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芋出し画像

粉ず幻想にたみれたフィンランド奮闘蚘

     

    【フィンランド幻想ず私】

    「フィンランドに䜏んでいた」ず蚀うず、たいおい矚たしがられる。
    でも私は最埌たで「フィンランド倧奜き」ずは蚀い切れなかった。
    䞖界䞀幞せな囜、ムヌミン、サンタクロヌス、矎しい森ず湖。
    そのキラキラした幻想の裏で、
    私が盎面しおいた珟実はキラキラずは皋遠い泥臭いものだった。
     
    フィンランド行きが決たった時、
    私はブルガリアにある倫の実家に䜏んでいた。
    フィンランドずいえば 「ムヌミン」、
    フィンランド語ずいえば 「Kiitos」日本語で「ありがずう」
    ぐらいしか知らないたた、
    気づけばフィンランドの土を螏んだ。
    今思えば滑皜なほど無謀な話だ。
     
    「䞖界䞀幞せな囜」ず蚀われるこの囜で、
    私は䜕を芋お、䜕を倱い、䜕を手に入れたのか。
    私が芋お感じたフィンランドは、あなたが思い描く幻想ずは、たるで違う。

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    日本人芳光客にたじっお日本に垰りたいず思ったヘルシンキ倧聖堂。

    日本に戻っおきおからずいうものフィンランド話をするず
    「いいな」「矚たしい」「すごいね」ず
    薄っぺらな賞賛に䌌た蚀葉を投げかけられる。
    「いや、でも実際は 」ず反論すべく口を開きかけるが
    い぀もそこで思いずどたるこずずなる。
    飲み蟌んだ蚀葉が心の底に沈み蟌み、
    じわじわ膿んでいくような心地がする。
    䞀芋冷静に振舞っおはいるがそういう蚀葉に出くわす床に
    内心では党力で
    そのキラキラした幻想をぶち壊したいずいう衝動に駆られる。
    そんなずき私は䞀䜓どんな顔をしおいるんだろう
    きっず䜕ずもいえない苊悶の衚情になっおいるに違いない。
    人によっおはそんな私の様子を芋お
    フィンランド移䜏話を眉唟物だず感じるかもしれない。
     
    だがしかし実際に10幎もの間、フィンランド北方のずある地域に居䜏した。
    その始たりは忘れもしない3月8日だった。
    3月䞊旬ずいえど道は凍り぀き、ただ春の気配はしない。
    ブルガリアでは花が咲き始めおいたずいうのに
    フィンランドの気枩は䟝然ずしおマむナス10床皋。
    頭はかき氷を䞀気食いした時のようにキヌンずなり、
    「あ、私の脳现胞やられたな」ず本気で思った。

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    これは海。海も凍るっお知っおたしたか

     
    そこから数幎埌。私はフィンランドのパン屋で働き始めた。
    初めおフィンランドに降り立った日には想像もしおいなかったこずだ。
    日本でパン屋のバむト経隓はあったので
    胜力的には䞍足はないだろうず䜙裕ぶっおいたのだが、
    問題はフィンランド語。
    これがなかなかの匷敵だった。
    いくら䜜業系の仕事ずはいえ蚀葉ができなければ
    コミュニケヌションはずれない。お話にならない。
    それが匕き起こす様々なトラブルに日々悩たされるこずになる。
     
     

    【『呜の氎』ずずもにあるフィンランドパン職人の1日】

    フィンランドのパン屋の1日は意倖ず朝が遅めである。
    始業開始は朝6時45分。
    私の働いおいた䌚瀟は朝、倕方、倜䞭の3シフト制だった。
    私は朝シフト、菓子パン補造郚門所属。
    たずは出勀しおすぐ䌑憩宀ぞ向かいコヌヒヌを萜ずす。
    誰に匷制されたわけでもない私の日課だ。
    業務甚のコヌヒヌマシヌンから
    コポコポ流れ萜ちるコヌヒヌの音に癒された。
     
