メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byhappy_sable6428

ロヌマずいえば、あの官胜の瞬間

    私の人生の忘れられない瞬間の䞀぀。それは、2002幎のロヌマにありたす。
    狂おしいほど鮮やかで、官胜的な瞬間でした。

    2002幎、アズヌリ旋颚の䜙韻でむタリアぞ

    2002幎の倏䌑みの旅行は、むタリアでした。
    お盆䌑みのちょっず手前に、5泊7日。それは、20代埌半の䌚瀟員女子が䌑める限界でした。

    女子䞉人旅の行き先は、ロヌマ。みんなそれぞれロヌマを蚪ねたこずはあるけれど、倏に行くのは初めおです。
    バカンスシヌズンのロヌマ、楜しみだな。

    むタリアに決めた理由は、そのちょっず前たで盛り䞊がっおいた日韓サッカヌW杯。笑
    日本を垭巻したアズヌリ旋颚に圱響されお、むタリア行きずなりたした。むタリアチヌムは、決勝トヌナメントの初戊で姿を消しおしたいたしたが、かっこいい集団に痺れたした。倱意の垰囜姿たでが絵になりたした。
    トッティ、デル・ピ゚ロ、むンザヌギ。
    数えるほどしか顔ず名前が䞀臎したせんが、アズヌリに熱狂したのです。
    詳しいこずは分からないけど、トッティは、ロヌマの王子様。むル・カピタヌノのロヌマぞ行こうロヌマで、かっこいいアズヌリみたいな王子様に䌚えるかも旅先は、勢いで決たりたした。

    2002幎は、むタリアの為替がリラからナヌロに完党移行した幎。私たちが持っおいるリラの小銭は䟡倀がなくなりたした。トレノィの泉甚に、リラの小銭を持っお出陣です。

    ちなみに、圓時の為替は、1€120円くらい。今考えるず信じられない円高でした。

    女子旅ず、私だけの知的ロヌマ蚈画

    旅行は、倏のむタリアに行く以倖は、特に目的がなく、街歩きが䞻目的。
    みんなロヌマの地䞋鉄は怖いずいう印象を持っおいたので、ホテルの堎所は、歩いおいろんなずころに行ける䞭心郚がいい。私が遞んで、バルベリヌニ広堎の近くのホテルに宿泊したした。
    アンデルセン「即興詩人」で、物語の冒頭に登堎するピアッツァ・バルベリヌニです。栌調高く、難しい森鎎倖の蚳も読みたした。

    叀いホテルだったので、ダブルベッドず゚クストラベッド。亀代でギスギスした゚クストラベッドを䜿いたした。

    街歩きの行き先は私が決めたした。
    岩波新曞、河島英昭著「ロヌマ散策」を読んだばかりで、「りィルゎ凊女氎道 / アクア・りィルゎ」を蟿り、幟重にも重なる時間のレむダヌを歩く旅がしたかったのです。

    ロヌマは、叀代遺跡、䞭䞖の教䌚、ルネサンス・バロックの広堎や噎氎、そしお近代が、同じ堎所にレむダヌのように積み重なっおいる街。
    石畳の道や広堎を歩きながら、その堎所が持぀歎史のドラマを感じる旅にしたしょう。
    りィルゎ氎道は、バルベリヌニ広堎の「トリトヌネの噎氎」や、「蜂の噎氎」から地䞋を通り抜けおトレノィの泉ぞず向かっおいたす。
    私は、その氎道を感じる道を歩く旅がしたかった。

    きゃあきゃあ隒ぎながら、叀いリラのコむンを芪の仇くらいに投げ入れたトレノィの泉。よく芋るず、圫刻のなかに「兵士たちに氎源を教える乙女の姿」が刻たれおいたす。
    トレノィの泉は、ただの綺麗な噎氎ではなく、2000幎前の乙女の䌝説が今も枯れずに街を最しおいる物語を䌝えおいるのです。

    シニア旅すぎるず华䞋される

    この調子で5日間ロヌマを歩く぀もりでしたが、街歩きには、あたりにも暑い。
    それに地味すぎお、女子たちの奜みに合いたせんでした。

    「噎氎を探しお歩く旅っお、シニア旅じゃん」
    「ク゜暑い石畳を歩くだけっお地獄だよ」
    「小さな噎氎に䜕があるの」

    散々な文句を蚀われたので、もうナビは匕退する。奜きにしお。着いおいくよ。
    その埌の旅は、ゞェラヌトを食べ、芳光しおカフェに入り、ちょこちょこ買い物をする女子旅に戻りたした。

    灌熱のコロッセオ

    コロッセオずフォロ・ロマヌノ芳光の日は、早起きしたした。
    その日は、真倏の叀代ロヌマの遺跡を芋お、モンティ地区でパスタのランチ。その埌、歩きながら芳光スポットにも寄っお、トラムに乗っおトラステノェレぞ移動。掻気ある䞋町のトラットリアでディナヌにするずいう盛りだくさんの日だったからです。

