『オデュッセイア』に見る知性の巧拙
⒈知性と傲慢
『オデュッセイア』で印象に残った、カリュプソの言葉がある。
「信じて飛び込め(Take a leap of faith)」
帰るべき場所を思い出しながら、そこへ至る道がわからないオデュッセウスに、カリュプソは「あらゆるものをコントロールしようとすることを手放せ」と諭す。
オデュッセウスは、卓越した知性によってトロイア戦争を勝利に導いた。しかし、その知性は同時に「自分なら世界をコントロールできる」という傲慢さにもつながっていた。
そして皮肉にも、その知性と傲慢さが、彼の帰郷を幾度となく阻むことになる。
だから「信じて飛び込め」という言葉は象徴的だ。
すべてを理解し、支配しようとするのではなく、ときには世界に身を委ねる。オデュッセウスはコントロールを手放すことで、ようやくイタケへたどり着く。
これは『オッペンハイマー』や『TENET』を描いてきたノーラン監督が、人間の知性と、それゆえに生まれる傲慢さに向けている眼差しとも重なるように見える。
⒉知性と後悔
そして「知性の巧拙」という点では、オデュッセウスが抱えていた「後悔」も興味深い。
彼は、トロイで自分たちが犯した過ちに気づいていた。過ちを認識できることは知性だが、知性があるからこそ「あのとき違う選択をしていれば」と、自分を苦しめ続けることもできる。
しかし最後に彼は、「時代は繰り返す」と語る。
それは過ちの正当化ではなく、自分もまた、自分ではコントロールできない巨大な歴史の流れの一部なのだと受け入れた瞬間にも見える。
海も、運命も、歴史も、すべてを人間の知性で支配することはできない。
オデュッセウスを英雄にしたのは、その卓越した知性だった。
しかし、彼が彼自身を最後に救ったのは、
その知性の限界を知り、知性の及ばないものに身を委ねることだったのかもしれない。

