
ネパールのトレイルから信飛トレイルのあり方を考える
みなさまお久しぶりです!信飛トレイルで文章執筆等をしている海馬です。
前回僕が信飛トレイルのnoteを書いたのが昨年8月だったので、もう9ヶ月も経ってしまいました。
簡単に8月からの僕の生活の流れをまとめますと、8月から9月にかけてアメリカのJohn Muir Trailをソロでスルーハイクし、9月末から2ヶ月弱乗鞍高原で信飛トレイルの仕事をしながら生活し、11月末から1ヶ月ネパールでエベレスト周辺をトレッキング、1月末から3月初めまで南米・パタゴニアでハイキング三昧というまさに怒涛の日々でした。
このような時間を過ごすことができ、本当にありがたい限りです。笑

信飛トレイル関係では、これまでの間主にPRブックの冊子制作に携わらせていただきました。
部数の都合上、みなさまに広くお配りできるものではないのですが、信飛トレイルを包括的に紹介できる冊子を作ることができて大変嬉しい限りです。いずれWebサイト等に掲載できるかと思いますので、その際は是非ご覧いただけると幸いです!
3月で大学を卒業しましたが、まだ半年ほど働き始めるまで時間を取っていて、約1週間後に渡米してPacific Crest Trailを歩いてきます。
まだ歩くのか?笑と言われそうですが、数百キロのトレイルではなく、初めて数千キロのトレイルを歩く中で、改めて自分とトレイルの関係性を見つめ直してこようと思っています。
PCTに向かう心構えや現地での発信は、また自分のnoteで書かせていただきました。
現地でも主にInstagramでの発信をしていくつもりです。
前段が長くなってしまいましたが、今回は昨年12月末にネパールから帰ってきた後に信飛トレイルメンバーに向けて、信飛トレイルに生かせそうな点を書いた文章を少し書き直して掲載させていただきます。
代表理事の藤江さんから是非noteにも載せてほしいと言っていただいたのがきっかけですが笑、ネパールのトレイルでの気づきを見つめ直すいい機会にもなるので、ネパールを歩きながら感じたことを自分でも振り返っていきます。
ということで非常に長い文章にはなりますが、なかなか開通前のロングトレイルについてトレイルを作る側が感じていることを綴った文章もないと思いますので、お楽しみいただけると幸いです。
今回、僕はトレッカーに人気なエベレスト周辺(エベレスト・スリーパス・トレッキングのコングマラ・パス以外)に加えて、現在のエベレスト街道の玄関口となっている空港のあるルクラと空港ができる前までの玄関口であるジリまでを結ぶ、いわばエベレスト登山のクラシックルートを歩いてきました。

特に後者の部分を歩きながら常に感じていたのが、「現地の生活の手触り感」でした。ほとんどオフシーズンの、観光客がごくわずかな中で、ご飯を食べる場所を探すのも現地の人に尋ねなければいけない、道が分かりにくいところは都度聞かなければならない、家で宿を営む人に、まだ宿が営業しているか聞かなければならないという状況でした。寝食を探すときに毎回現地の人と触れ合う必要がある中で、より近いものとして人々の生活を見ることができました。
また、文字通り民家の間を通っていく中で、飾り気のない人々の姿を見ることもできました。軒先で収穫した農作物を日光に当てて乾燥させている場面。乾燥した植物を使ってカゴを編んでいる場面。宿の裏の畑から野菜を採ってきて、それが料理として提供される場面。ジープの道路が少しずつ山の地域にも作られていっている中でも、古くからの人々の営みがまだ存在すること。エベレスト周辺のトレイルではトレッカーが多すぎるせいか、現地の人とすれ違っても挨拶をするシーンがあまりありませんでしたが、標高を下げてからは、そんな風景を見ていると自然とこちらから挨拶をしたくなりました。土地の恵みがどのようなプロセスを経て自分まで繋がっているのかということも、歩きながら身をもって理解することができた気がします。



信飛トレイルの大きな価値のひとつは、信州と飛騨の暮らしのあり方だと思っています。古くは縄文時代まで遡るこの地域の営み。そしてそれが北アルプスという山々の恵みを最大限に生かしているということ。さらには山を隔てて似て非なる2つの文化が存在しているということ。みちのく潮風トレイルも人の温かさが大きな魅力になっていますが、あの地域は山よりは海が育んだ文化という側面の方が強い印象です。信越トレイルや安達太良の地域は山の中を行きますが、実際にそこに人の暮らしがあるわけではありません。強いて言えばあまとみトレイルは特徴の近いトレイルですが、北アルプスという日本の登山のメッカと里山文化を結びつけているのは信飛だけです。
ハイカーにとっての信飛トレイルの「欠点」はロード区間が長いことですが、それを長所に言い換えれば「人の暮らしが実際にそこにあり、現在も往来が頻繁にあること」になると思います。北アルプスや安達太良などのトレイルの魅力は確かにいくらでもありますが、それらのトレイルにはそこに住む人々の姿はありません。

