ブラックミュージック連載 第5部 第13話Destiny’s Child「若き三人は、やがて世界を導く声になった。」
Ⅰ プロローグ
1990年代後半。
R&Bは、
新しい世代へと
受け継がれようとしていた。
その少し前。
Janet Jackson
(ジャネット・ジャクソン)は、
『Control』で
自分の人生を取り戻し、
『Rhythm Nation 1814』で
社会へ声を上げ、
『The Velvet Rope』では、
孤独や不安、
自分自身の心の内側までを
作品にした。
歌。
ダンス。
映像。
ライブ。
そのすべてを、
自分自身を表現するための
言葉へ変えていった。
※詳しくは第5部第12話
「Janet Jackson ― 一人の女性が、ポップを自由にした夜」をご覧ください。
もちろん、
Janetがいたから、
Destiny’s Childが
生まれたわけではない。
音楽の歴史は、
そんな単純な因果関係では
出来ていない。
ただ、
一つの世代が広げた
表現の可能性を、
次の世代が、
違う形で受け取っていくことはある。
そして、
1990年代の終わり。
新しい女性たちが現れた。
彼女たちが歌ったのは、
ただ、
「愛されたい」
という気持ちだけではなかった。
相手がおかしいと思えば、
問いかける。
自分を尊重しない相手なら、
離れる。
経済的にも、
精神的にも、
自分の足で立つ。
そして、
どんな逆境に遭っても、
自分自身を諦めない。
その言葉を、
複雑なハーモニーと、
HIPHOP以降の鋭いビート、
そして、
力強いダンスに乗せた。
彼女たちも、
最初から世界の頂点にいたわけではない。
オーディションに敗れた。
契約を失った。
メンバーも変わった。
グループそのものが、
何度も崩れそうになった。
それでも、
歌うことをやめなかった。
やがて三人となった彼女たちは、
世界中へ、
一つのメッセージを届ける。
自分の人生は、
自分で選んでいい。
そのグループの名は、
Destiny’s Child
(デスティニーズ・チャイルド)
これは、
Beyoncéという一人の
スーパースターが
生まれるまでの物語ではない。
若い女性たちが、
失敗と変化を乗り越えながら、
自分たちの声で21世紀のR&Bへ
道をつなぐまでの物語である。
Ⅱ 世界へ届かなかった少女たち
物語の始まりは、
テキサス州ヒューストンだった。
1990年代初頭。
Beyoncé Knowles
(ビヨンセ・ノウルズ)は、
まだ世界的スターでも、
グループの象徴でもない。
歌とダンスが好きな、
一人の少女だった。
その頃、
LaTavia Roberson
(ラターヴィア・ロバーソン)
らと参加した少女グループが、
Girl’s Tyme
(ガールズ・タイム)だった。
当初は6人組。
そこには、
後にDestiny’s Childとなる
Beyoncé、
LaTavia、
そして
Kelly Rowland
(ケリー・ローランド)もいた。
少女たちは、
歌だけではなく、
ダンス、
ステージング、
ハーモニーを
何度も何度も練習した。
そして、
テレビの
人気オーディション番組
Star Search
(スター・サーチ)へ挑戦する。
しかし、
負けた。
後に世界最大級の
スターとなるBeyoncéも、
最初から勝者だったわけではない。
まだ幼かった少女たちは、
全国放送のステージで、
自分たちではない誰かが
勝つ姿を見た。
夢を追えば、
必ず報われるわけではない。
上手ければ、
必ず勝てるわけでもない。
エンターテインメントの
世界の厳しさを、
彼女たちは
早い段階で経験した。
だが、
ここで物語は終わらなかった。
Beyoncéの父、
Mathew Knowles
(マシュー・ノウルズ)が、
グループのマネジメントへ
深く関わるようになる。
Girl’s Tymeは再編され、
Beyoncé、
Kelly Rowland、
LaTavia Roberson、
そして
LeToya Luckett
(ルターヤ・ラケット)
という四人を中心とする形へ固まっていった。
その後も、
道は簡単ではなかった。
制作契約を結び、
レコード会社との関係を築きながらも、
一度は契約を失う。
それでも、
少女たちは練習を続けた。
歌った。
踊った。
ステージに立った。
成功する前に、
彼女たちは、
何度も
「成功しない時間」
を経験していたのである。
そして1996年。
