捨離もした。

    ミニマリストというほどでもないが、妻と喧嘩しながら余計なものをかなり捨てて、床にはモノを絶対に置かないようにした。

    今は高校生の娘が小学生だった頃。
    友達が遊びに来た時など、

    「みいちゃんち、やばいね」

    なんて言われているのを耳にしたこともあった。
    スカスカの家だから、きっと「貧乏な家だ」と思われていたのかもしれない。

    トイレ掃除も毎朝私がする。
    子育ても積極的に関わった。
    というか、子供たちが自分のやっていたスポーツを始めたので、一緒にやった。
    スポーツ少年団にも親子で参加して、休日が楽しかった。

    自分は、いい父親、いい旦那だと思っていた。
    いろんなところで見聞きする

    「仕事だけの家族を顧みない父親、夫」

    ではないと自分では思っていた。自分は違うと。

    私が50歳になったとき、一つ下の妻が職場で管理職になった。
    定時には帰れなくなり、夕食の時間が遅くなった。
    それでも私は夕食を作らなかった。
    いや、できなかったのだ。

    3日目、妻がブチ切れた。
    「夕飯くらい作れないの!」

    こっちだって自営業で昼間は現場作業、夜は事務仕事をしなければならない。
    おまけに夕飯まで作れというのか。

    妻は私への不満を並べた。

    「あなたはこれまでも私が困っていることに何も手を貸してくれなかった」

    あーだこーだと過去の不満までぶちまけてくる。

    私はいい旦那ではなかったのか。

    「俺は一人で事業を起こし、お前の倍以上は稼いでいるんだ。お前の方こそ俺の大変さを全く分かっていない!」

    出かかったその言葉を、ぐっと飲み込んだ。
    (心の中では「お前」なんて毒づいたが、実際には普段「お母さん」と呼んでいる)

    テレビやネットで反感を買う、ステレオタイプの男と、どうやら自分は変わらないらしい。

    ここで何を反論しても、言い争いをしても、何もいいことはない。
    それは目に見えていた。

    それから、私は試行錯誤を重ねた。
    惣菜屋で惣菜を買ってきて、ご飯は炊いてみた。
    でも、塩味が濃すぎる。
    たまに外食で食べる分にはいいが、日常で食べるには高血圧になりそうだ。

    レトルトも買ってきたが、これは砂糖が使われすぎている。
    アメリカ人が日常的に食べているらしいオートミールも試した。
    完全に無理だった。

    料理教室に通うか、妻に教えてもらうか……
    そんな時に、Amazonで『勝間式超ロジカル料理』を取り寄せた。
    勝間和代さんの本はそれまでにも何冊も読んできたから抵抗がなかった。

    読んで、その場で自動調理鍋の「ホットクック」と、水蒸気で調理するオーブンの「ヘルシオ」をポチった。
    翌日には届いた。

    それからだ。
    小遣いで買い足した。
    キッチンスケール、キッチンハサミ、ビクトリノックス製ピーラー、それから自分専用の穴あき包丁。

    修理屋を25年やってきた。
    他人の道具で仕事をしたことはないし、何事も数値で把握したい性分だ。

    だからこそ、これまでの料理本にある「塩少々」や「適量」といった曖昧な表現がどうしても腑に落ちなかった。

    その時々で塩、醤油、味噌をどれくらいにすればいいかなんてわからない。レシピ本は最初から料理ができる人、向けなんだろう。
    料理なんてやったことのない人間には、外国語の教科書みたいなものだ。

    でも、勝間式超ロジカル料理は違った。

    「味は塩分割合で決まる」

    それを知ったとき、目からうろこだった。総重量に対する塩分濃度。
    塩でも醤油でも味噌でも、同じ計算式で解ける。

    まず無水カレーを作った。
    本のとおり、塩分0.6%。
    妻は何も言わなかった。
    次に味噌汁を作った。
    同じ0.6%。
    「しょっぱい」と言われた。

    調整を重ね、結局我が家は0.45%に落ち着いた。
    そういえば私の実家も薄味だった。
    父が四十で脳卒中で倒れてから、ずっとそうだった。
    妻の実家でも、義父の高血圧を心配して薄味だったらしい。

    今は、朝に20分かけて夕飯を仕込み、ホットクックのタイマーをセット。
    ヘルシオの食材は冷蔵庫へ。
    私がやるのは、包丁とハサミとピーラーを使って食材を切ることと、塩分を必ず計ること。
    大体それだけだ。

    買い出しはドラッグストア。
    スーパーは同じようなものが並びすぎていて、どれを選べばいいのか分からず、めまいがしそうになる。
    ドラッグストアの小さな野菜・肉売り場が私にはちょうどいい。

    目当ての食材が売り切れている場合もあるが、そんなときは違うメニューにすればいいだけだ。

    私はガスコンロを使わない。
    たとえ袋ラーメンを作る時でもホットクックを使う。
    火の前に立っていなければならないのが無理だからだ。

    妻はホットクックを使わない。
    多分、あんなのは料理ではないと思っているのだろう。

    でも、私の作ったタンドリーチキンを、妻が仕事の話もせずに一心に食べている姿を見ると、私はどこかほっとする。

    あのブチ切れたとき、妻は職場の話を聞いてほしかったのだと、あとから思う。
    私は私で、自営業のつらさをわかってほしかった。
    お互い、相手にやってほしいことがわかっていなかったのだと思う。

    今も不完全な夫で、いい父親だったのかどうかもわからない。
    妻が何を思っているのかも、たぶん一生わからない。

    ただ、我が家の塩分濃度は0.45%。
    これだけは正解がある。だから私は今日も、塩分を必ず計る。

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    個人事業主の機械修理屋です。 書きたいものを書いています。 誰の記憶にも残らないような些細な出来事や、出会った人々、忘れられない風景をエッセイにしています。 昔書いたものも、今書いているもの、長い間、発表する場所がわからず、今、noteで少しずつ公開しています。

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