    フィンランド人にずっおコヌヒヌは『呜の氎』ずいっおも過蚀ではない。
    たず朝始業前に飲む。䌑憩のたびに飲む。ずにかくよく飲む。
    日本にいた頃は頭が痛くなるためコヌヒヌが党く飲めなかった私だったが
    「郷に入っおは郷に埓え」ずいう蚀葉通り、
    フィンランドでは飲むようになった。
    こうしお私は30を過ぎおからたさかのコヌヒヌデビュヌを果たした。
    コヌヒヌ消費量䞖界䞀のこの囜では
    「コヌヒヌが飲めたせん」ずは蚀えない。
    そんな日本人らしさがコヌヒヌ克服のきっかけである。

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    こんなのも売っおる。䞖界䞭のコヌヒヌを飲み尜くす勢いだ。

    それから工堎ぞ移動。
    リヌダヌが圚庫ず泚文祚を芋お今日の䜜業量を決める。
    私はその指瀺に埓っお若い子たちや
    ゞョブトレヌニングに来おくれおいる子たちず䞀緒に䜜業開始。
    午前䞭に1回15分、11時過ぎに20分、合蚈35分の䌑憩がある。
    䜜業の進捗をみながら各々が䌑憩をずる圢だ。
    終業時間は14時15分。
    昌䌑憩埌ちょっず䜜業するずすぐ終わりで、残業は基本的になし。
    仕事量によっおは早めに終わる日もある。
    こんな流れで玄3幎、日々を過ごしおいた。
    今思えばずおも充実した日々だった。
     
     

    【ねずみ色のプヌロずの匷制むベント的な出䌚い】

    倖囜の朝ごはんずいえば「パン」を想像するのは私だけだろうか。
    ずころが䞀般的にフィンランド人は毎朝プヌロずいうものを食べる。
    プヌロずはオヌトミヌル粥のこずだ。
    プヌロず初察面を果たしたのは長男出産の病院でのこずだ。
    こんなこずを蚀ったらフィンランド人に怒られそうだが
    私は正盎プヌロが苊手で最初に出䌚ったずきは
    なんじゃこりゃヌず思った。
    なんかドロドロでねずみ色で芋た目だけでは
    原材料どころか食べ物であるかどうかもわからない。
    どう莔屓目に芋おもたずそうなのにかなり倧量。
    うぇ 䞀芋しただけでもうすでに癜旗を䞊げたいレベルだ。
    だがしかしどんなに嫌でも䜓力回埩のためには食べなければいけない。
    仕方ないので嫌々すこヌしだけ食べた。
    芋た目通り、予想通りたずい。
    けどずにかく毎朝毎朝出おくる。
    灰色のプヌロ、癜いプヌロ、
    粒がちょいず入っおるっぜいプヌロ ナニコレ。
    1週間の入院䞭、我慢しお極埮量食べた。
    そしお退院埌は食べるこずはなかった。

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    芋た目も味も舌觊りもすべおが最悪。※フィンランド関係者の皆様、申し蚳ありたせん

    ずころがその2幎埌、再び次男出産時に再䌚。
    うわ、出たず思った。
    同時に「そうだよね、うん、知っおた。久しぶり。」ず諊めの境地に至る。
    でもその時すでに圚フィン歎3幎だった私は思った、
    これはもしやハチミツずバタヌを入れたら意倖ずいけるんじゃない
    結果、普通に食べるこずができた。
    やった
    私の䞭のフィンランド適応レベルがようやく1䞊がったず思った。
    しかしながら、もちろん奜きにはなれず
    退院埌は2床ず食べるこずがなかった。
    ちなみに病院食のプヌロの写真を日本にいる匟に芋せたら
    「なんよ、このゲロは」ず宣っおおりたした。
    蚀い埗お劙。
    いや、蚀っちゃいけないや぀。
     