Columbia Records
(コロムビア・レコード)
との契約を手にする。
長い準備期間を経て、
少女たちの運命は、
ようやく動き始めた。
Ⅲ 「No, No, No」
から始まった、新しい声
1997年。
Destiny’s Childは、
デビューシングル
No, No, No
(ノー・ノー・ノー)
を世に送り出す。
その中でも、
大きな注目を集めたのが、
Wyclef Jean
(ワイクリフ・ジョン)が参加した
No, No, No Part 2
(ノー・ノー・ノー・パート2)
だった。
Wyclefは、
The Fugees
(フージーズ)の中心人物の一人。
HIPHOP、
R&B、
レゲエ、
カリブ音楽。
さまざまな音楽を
横断してきた人物だった。
もともとの「Part 1」は、
Vincent Herbert
(ヴィンセント・ハーバート)と
Rob Fusari
(ロブ・フサリ)が
手掛けたスローなR&Bだった。
そこへWyclefが、
よりアップテンポなビートを持ち込んだ。
二つのバージョンは、
同じシングルとして展開された。
そして、
この二面性こそが面白い。
伝統的なR&Bのハーモニー。
そこへ、
HIPHOP以降のリズム感が入り込む。
90年代後半。
R&BとHIPHOPは、
すでに別々の世界ではなくなっていた。
※HIPHOPとR&Bが
接近していった流れについては、
第5部第3話
「Mary J. Blige ― R&Bが
痛みを歌い始めた夜」
もご覧ください。
「No, No, No」は、
Billboard Hot 100で3位を記録。
Destiny’s Childという名前を、
一気に全米へ広げた。
そして1998年。
セルフタイトルのデビューアルバム
Destiny’s Child
(デスティニーズ・チャイルド)
が発売される。
ここでは、
まだ四人だった
Destiny’s Childを
見てほしい。
完成されたスターを見るのではなく、
後に世界を席巻するグループが、
どんな場所から始まったのか。
そこに注目してほしい。
そして、
90年代女性R&Bグループから
受け継いだハーモニーと、
HIPHOP以降のビートが、
同じ曲の中で共存していることにも
耳を傾けてみてほしい。
No, No, No Part 2
だが、
Destiny’s Childが
本当に時代の中心へ飛び出すのは、
その次だった。
Ⅳ 「愛される女性」から、
「選ぶ女性」へ
1999年。
セカンドアルバム
The Writing’s on the Wall
(ザ・ライティングズ・
オン・ザ・ウォール)が発表される。
ここで、
Destiny’s Childの個性は、
一気に鮮明になった。
まず、
Bills, Bills, Bills
(ビルズ・ビルズ・ビルズ)。
この曲で歌われるのは、
恋人へ無条件に
尽くし続ける女性ではない。
車を使われ、
電話代を負担させられ、
経済的に依存してくる相手へ、
疑問を突きつける。
そして、
「Bills, Bills, Bills」は、
Destiny’s Childにとって、
初めてBillboard Hot 100の
1位を獲得した作品となった。
さらに、
決定的な一曲が生まれる。
Say My Name
(セイ・マイ・ネーム)
電話の向こうにいる
恋人の様子がおかしい。
いつもなら言うはずの
言葉を言わない。
自分の名前さえ、
きちんと呼ぼうとしない。
なら、
何かを隠しているのではないか。
ここで描かれる女性は、
違和感を飲み込まない。
相手の言葉を、
ただ信じるのでもない。
自分の感覚を信じ、
真実を求める。
そこには、
Destiny’s Childが
形づくっていった、
一つの女性像があった。
自分の価値を、
相手に決めさせない女性。
サウンドを手掛けたのは、
Rodney “Darkchild” Jerkins
(ロドニー・“ダークチャイルド”・
ジャーキンス)
細かく刻まれるリズムの上を、
何層もの声が行き交う。
ハーモニーを聴かせるだけではない。
言葉そのものが、
ビートの一部になっている。
「Say My Name」は全米1位を獲得し、
2001年のGrammy Awards
(グラミー賞)では、
Best R&B Performance by a
Duo or Group with Vocals、
Best R&B Song
の2部門を受賞した。
ここでは、
有名なサビだけではなく、