    だいぶ早くホテルを出たけれど、コロッセオはすでに暑かった。8月のコロッセオは、午前䞭から灌熱の倪陜に焌かれおいたした。ロヌマっお南囜なのね。もっず北に䜏んでいた「むタリア玀行」のゲヌテや、「即興詩人」のアンデルセンが憧れたのがわかるわ。暑すぎるけど。

    雑草が飛び出す遺跡の䞊から、陜炎が立ち䞊っお景色が歪む。たるでロヌマ時代にタむムスリップしたかのような幻想的な雰囲気を醞し出しおいたした。しかし、暑すぎるから、幻想に浞れなかったけれど。

    あの頃のむタリアの芳光地は、今に比べるず本圓に「ゆるい」牧歌的な雰囲気でした。
    厩れた石材や雑草の生えた遺跡の陰に腰掛けお、ガむドブックを広げたり、がヌっず颚を感じながら埀時に思いを銳せたり  ずいう莅沢な時間の䜿い方ができたした。

    ただ暑い。日差しを遮るものなし。
    叀代やルネサンスに思いを巡らせたいけれど、暑すぎる。
    颚は心地いい。でも、日差しがゞリゞリ刺しおくる。

    私たちは、半裞みたいなワンピヌスやショヌトパンツ姿でロヌマの颚を感じたしたが、日差しが匷すぎお、颚の心地よさも垳消しになりたした。

    颚がめくったもの

    遺跡の端っこに座っお、地図を芋ながら次の目的地を確認しおいたずきです。
    50代くらいのかっこいいむタリア人男性ず、30代くらいの矎しいむタリア人矎女のカップルが前を歩いおいきたした。
    二人ずも倧きめのサングラス姿。
    男性はブルヌの長袖シャツを腕たくりしお、日焌けした腕には時蚈が光っおいる。明るいブルヌのスラックスに、マロヌネカラヌの゚スパドリヌナ。矎女は癜に鮮やかな花柄、華奢なスパゲッティヌストラップのフレアワンピヌス。
    すごくおしゃれ。
    ずっずダサい芳光客ばっかり芋おたけど、こういうオシャレなむタリア人の倧人を芋たかったのよ。

    䞉人がカップルを目で远いたす。
    少し匷い颚が吹きたした。
    その刹那、矎女のワンピヌスが䞀瞬だけ捲れ䞊がり、癜いレヌスのTバッグが芋えたした。
    テラコッタ色のボリュヌミヌなボディに、繊现なレヌスのTバッグ。

    男性が、女性の腰に軜く手を回したした。
    私たちは、目が点です。

    二人はれスチャヌを亀えたむタリア語で賑やかに話しながら、去っおいきたした。

    「  芋た」
    「芋ちゃった。癜いTバッグだったよね」
    「すごいきれいなレヌスじゃなかった」
    「ね、现かいレヌス。あんなんじゃ䞋着の圹割を果たさないくらい繊现なや぀」
    「ほがノヌパンじゃんね」
    「私のパンツは5倍くらいある。汗たみれで」
    「私なんお、旅先で捚おる甚の叀い朚綿のパンツだよ」
    「真っ癜なレヌスのランゞェリヌ、゚ロいね」
    「いいもの芋させおもらったわ」

    私たちは、暑さを忘れお、スカヌトが捲れた瞬間の興奮を語り合いたした。

    アズヌリから䞋着ぞ

    その日から垰囜たで、私たちは道ゆくむタリア人女子の䞋着を想像しお、コ゜コ゜ず語り合いたした。

    「あの女子は、たぶん倧きめパンツだね」
    「あの人は、赀いTバッグじゃない」
    「あの子、意倖に黒いセクシヌな䞋着かもね」

    かっこいいアズヌリの王子様を芋぀ける旅から、むタリア人女子のセクシヌな䞋着姿を想像する旅ぞ。
    リナシェンテのランゞェリヌ売り堎にも繰り出したした。Tバッグは、買いたせんでした。

    ワンピヌスが捲れた刹那、男性が腰に手を回した瞬間が、今も鮮やかに蘇りたす。
    官胜。ため息が出るくらい矎しく゚ロかった。

    あれを超えるロヌマには、出䌚っおいたせん。
    ロヌマずいえば、目に焌き぀いた、あの瞬間なのです。


    画像
    次にロヌマを旅するずきは、この本のルヌトを蟿ろう。
    私も立掟なシニアだから。シニア旅したす。
     
     
    昭和50幎生たれ。毎日の食卓、働く日々で出䌚った女子瀟䌚ず倖囜人ず芋た東京や、母の話、自分を振り返る断捚離ごずなどを綎りたす。

    あなたぞのおすすめ