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三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 №16 第六章 松良天皇顕彰の神風串呂(第2分冊)

    串呂哲学研究会
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    復刻版 №16
    徹底的に日本歴史の誤謬を糺す 其の四
    神皇正統 第九十九代 第五十二世 松良天皇顕彰
    第六章 松良天皇顕彰の神風串呂(第2分冊)

    目 次
    第1分冊
     松良天皇御製・神霊写真
     第一節 序 説
     第二節 松良天皇御降誕地の神風串呂
     第三節 松良天皇諺文「正吉」の串呂
     第四節 松良天皇が天津日嗣の高御位に登極されたことを立証する神風串呂
     第五節 松良天皇が正真正銘の天皇であらせらるることを立証し給う神風串呂
     第六節 松良天皇行在所「京丸」の串呂
     第七節 松良天皇行在所「萩」の串呂
    第2分冊
     第八節 聖龍法皇(松良天皇)御隠棲の萬松山大通寺薬師堂の串呂
     第九節 松良天皇御陵の神風串呂
     第十節 松良天皇皇后綾子媛御陵(通称上臈塚)の神風串呂


    凡 例

    🟢旧漢字は固有名詞等の一部を除き新漢字に変換し、旧仮名遣づかいは新仮名遣いに変換しました(國→国、ふ→う)。「寺野ちゝ薬師」以外の「ゝ、ゞ」は普通の文字で表記し、卅→三十、廿→二十、拾→十、皈→帰、壽→寿、竝→並などと表記しました。横書き用記述に合わせて「串呂地文連記」の東西・南北の方向を反転した場合もあります。本文中の引用箇所は、「 」『 』【 】で明確にしました。
    🟢改行で一行空けるようにし、さらに適宜てきぎ改行を補い、難読漢字にはルビを付し、句読点や括弧かっこ等を補い、見出しを付け、原著にはない串呂図や系図、写真・画像、WEB地図、記号(⛩)、絵文字(🟠)等を挿入し、資料先のサイトをリンクしました。頁数は復刻版独自の頁数で原著とは関連していません。
    🟢明らかに誤字・脱字・誤記と判明している箇所は訂正し、個人情報保護の為に固有名詞などの関係個所を一部削除したり簡略化しました。
    🟢金ヶ崎神宮→金崎神宮と表記し興国こうこく天皇践祚せんその日を延元二年二月五日と改めました。
    🟢三浦芳聖師は、遠祖の人生を追体験ついたいけんする為に一人で何役(尊良たかなが天皇、興国こうこく天皇)も務めたようですが、誤解を避ける為「神武・応神・後嵯峨・後村上・松良五皇一体」で統一しました。また「五皇一体」と簡略表記した箇所もあります。
    🟢串呂図の地名・住所は最新のものを表記し、本文中の住所も文意を損なわない限り最新住所を記載しました。府県名を省略した場合もあります。
    🟢編集上の注記として挿入した箇所は〔編集者注記〕、消滅したり変更された地名は〔現在不明・廃村消滅か〕、地名を特定する為に「高松町〔田原市〕」のように記載し、和暦われき皇暦こうれきの後に西暦を挿入しました。例〔1370年〕。

      串呂哲学研究会 鈴木すずき超世志ちょうせいし


    第六章 松良天皇顕彰の神風串呂(第2分冊)

    第八節 聖龍法皇(松良天皇)御隠棲の萬松山大通寺薬師堂の串呂

    1、小松天皇の御最期

    時代を少し遡さかのぼり、「小松天皇」が秋葉城の戦に敗れられて、遂に足利の一方の旗頭はたがしらであった今川義元の先祖の今川氏のために捕えられて、京都へ送られ

    獄屋ごくやに於て「何処どこに神皇正統の皇居があるか。何処に三種の神器を隠かくしているか。」と日々拷問ごうもんに掛けられ給いしも、「小松天皇には白状せられざりし為、更に厳しく拷問せられて衰弱し給うて、遂に京の獄屋に於て崩御されたのであります。

    当時、「宗良親王」が釆配さいはいを振ふるって居られたのでありますが、「松良天皇」には御父「小松天皇」の崩御をほのかに聞かれて、静岡県磐田市神増原かんぞばら台上に遺品いひんを納められて、「小松天皇御陵」となさったのであります。

     
     
     
    神皇正統嫡皇孫、三浦芳聖先生によって解明された、神皇正統家極秘伝の神風串呂を研究している有志の会です。神風串呂は、皇祖神により構築された地文に秘められた真の皇統史であり、日本民族の進むべき道を指し示す道標であり、皇祖神から日本民族への希望あふれるメッセージであります。

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