
「自分で決められない」のは、あなたのせいじゃない。
「いつも周りに合わせて、気づけば自分がどうしたいか分からなくなっていませんか?」
先日、50代の女性が相談に来ました。
「なんだかわからないけど、自分で決められないんです」
お話を聴いていくと、その方は気づいたら行きたくもない場所に通っていました。でも、断れなかった。
「ちゃんと断らないといけないですよね」
そう話す彼女の顔は、困り果てていました。
でも、私は思いました。
この人は何も悪くない。ただ、自己決定する練習をさせてもらえなかっただけなのだと。
「いい子」でいるために、自分を消してきた
学校での「いい子」とは、どんな子でしたか。
先生の言うことをよく聞く子。主張が少ない子。空気を読める子。
「自分はこう思う」と言える子より、黙って従える子の方が褒められた。
そうやって、自分の気持ちを後回しにすることを、「美徳」として学んできました。
会社でも、家庭でも
学校を出て会社に入ると——
「言われたことだけやればいい」
「余計なことを言うな」
「出る杭は打たれる」
自分の意見を持つことが、むしろ邪魔にされる場面がたくさんありました。
家庭に入れば——
「波風を立てるな」
「自分のことより、家族のことを優先しなさい」
そうやって、自己決定する機会を奪われ続けてきたのです。
これは個人の問題ではなく、社会構造の問題です
13年間、心と仕事の相談に向き合ってきました。
「自分で決められない」と感じる人は、決して少なくありません。
特に女性にその傾向が強いと感じますが、男性も同じ構造の中で育っています。
でもそれは、その人が弱いからでも、能力がないからでもありません。
自己決定する練習を、させてもらえなかっただけです。
筋肉と同じで、使わなければ衰えます。でも、今からでも十分に鍛えられます。
自己決定できない人を生み出してきたもの
少し広い目で見てみると、日本社会には長年、こういう構造がありました。
学校 ——
主張が少ない子が「いい子」と呼ばれる。 自分の意見より、先生や周りに合わせることを求められる。
職場 ——
言われたことだけすればいい。 意見を言うと「扱いにくい」と言われる。やりがいはあっても、決定権は与えられない。
家庭 ——
自分より周りを優先することを美徳とされてきた。 家庭内で「自分はどうしたいか」を言える空気がなかった。
この3つが重なって、「自分で決めていい」という感覚が育たないまま大人になった人が、たくさんいるのだと考えています。
「断れない」のも、同じ構造です
断ることは、わがままではありません。
でも「断ったら嫌われる」「断ったら迷惑をかける」という感覚が染み付いていると——
気づいたら行きたくもない場所に通っていた。
やりたくもないことを引き受けていた。
自分の時間が、気づけばなくなっていた。
それは、あなたが弱いからではありません。 そう育てられてきたからです。
今からでも、取り戻せます
自己決定する力は、今からでも育てられます。
最初は小さなことからでいいのです。
「今日のランチ、自分で決める」
それだけでいい。
誰かに合わせるのではなく、「私はこれが食べたい」と思って選ぶ。
その積み重ねが、少しずつ「自分で決めていい」という感覚を取り戻させてくれます。
最後に
「自分で決められない」と感じているあなたへ。
それはあなたのせいではありません。
長い時間をかけて、社会があなたからその力を奪ってきたのです。
でも、気づいた今日から、少しずつ取り戻せます。
「私はどうしたいか」
その小さな問いかけを、今日から始めてみてください。
あなたの感性は、誰かの「普通」よりもずっと大切です。その問いかけがあなた自身の心を守り、生きることを豊かにしてくれると信じています。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
こころの保健室 kokomi
社会福祉士・精神保健福祉士・公認心理師
就職・相談支援13年・対人援助30年以上