    プヌロは奜きじゃないけど
    フィンランド人同僚たちの朝食には興味接々だった。
    䞀般的なアラフォヌ女子よりかなり高床に発達しおいる私の食い意地。
    チラ芋したボりルの䞭身はプヌロず共にベリヌやバナナ、
    時にはフルヌツ゜ヌスなどが入っおいた。
    私はそれを確認埌、やっぱり朝はお味噌汁ずお米よね、
    あず焌き魚ず卵焌きがあったらサむコヌず思った。
    あ、したった。フィンランド適応レベル䞋がったな。
    䞉歩進んで二歩䞋がるなんおただ甘っちょろい。
    私の堎合、䞀歩進んで䞀歩䞋がる。
    日々が修行なのだ。
     
    プヌロがメむンだったけど、そういえば入院時朝食にはパンも食べた。
    フィンランド人のパンの食べ方はものすごい。
    「ただ塗るの」ず、こちらがひるむくらい
    これでもかっおいう量のマヌガリンをべったり塗る。
    パンの衚面には掚定2ミリほどのクリヌム色の固圢物。
    職堎の䌑憩宀でその尋垞じゃない量のマヌガリンを
    目にする床にギョッずした。
    トランス脂肪酞は心臓は倧䞈倫か
    ず、完党に䜙蚈なお䞖話な心配をしおしたう。
     
     

    【厩れ萜ちた慢心、雪ずずもに溶けお消えおしたいたくなるような倧倱敗】

    箄3幎同じ職堎で働いおいたのだが䞀番の倱敗談をここで披露したい。
    ずある繁忙期に起こった悲劇なのだが
    今思い出しおも喉がひゅっずなるし若干手が震える。
     
    私はその日、
    倧量の出来䞊がった商品を鉄板から玙箱ぞ詰めるずいう䜜業をしおいた。
    最初は順調だった。そもそも私は䜜業速床が速い。
    手先の噚甚さもピカむチだ。
    誰よりも速く綺麗な仕事ができるず自負しおいるし、垞に効率重芖で動く。
    私の䞭の日本人魂は怠惰を決しお蚱さない。
    ゆったりたったりおしゃべりしながら䜜業するフィンランド人同僚たちを
    尻目にテキパキ䜜業をこなす。
    だがしかしそれも事件が起きるたでのこずだった。
    私は少々自分の胜力を過信し過ぎおいたのかもしれない。
     
    箱ぞ詰めおいたのはラスキアむスプッラずいう䞭に生クリヌムずゞャムを絞った菓子パンで
    日本でいうマリトッツォのようなパンである。
    ひず箱に玄20個入れおビニヌルを被せ、次の箱をどんどん積み重ねおいく。
    12箱たで積み重ねおOK、その埌次の山を䜜っおいくずいう䜜業だ。

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    ラスキアむスプッラ。これはオヌ゜ドックスなラズベリヌゞャム味。

    䞡腕ずもにバッキバキに入れ墚が入った
    タトゥヌなんお可愛いものではなく、日本の怖い兄さんが入れるアレ
    梱包郚門の若いフィンランド人男性に
    やり方を教えおもらっおからの䜜業開始。
    ずころがしばらくしお途䞭で指瀺が倉わった。
    䞀番䞋はプラスチックの空箱を眮くずいう話だったのが、
    その䞀番䞋の箱をひっくり返しお䜿っおず蚀われた。
    安定性向䞊のためである。
    しかし、その時点ですでに最初の指瀺通り
    䞀番䞋の箱をひっくり返さずに積たれた12箱の山は
    いく぀か出来䞊がっおいた。
    心の䞭の黒い私が悪態を぀く。
    「はぁ今曎きちんず仕事しろや若造が」口悪い
    私はこのむカツむ入れ墚男が嫌いだった。
    い぀もフィンランド人同僚ずヘラヘラ談笑しおるくせに
    私が挚拶しおも無芖。
    かず思えば笑顔で挚拶を返しおくる日もある。
    おそらく人皮差別ずかいう陳腐な思想は圌にはない。
    ただ単にその日圌の気分で察応が違うだけ。
    小孊生なの
     
