
【フルマラソン】人生に最後に残るのは、たった8 byteだ。
最後に残ったのは、たった4文字だった。
これは、42.195 kmの果てで掴んだ、ひとつの記憶と、実感。
始まりは些細なものだった。後輩から誘われて、フルマラソンに出ることになった。人生はノリと勢い。そして、一度走ってみたかったのだ。
ピカピカの社会人になって、もう一度走り始める理由が欲しかったのもある。少しずつ距離を伸ばして、半年先の大会まで勘を取り戻しにかかった。
久々に走るのは、楽しかった。地力があっただけに、良く伸びる。かつての姿にはまだまだ遠いが、それでも当時の記憶を体が覚えていた。喜びに満ちていたのだ。
そんな私に、フルマラソンは容赦ない洗礼を浴びせてきた。
半年なんてものはあっという間ですぐに当日が来た。気温もコンディションも抜群。練習で40 km超は走れなかったが、20 km以上は何度か走っていた。
目標はサブ4。行けるだろうと過信していた。
舞台は仙台市から名取市。震災復興を祈念して企画された大会は、舗装された海岸沿いの道路を走るものだった。
どうしようもなく綺麗に整地されていて、代わりに一帯はぽっかりと穴が空いてしまったように何もなかった。私は当時に思いを馳せて、少し身震いしてしまった。
始まりの合図はあっけないピストルの遠い音。沢山の人に取り囲まれながら、走る、走る。
後輩とその友人らと同じペースで走ることにしていたため、固まってゴールを目指す。
数千人の規模の大会は初めてだったから、自分より若い大学生からお姉さん。そして、年配の方まで幅広くいることに内心驚いていた。
フルマラソンにこれだけの人が熱意をもって挑むのだという事実に、少し胸が熱くなるのを感じた。
ペースは順調、メンバー間で交代しながらひた走る。どうしてもアップダウンはつきものだが、それでも崩れることなく足は体を運んでいた。
異変が起きたのは20 kmを過ぎた頃だった。体が、重い。小気味よく伸縮していた肺の運動は乱れ、足は石のようだ。そして、よぎってしまったのだ。後半分。いや、まだ半分に満たない。
まず、仲間内から脱落した。そして、足が全く動かなくなり、ペースがガタ落ちした。辛い、痛い、苦しい。
先ほどまで追い抜いていた面子に次々と抜かされる。老若男女関わらず、無慈悲に私を置いていく。
おい、抜かすなボケ。心の中で毒づく。それは、正しくはランナーに向けたものではなかった。走馬灯に近いものに野次を飛ばしていた。
出来の悪い私の人生を見せつけられているようだった。躓いているうちに周りにどんどん置いて行かれる。
徐々に、苦しいという感情すらも無くなってくる。足の感覚もなければ、視界もぼやけてくるのだ。心は折れかけていた。
視界の端で、横から這い出た人影がすっと先へ行って背中が遠くなる。それをぼーっと見ていた。
その時に、文字が目に入った。東北へのエールだった。
ゼッケンは2枚あり、後ろ側には意気込みを書く欄があったのだ。
「完走するぞ!」とか、「楽しみます!」とか、そういったものに交じって、東北への復興を祈る言葉が数多く綴られているのを、私は見送った。
朦朧とした頭で考える。私は、ゼッケンの裏に何を書いたんだっけ。

「初志貫徹」。それが私の言葉だった。
ああそうだ、走り切るんだ。そう決めて、この言葉を書いたんだ。
偶々浮かんだ言葉を書いただけだったが、志を曲げないこともまた、私の人生だった。
頭の中でスイッチの入る音がした。雑念も、クソみたいな走馬灯も全部ゴミ箱へぶちまけろ。「初志貫徹」。この言葉を念仏のように唱え始めた。
右足を出したら左足を出す。その繰り返し。痛みは色んなものを通り越して、足が震え出したが、気にしない。動かなくなっても、歩く。
決して止まるな。
歯を食いしばって走る。給水所のお姉さんから水を貰いながら、「いい顔してるよ!」と言われ無理やり笑顔を作る。
ゼッケン裏の4文字が、私を突き動かしていた。
ここにいる人と居た人達に、背中を押されるように。
最後の1 kmは、人生で一番長い1 kmだった。
全然景色が変わらない。笑ってしまった。それでも前に進む。残り300 mでゴールテープが見えた。千切れてもいいから、無理やり足を動かした。
結果はギリギリ、サブ4.5。
ゴールと同時にポツポツ歩いて、そのまま崩れ落ちた。
応えたぞ、志に。
この経験は、私の人生に強く刻まれるものになった。
あの日のことを思い返すと、フルマラソンだけの話ではなかった気がする。人は追い詰められた時、最後まで握っていられるものが驚くほど少ない。
スマホのように、人生にどれだけの容量があっても、残るのはたった4文字分。8 byteほどの情報量なのだと思う。
それでもあの日、私をゴールまで連れていくには十分だった。