声の配置を聴いてほしい。
一人が歌い、
別の声が応え、
さらに別の声が重なる。
ブラックミュージックが
長く育ててきた
コール&レスポンスの感覚が、
90年代末の精密な
R&Bプロダクションの中で、
新しい形に変わっている。
Say My Name
しかし、
その成功の裏側で、
グループは大きく揺れていた。
Ⅴ 四人から、三人へ
LaTavia Robersonと
LeToya Luckettは、
マネジメントをめぐる問題から、
Mathew Knowlesとの関係に
不満を抱くようになった。
そして2000年。
「Say My Name」の
ミュージックビデオに現れたのは、
それまでの四人ではなかった。
Beyoncé。
Kelly。
そして、
Michelle Williams
(ミシェル・ウィリアムズ)。
Farrah Franklin
(ファラ・フランクリン)。
人気が急上昇していたその最中、
Destiny’s Childは、
大きなメンバー交代を経験した。
さらに、
Farrahも短期間でグループを離れる。
Destiny’s Childは、
Beyoncé、
Kelly Rowland、
Michelle Williams。
現在もっともよく知られている、
三人組となった。
ここで、
この物語をBeyoncé一人の
成功物語にしてはいけない。
Kellyには、
Beyoncéとは違う声があった。
Michelleにも、
彼女にしかない声があった。
三人が違うからこそ、
重なったときに、
新しいDestiny’s Childの音が生まれた。
もちろん、
このメンバー交代を、
単純な美談にすることはできない。
そこには、
マネジメントをめぐる対立があり、
法的な争いもあった。
傷ついた人もいた。
だから、
「苦難があったから成功した」
と簡単に片付けるべきではない。
ただ、
グループは、
その変化の中でも活動を続けた。
そして2000年。
映画
Charlie’s Angels
(チャーリーズ・エンジェル)
のために制作された、
Independent Women Part I
(インディペンデント・ウィメン・パート1)
が発表される。
この曲で、
テーマはさらに明確になる。
自分が手にしているものを、
自分自身で手に入れる。
自分の人生を、
誰かに支えてもらうことを前提にしない。
「Bills, Bills, Bills」で、
依存してくる相手へ疑問を投げかけ、
「Say My Name」で、
自分を欺く相手へ真実を求めた女性たちは、
ここで、
自分自身の人生を、
自分で支える女性
を歌った。
「Independent Women Part I」は、
Billboard Hot 100で11週連続1位。
Destiny’s Child最大級のヒットとなった。
ここでは、
タイトル通りの「自立」だけではなく、
それを三人が、
どれほど堂々と歌っているかを見てほしい。
これは、
誰かを拒絶するための曲というより、
自分自身の人生の主導権を握る歌だ。
Janet Jackson回で描いた
「自らの人生を自ら決める」
というテーマが、
次の世代では、
女性グループの言葉として、
また別の形へ変わっている。
Independent Women Part I
Ⅵ 「Survivor」という答え
そして2001年。
三人は、
自分たちの歩みそのものを
タイトルにしたような曲を発表する。
Survivor
(サバイバー)
「生き残った者」
メンバー交代。
内部の対立。
訴訟。
批判。
そして、
「Destiny’s Childはもう終わるのではないか」
という周囲の視線。
その中で、
彼女たちは、
立ち止まらないことを歌った。
ここで重要なのは、
「Survivor」が、
単なる強がりではなかったことだ。
Destiny’s Child自身が、
すでに何度も姿を変え、
それでもステージに立ち続けていた。
だからこそ、
その言葉に、
グループ自身の歴史が重なった。
同名アルバム
Survivor
(サバイバー)
は2001年に発表され、
全米アルバムチャート1位を獲得。
「Survivor」も
Billboard Hot 100で2位まで上昇した。
今回の記事で、
最も映像と一緒に
見てほしい曲かもしれない。
無人島へ流れ着いた三人が、
自分たちの力で立ち上がっていく。
その映像は、
当時のDestiny’s Childの状況と、
