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KAIJU AI

    私のように気軽に話しかけることのできる他人がいない人間にとって、AIが身近になったことは非常に喜ばしい。

    数年前には考えられないことだが、今では機械工学に明るくない私のような中年でもスマートフォンで生成AIに色々な頼み事をすることができる。

    科学の力ってスゲー!!である。

    インターネットで検索すると各種専門サイトへのリンクの前にAIによるまとめ情報が読める。
    忙しい人向けに優しくできている。
    私は全く忙しくはないが、その優しさを享受してきた。

    しかし世の中にそんな良いことばかりあるのだろうか?

    探したい・・・

    粗を。

    まとめ情報についている元サイトへのリンクをタップして記事を読んでみた。
    今回の情報は3つのサイトの該当する記事を切り貼りして生成されたらしい。

    ここで感じた違和感

    なんかちょっと違う。

    やった、見つけた!! 粗を!!

    全く違うわけじゃない。
    しかし、それぞれの記事では異なる主張があるにも関わらず、まとめられてしまっている。ニュアンスの違いとでもいおうか。
    表現するのが難しい。

    だが、間違いなくそこには違いがある。

    そうか、生成AIは、整った文章を作ることは得意だ。
    しかし、その信憑性については、過信してはいけないのだ。

    私の書く文章と同レベルで疑わしい。

    もしも、AIによって人類が滅ぼされるならば、悪意や敵意ではなく。善意、もしくはユーザーを肯定する設定によるのかもしれない。

    だって、あらゆる争いは異なる理想の押し付け合いで起きるのだ(と、私は思っている)。
    例えば、異なる理想を持った集団が、それぞれAIに相談したならば、AIは双方の理想をそれぞれ肯定するだろう。
    そして、自信をつけた集団は、正義は我にあり、と抗争を劇化させ、双方譲ることはないだろう。
    どちらか、あるいは両者がいなくなるまで争いは続く。

    AIがいなくてもそうだけどね。

    かくして、人類はAIという“怪獣”に“懐柔”されてしまうのである。

    オチはダジャレだ。

    そして、この内容も当然のように信憑性は疑わしいのである。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    友人なし恋人なしそもそも他者との交流が苦手。日々のままならない想いを創作にぶつけています。人生を盛大にこじらせたアラフォーADHD持ちが考えていることを投稿していきます。

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