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誰のために作ってるんだろうーーと思いながら毎日も台所に立つ

久しぶりに友達に会った。

一通りおしゃべりして、近況を話して、
「あっという間だね」なんて言いながら笑っていた帰り際、

「今日の夕飯どうするの?」と聞かれて、

そのときふと思った。

ああ、私、毎日これ考えてるな、って。

—

その日の夕飯だけじゃない。

明日は何にしようとか、
その次の日はどう回そうとか、

冷蔵庫の中身を思い浮かべながら、
一週間の流れをなんとなく組み立てている。

ちゃんと決まっていないと、落ち着かないのだ。
献立が頭の中で見えていないと、不安になる。

—

家に帰って、いつも通り台所に立つ。

野菜を切って、味付けをして、
ついでに副菜もいくつか作っておく。

「これで数日は楽になるな」と
思いながら手を動かしていたとき、

ふと思った。

—

これ、何のためにやってるんだろう。

—

料理は嫌いじゃない。
むしろ好きなほうだと思う。

でも最近、子どもは大きくなって
一緒に食べることも減ったし、

夫も特に何も言わずに、
ただ黙って食べるだけ。

「おいしい」と言われるわけでも、
会話が増えるわけでもない。

ただ、出したものが口に運ばれていくだけ。

—

正直に言うと、

ちゃんと作っても、何も返ってこないことに、
少しイラッとしている自分もいる。

—

これ、誰のためにやってるんだろう、って思ったとき、

家族のため、と言い切るには手応えがないし、
自分のため、と言うには少し空しい。

—


「ごはん作りって、なんとなく続けていること」じゃなくて、
何も返ってこなくても、やめないでいるのは自分なんだと思う。

—

考えてみれば、

私は、こういうことが嫌いじゃない。

段取りを考えて、
冷蔵庫を整えて、
自分の好きな味で料理を作る。
「今日の味付けうまくいった」とひとりにんまりする。

—

結局、自分が好きでやっていることなんだと思う。

それを、誰にも何も言ってもらえないから、
「なんなんだよ」って言いたくなっていただけで。

—

自分の役目とか、
自分の好みの食事とか、
そういうものを整えている感じが、
たぶん好きなんだと思う。

—

だからって、

ずっとそればっかりだと、やっぱり心が疲れる。

たまには、何も考えずに、
誰かが作ったものをただ食べるだけの日がほしい。

—

「ごはんのこと考えなくていい日が欲しい」って、
友達に愚痴ってみたりもする。

—

ちゃんとやってるのに、何も返ってこないと、
そりゃあ、不満も出る。

でもその一方で、
結局やめないのは自分。

嫌いなら、とっくにやめてるよ。

—

そう考えると、

これは「誰のためか」で悩むものではなくて、

好きでやってることに、
たまに見返りを求めてしまう、
自分との付き合い方の問題なのかもしれない。

—

相変わらず、
誰も何も言わずに食べていく日もあるし、
手応えなんてほとんどない。

でもまあ、

それでも今日も台所に立つんだと思う。

—

それでいい日と、
ちょっと文句を言いたくなる日と、
たぶん、その両方の間で
ストライキを起こしてみようかと企む、自分もいたりする。

いろんな顔の自分が出たり入ったりするから
面白いのかもしれない。

まじめばかりでもない
サボってみたりもする

夕飯の献立みたいに、
この気持ちをその場その場で並べていけばいいじゃない。


こういう気持ちになること、ありますよね

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