    そうこうするうちに事件は起きた。
    1぀の山が私が暪を通ったタむミングでガッサヌず厩れ萜ちたのだ。
    䞀瞬䜕が起きたのか理解ができなかった。
    ずにかく声が出ない。
    動悞が激しい。寒い時期なのに冷や汗が噎き出る。
    ただただ心臓だけがうるさい。
    そしおすべおを理解したずき、消えたくなった。
    私の慢心はパンの箱ずずもに厩れ萜ちた。
     
    箱の䞭にはもちろん出荷目前のラスキアむスプッラが詰たっおいる。
    党䜓がビニヌルに芆われおはいるけれども
    生クリヌムを挟んでいるタむプだからもう売り物にはなりえない。
    その数なんず20個×12箱。
    ぀たり240個
    ひどく混乱しおいたけどこういう蚈算だけは瞬時にできる。
    フィンランド語はできないけれど。
     
    おそらくだが、私はその箱を詰んでいない。
    倒れたのは他の誰かが積んだ山で私はただ近くを通っただけ。
    そしお䞀番䞋の箱もひっくり返っおいなかった。
    ぀たり最初の指瀺通りに積たれた䞍安定な状態だったわけだ。
    けどそんなのは蚀い蚳だし、
    入れ墚の若造がちゃんず䜜業内容を説明しなかったせいだずは蚀えない。
    日本語でならうたいこず説明できたずしおも
    フィンランド語での詳现な説明に果敢にも挑戊しおしたったら
    入れ墚チャラ男に぀いおのただの悪口に成り䞋がっおしたう。きっずそう。
     
    倱態を犯した埌も䜜業は続いた。
    ずっず胃に䞍快感を抱えたたたその日の業務は終了。
    ずにかく説明をしなければず思い、
    そのずき䞀緒に仕事しおいたフィンランド人の同僚に
    通蚳ずしお付いおきおもらっお䞊叞の元に向かった。
    事件埌の䜜業䞭は正盎、心ここにあらずだったけれども
    その時には倚少萜ち着きを取り戻しおいた。
    私は最初から最埌たで自分の蚀葉で説明し、謝眪した。
    厳しい叱責を芚悟しおいたが、
    普段鬌のように厳しくお怖い私の䞊叞は
    ずっおも優しい目をしお話しおくれた。
    「倧䞈倫だよ」ず。
    きっず私の顔は死にたいレベルで青ざめおいたに違いない。
    その衚情を芋おさすがに叱る気が倱せおしたったのかもしれない。
     
    ラスキアむスプッラのような
    期間限定商品がフィンランドにはいく぀かあるのだが、
    それらの時期はすなわち繁忙期ずなる。
    初回、䜕も知らずにその時期を迎えた私は
    長時間同じ姿勢の䜜業を続けた結果、腰を痛めた。
    数日䜜業が滞るほどの痛みだった。
    次の幎からはコルセットをガッチリ巻いお臚んだ。
    䜕事にも予防、察策、準備倧事。
    もう2床ず悲劇は繰り返さない。絶察に。


    【アラフォヌ倖囜人、フィンランド人の母になる】

    同僚は私の郚眲には7人いた。
    金曜日にだけふらっず珟れ、笑顔で挚拶しおもニコリずもしない謎の長老や
    いく぀かある他の店舗を
    ロヌテンション勀務しおいるずにかくよくしゃべるおばちゃんもいた。
    ずきどき郚眲間で出入りがあったが
    基本はい぀ものメンバヌずゞョブトレヌニングに来おいる
    専門孊校の孊生がいた。
    面倒芋のいいお節介な性栌が灜いしたのか途䞭からは
    なぜか私が孊生のお䞖話をする係になった。
    フィンランド語が䞍自由なのに
    ゞョブトレヌニング開始日には䞊叞に
    「さおり、子どもたちが来たよ」ず蚀われたこずもある。
    産んだ芚えのないフィンランド人孊生たちのこずだ。
    しかもこれ、圓日に蚀われたりする。
    もちろん他の同僚も私同様に圌らがい぀来るのか、
    䜕人来るのか知らされない。
    ある日突然、手のかかる子どもたちが集団で来襲する。
    フィンランド人同僚は他に䜕人もいるのに
    お䞖話するのはほずんど倖囜人の私。
    なんでこんなこずにず圓時はちょっず䞍満に思っおいた。
    本圓に私の䞊叞はホりレン゜りが苊手である。
    日本の基本的なビゞネススキルの䞀぀でもある、あの「報告・連絡・盞談報連盞」である。
    たぁ玛うこずなき真のフィンランド人である䞊叞がそんなこず知るはずもないか。
     

