
変わりたいは、純粋でキラキラしていた。
変わりたいと思う気持ちは
きっと素敵なことだと思う。
そこには、純粋でキラキラしたものがある。
昨日より少しだけ早く起きたい。
知らないことを知りたい。
できなかったことができるようになりたい。
そんな気持ちは
前を向いている証拠なのかもしれない。
でも、時々考える。
変わることは
そんなに偉いことなのか。
変わろうとしている人を見ると
周りは嬉しそうにする。
「すごいね」
「頑張ってるね」
「私も見習わないと」
まるで、頑張っている人を
みんなで胴上げするように。
もちろん、その人を応援する気持ちは
素敵なことだと思う。
でも、たまにその胴上げの輪の中に
「あなたも参加するよね?」と
呼ばれているような気持ちになる。
少しだけ、置いていかれるような感覚になる。
なぜだろうと思った。
たぶん、変わりたいという純粋な気持ちに
いつの間にか他人の物差しが入り込むからだ。
運動しよう。
勉強しよう。
早起きしよう。
もっと努力しよう。
それができていない自分を
時々責めてしまう。
そんなふうに、知らない間に
自分にも人にも点数をつけてしまう。
でも、本当はもっと小さくてもいいはずだ。
いつもの朝ごはんはパンだけど
今日はご飯にしてみる。
いつもと違う道を歩いてみる。
気になっていた本を手に取ってみる。
それだけでも、昨日とは少し違う。
大きな変化じゃなくても
自分が「やってみたい」と思ったことなら
それはちゃんと変わってるのだと思う。
誰かに見せるためじゃなくていい。
誰かに褒めてもらうためじゃなくていい。
少しだけ変わりたいという
気持ちを育てるのは
他人じゃなくて自分でありたい。