あまりにも鮮やかに重なる。
これは、
「私たちは成功した」
というだけの勝利宣言ではない。
「何が起きても、私たちは進む」
という歌だ。
Survivor
そして、
Destiny’s Childは、
三人のグループとして、
確かな形を手に入れていった。
Ⅶ それぞれの道へ
2002年頃から、
三人はそれぞれの
活動へ進み始める。
Kelly Rowlandは、
R&BとHIPHOPを横断しながら、
自分自身のキャリアを築いていく。
Michelle Williamsは、
自身のバックグラウンドでもある
ゴスペルへも活動を広げる。
そしてBeyoncéも、
グループの中で培ってきた
歌、
ダンス、
ステージング、
ソングライティングを携え、
ソロ活動へ進んだ。
だが、
Destiny’s Childは、
そこで終わらなかった。
2004年。
三人は再び集まり、
Destiny Fulfilled
(デスティニー・フルフィルド)
を発表する。
Lose My Breath
(ルーズ・マイ・ブレス)
Soldier
(ソルジャー)
Cater 2 U
(ケイター・トゥ・ユー)
そこには、
Girl’s Tymeだった少女たちとは違う、
成長した女性たちの声があった。
それぞれが自分自身の
活動を経験したことで、
三人の個性は、
以前よりはっきりしていた。
それでも、
声を重ねれば、
そこには、
Destiny’s Childにしかない
音があった。
そして2005年。
世界ツアーの最中、
三人は、
Destiny’s Childとしての
活動を終えることを発表する。
グループは、
それぞれの人生へ向かって歩き出した。
Destiny Fulfilledは
Columbiaから発表された
最後のスタジオアルバムとなった。
RIAAの記録でも同作は
2005年1月に認定されている。
Ⅷ 彼女たちは、何を変えたのか
Destiny’s Childの歴史を、
「Beyoncéを生んだグループ」
という一言で終わらせてしまうと、
一番大切なものが見えなくなる。
彼女たちの前にも、
偉大な女性グループがいた。
En Vogue
(アン・ヴォーグ)は、
圧倒的なハーモニーと、
強く美しい女性像を示した。
SWV
(エス・ダブリュー・ブイ)は、
90年代を生きる女性たちの、
等身大の恋愛を歌った。
TLCは、
セックス、
自尊心、
社会問題、
そして、
女性自身の生き方まで歌った。
Destiny’s Childは、
その歴史を受け取った。
そして、
次へ進めた。
彼女たちの歌には、
一貫して流れているものがある。
自尊心。
経済的自立。
恋愛における対等さ。
困難から立ち上がる強さ。
そして、
自分の未来を、
自分で決めるという意思。
これは、
前回描いたJanet Jacksonが、
自らの身体、
自らの人生、
自らの表現の主導権を
作品の中で取り戻していった物語とも、
遠くで響き合っている。
直接的な因果関係ではない。
だが、
女性アーティストが、
誰かに用意されたイメージを
演じるだけではなく、
「私はこう生きる」
と自分自身の言葉で発信する領域は、
確実に広がっていた。
Janetの世代が広げた表現の可能性。
そして、
Destiny’s Childの世代が、
女性R&Bグループとして示した
自立と成功。
同じものではない。
だからこそ、
そこには、
ブラックミュージックの歴史がある。
音楽は、
同じ形では受け継がれない。
その時代を生きる人々によって、
必要な姿へ変わりながら、
次へ渡されていくのである。
エピローグ
最初から、
三人だったわけではない。
最初から、
成功していたわけでもない。
少女たちは、
オーディションに負けた。
契約を失った。
メンバーが変わった。
批判された。
それでも、
歌い続けた。
そして最後には、
自分たち自身が歌ってきた言葉のように、
それぞれの人生を、
自分で選んだ。
Destiny’s Childが残したものは、
ヒット曲だけではない。
「Bills, Bills, Bills」
「Say My Name」
「Independent Women Part I」
「Survivor」
曲が進むたび、
そこに描かれる女性は、
少しずつ自分の足で立っていく。
愛されることを待つだけではない。
相手がおかしければ、
問いかける。
必要なら、
離れる。
自分の人生を、
誰かに預けない。
そして、
倒れても、
もう一度立ち上がる。