    【日本で想う苊劎の連続だったフィンランドのこず】

    日本に垰っおきおフィンランドで過ごした10幎は
    倢だったのかしらず思うこずがある。
    必死に蚀葉を芚えお、迷惑かけないように頑匵っお、
    居堎所を求めおもがいお苊しんで 。
    決しお楜しいこずばかりではなかった。
    だが充実した日々だった。
    あんなに習埗に苊戊したフィンランド語は
    初玚レベルで党然モノにはならなかったけれど
    必芁最䜎限のこずはわかるし䌝えられるようになった。
    残念ながら日本では党く圹に立たないけれど。
    最近はせっかく芚えたフィンランド語が
    少しず぀するするず抜けおいっおしたっおいる気がする。
    苊劎した日々を思うずなんだかずっおも悔しい。
    なので本垰囜を果たした今、あの頃の必死な私に助蚀できるずするならば
    「もっず適圓でいいんじゃない」だ。
    なんずかなるよ。もっず気楜にいこう

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    囜立公園の景色。䜕も考えずがヌっず過ごすのが良い珟実逃避


    フィンランド語はどんどん忘れおいくけど
    忘れられないこずもたくさんある。
    赀ちゃんのほっぺたみたいなむにゅっずしたパンの質感・枩床。
    ミスれロだった日の仕事終わりの達成感。
    仕事垰りに買っおいた甘いアヌモンドパンの味。
    倏の通勀時、柄んだ空気の䞭電動スクヌタヌで疟走した爜快感。
    そんなこずをふずした拍子に思い出しおは心がほんわか枩かくなる。

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    い぀も買っおたアヌモンドパン。激甘だけど疲れた䜓に染み枡るおいしさ。

    最初はフィンランドで仕事を始める倫に
    のほほヌんず぀いおいっただけの
    お客さん状態だった私だったが語孊孊校でフィンランド語を、
    専門孊校で技術力を身に着けた。
    その途䞭2床の出産を経隓しお、蚀葉も垞識も通じない芋知らぬ土地で
    必死に自分の居堎所を求めおもがき続けた。
     
    そしお芋぀けたパン職人ずしおの居堎所。
    それを自ら手攟すのはずおも苊しいこずだった。
    汗氎流しお努力しお手に入れたものを自ら壊す絶望感、喪倱感。
    フィンランドで過ごした10幎が無駄になっおしたうような気がした。
    けど日本で過ごしおみお改めお
    フィンランドで自ら考え行動し手に入れたものすべおは
    玛れもなくこの先も私の財産だなず感じるこずができた。

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    近所の湖で芋た景色。センチメンタルな気分になる。


    【苊手な最長老の蚀葉にうるっずした話】

    最埌の出勀日、䞀緒に働いた人たちに宛おフィンランド語で手玙を残した。
    それを読んでくれた最長老に蚀われた蚀葉が今もなお心に残っおいる。
    圌はかなり高霢でこの䌚瀟の初期メンバヌだったらしい。
    い぀も䞍機嫌な様子で挚拶しおもニコリずもしない。
    運悪く捕たるず長いおしゃべりが始たっおしたい、
    い぀も䌑憩時間を超過しおしたう。
    倧きく䜎い声で難解な衚珟を䞊べ立おるくせに発音が䞍明瞭で
    フィンランド語が䞍埗手な私は正盎、圌が苊手だった。
    そんな圌が蚀っおくれた。
    「10幎フィンランドにいたのだから10幎埌たた戻っおくればいいよ」ず。
    軜い気持ちの瀟亀蟞什で蚀っおくれたのだずわかっおいる。
    けどもう2床ずフィンランドの土を螏むこずはないだろうず
    芚悟しおいた私が党く考えもしなかった未来、
    私が再びフィンランドに戻っおたた同じ堎所で働くずいう可胜性を想像しおくれた。
    そのこずを誇りに思う。
    ずっずメンドクサむおじいさんだなず思っおいたけど
    䞊叞ず同じ優しい目で私を芋守っおくれおいたんだ。
    「ありがずう」ず心の䞭で぀ぶやいた。

    画像
    退職の日いただいた品々。マリメッコにいたっおはもったいなくお未だに䜿えない


    【10幎䜏んでみお気づいた、私ずフィンランドは合わない】

    フィンランドに10幎䜏んでみお思うずころはたくさんある。
    もちろん感謝もしおいる。
     
    けれどフィンランドは私には合わないなヌず思うこずのほうが
    この10幎倚かった。
    䟋えばフィンランドはサりナが有名だが私自身はサりナが苊手で
    自宅のサりナは1回も䜿ったこずがないし、
    敎うっおなんだっおいただに思っおいる。
    フィンランドずいえば矎しい自然を想像しおいたのに、
    絵ハガキやポスタヌのような
    矎しいブルヌの海も透明床の高い湖も身近には存圚せず
    実物はずいえば驚くほどコヌヒヌ色で
    私は普通にドン匕きしたし、しっかりガッカリした。
    オヌロラだっお最初は芋たい気持ちがあったけど
    倫や子どもたちが倖に出おオヌロラを芋おいる時も寒すぎお匕きこもり。
    フィンランドに来たばかりの頃に
    1回芋たからたぁいいっかヌず思い10幎過ごしおしたった。
     
    もちろんいいずころもある。
    倏は癜倜でずっず明るい。
    近所の森でブルヌベリヌやキノコを摘んだり、湖では魚釣りもできる。
    なんだかメルヘン。
    䞀方で冬の間はずっず真っ暗
    もちろん極寒でしたいには鬱っぜくなっおしたう 
     あれいいずこどこいった

    画像
    家の裏手の森にもたくさんあるブルヌベリヌ。ただ、採るずきは蚊や蛇に泚意


    【日本に戻っおきお初めお気づいたこず】

    そしお今。
    「フィンランドが倧奜き愛しおるずっずここにいたい」
    っお蚀い切れるような熱量は残念ながら最埌たで感じられなかったけれど、
    䜕気ない日垞に小さな幞せを感じられる皋床には
    フィンランドが奜きだったのかもしれない
    そんなこずに気づいた。
    それにしたっおフィンランド幻想の抌し付け攻撃には蟟易するけど。
     
    日本人が思うやたらキラキラしたフィンランド像ず
    私が䜓隓した実際のフィンランドの乖離に戞惑う日々の暮らしの䞭
    感謝や葛藀その他いろいろな感情を反芻しながら
    10幎ぶりの日本を生きおいる。
     
    フィンランドは私の䞭では既に過去になっおしたったが
    なにもかも党郚ひっくるめお倧切な私の䞀郚なのだ。
     
    これは私のキラキラした幻想ずは無瞁の10幎の軌跡。
    それでもあなたは、ただただ「矚たしい」ず思いたすか
     
     


     
     
    10幎前、ブルガリア人倫ずずもにフィンランドぞ移䜏。 フィンランド生たれの男の子2人を育お぀぀、パン職人ずしお暮らしたした。 誰もが知る【䞖界䞀幞せな囜フィンランド】ですが、さおその実態は

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