その声は、
20世紀の終わりから、
21世紀へ向かって響いた。
やがてBeyoncéは、
世界を代表するアーティストになる。
Kelly Rowlandも、
Michelle Williamsも、
それぞれの道を歩いていく。
だが、
その前に三人には、
Destiny’s Childという時間があった。
そこで、
一緒に歌い、
一緒に踊り、
一緒に失敗し、
一緒に成功した。
そして、
世界へ伝えた。
自分の価値は、
自分で決めていい。
若き三人は、
やがて世界を導く声になった。
しかし、
R&Bが世界の
メインストリームへ向かっていくその頃。
別の場所では、
まったく違う方向を
見つめる若い音楽家たちがいた。
新しい音を求めながら、
彼らが振り返ったのは、
過去だった。
Marvin Gaye
(マーヴィン・ゲイ)。
Stevie Wonder
(スティーヴィー・ワンダー)。
Donny Hathaway
(ダニー・ハサウェイ)。
Curtis Mayfield
(カーティス・メイフィールド)。
70年代ソウルが持っていた、
人間の体温。
生演奏。
グルーヴ。
そして、
魂。
未来へ進むために、
彼らは、
もう一度、
原点へ帰ろうとした。
その音楽は、
やがて、
Neo Soul
(ネオ・ソウル)
と呼ばれることになる。
ブラックミュージックは、
また新しい道へ進もうとしていた。
次回予告
1990年代後半。
R&Bは、
世界のメインストリームへ
向かっていた。
洗練されたビート。
巨大なヒット曲。
華やかなミュージックビデオ。
しかし、
その流れとは違う場所で、
若い音楽家たちが、
過去のレコードに耳を澄ませていた。
Marvin Gaye。
Stevie Wonder。
Donny Hathaway。
Curtis Mayfield。
彼らが探していたのは、
懐かしい音ではない。
ソウルミュージックが持っていた、
人間の体温だった。
次回。
ブラックミュージック連載
第5部 第14話
Neo Soul
(ネオ・ソウル)
「未来へ進むために、
音楽は原点へ帰った」
D’Angelo
(ディアンジェロ)
Maxwell
(マクスウェル)
Erykah Badu
(エリカ・バドゥ)
新しい音楽をつくるために、
彼らは、
もう一度、
「魂」と向き合った。
そしてその先には、
第5部最後の主人公が待っている。
Lauryn Hill
(ローリン・ヒル)
物語は、
いよいよ最後の場所へ向かっていく。
参考文献・参照資料
Recording Academy / GRAMMY.com
Destiny’s Childのアーティストプロフィール、グラミー賞受賞・ノミネート記録。
「Say My Name」「Survivor」の受賞歴確認に使用。
Recording Academy / GRAMMY.com
Destiny’s Child’s Debut Album At 25: How A Neo-Soul Album From Teens Spawned R&B Legends
Girl’s Tyme時代、Columbia Recordsとの契約、デビューアルバム、『No, No, No』など初期活動の確認に使用。
Billboard
Destiny’s Child Chart History
『Bills, Bills, Bills』『Say My Name』『Independent Women Part I』『Survivor』などのBillboard Hot 100でのチャート記録を確認。
RIAA(Recording Industry Association of America)
Gold & Platinum Database
Destiny’s Childのアルバム・シングルの認定記録を確認。
Destiny’s Child Official
グループの作品・活動記録などの基本情報を確認。
Sony Music Entertainment / Columbia Records
アルバム、シングルのリリース情報を確認。
映像資料
Destiny’s Child Official Artist Channel / YouTube
・No, No, No Part 2 feat. Wyclef Jean
・Say My Name
・Independent Women Part I
・Survivor
本文中の映像資料として使用。