ただ現状の信飛の課題は、人々の暮らしが魅力とは言いつつも、そこに暮らす人たちとの接点が少ないことだと思います。自分たちが(昨年)10月にスルーハイクしたときは、「事前知識の豊富な人たちが歩いた」ことで、まだ歩きながら地域の特色をある程度理解することができましたが、一般のハイカーが歩く際にはまだ歩きながら地域を理解していくことは難しいでしょう。時期によっても異なるとは思いますが、トレイル沿線に地元の人たちの姿を頻繁に見ることも難しい気がします。
ひとつネパールでの印象的な出会いを挙げるとすれば、空港のあるルクラ(空港がある関係でルクラは少し他の村より高い位置にあります)の麓にある村チェプルン(標高2660m)に滞在した時のことでした。チェプルンはルクラからトレイルを歩き始めた時にまず通過する村になります。泊まった家族経営の宿ではカフェも営んでおり、自称「世界一標高の高いロースタリー」として、自分で豆を栽培し、焙煎し、その豆で作ったコーヒーを提供しています。その宿に泊まっているのは自分1人だったため、そのカフェを中心に回している女性と数時間ほど話す機会があったのですが、シェルパの人たちの最近の暮らしのあり方、例えば若者はネットなどで外の生活の情報が入ってくることでみんな外に出たいと思う傾向にあることや、Facebookなどを通してこの地域のシェルパの人たちは標高5000メートルくらいに住む人たちまでつながっているということなど、現地の人からしか聞けない生の情報を聞くことができました。またこの宿のお父さんはガイドとして約30年前にエベレストに登頂したようで、当時は90日ほどかけて大きなキャラバンを組んでエベレストまで向かっていたことなど、貴重な話も聞くことができました。

このような話を聞きながら、僕の頭では安達太良の一瀬さんの姿を思い浮かべていました。安達太良では一瀬さんひとりが中心的にその土地の歴史や文脈を伝える形になっていますが、ネパールや信飛では実際にその地域の恵みを受けながら暮らしている人たちがたくさんいます。もっとわかりやすく言えば、誰か1人が集約して地域の文脈を語らなくても、そこの地域をハイカーより詳しく語れる人たちがたくさんいるわけです。「詳しく」というのはいかにその地域の歴史を知っているかという意味ではなく、地域の生活がその人に染み込んでいる浸透度合いのようなものです。「生き字引」のような人たちの存在ももちろん重要ですが、「等身大」の立場で地域の話をしてくれる人たちも同じように重要だと思っています。

信飛の地域・土地に根付く価値をどうしたらハイカーに認知させられるのか。事務局にできるのは、自然とハイカーと現地の人たちを交わらせられるような接点を増やしていくことだと感じました。(実現可能性を一旦無視しますが)夏の農業をしている期間には、ハイカーに援農のような形で実際に農業を手伝ってもらい、農家さんと話しながら実際に「土を触る」機会を設けること。可能であれば寝食まで共にして、じっくりと語らい合えるような時間を設けること。農作物を収穫している場面を見たり、実際に自分で収穫したりする場面があれば、その農作物を口にしたときに北アルプスから流れてきた水・養分が自分の中に入っていく感覚がより深く味わえると思います。もっと理想を言えば、ネパールのように地元の人たちに近い、小規模の宿があったり、ハイカーも地元の人たちも集まれるような居酒屋・バーがあったりすれば、自然と語らい合える接点が増えますね…。(例えば、飲食店横の余っているスペースに1張でも2張でもテントを張れるような場所を設けてもらう、なども働きかけられることかもしれません…。法律の問題とかはさておき…。)

ヒマラヤの豊富な水を使って育てた農産物を口にする
北アルプスを県と県の境界に位置する「端」として捉えるのではなく、むしろ飛騨側と信州側を支える「中心」として捉えること。この地域を線として捉える中で、山がどのように多くの人々の暮らしを支えているのかを見ていくこと。ひとつのわかりやすい視点は安達太良のように「水」に着目することでしょう。時には人の食を支える水として、時には人々を癒す温泉として。また北アルプスから流れ出た豊かで綺麗な水は、染め物のように農業以外の人々の営みにも大きな役割を果たしています。さらには山の養分が日本海まで注いでいくことを考えれば、信飛だけにとどまらず、海沿い地域までもひとつのつながりとして認識することができ、昔富山方面から運ばれてきた「飛騨ぶり」などに新しい文脈を与えることもできると思います。そのためには、例えば信飛の手拭いとして実際にこの地の水を生かした染めものを活用することなど、細かいプロモーションも重要になると思います。

最後にジェイソン・ヒッケルというイギリスの経済人類学者の書いた『資本主義の次に来る世界』という本より、本の最後の方の部分を引用します。(大学のゼミで読みました。)どうしたら資本主義の成長志向のシステムから脱却し、脱成長を中心とした社会を作ることができるか?という本です。
生態系の危機は、人間を超えた世界との関係について、わたしたちを新しい考え方へ(というより、古来の考え方へ)導いているように思える。その考え方は、問題の核心へわたしたちを向かわせ、危機の大本になっている亀裂をどうすれば修復できるかを示唆し、より豊かな未来を想像する力を与えてくれる。それは資本主義の古い教義から解放され、生命ある世界世界との互恵関係に根差す未来だ。
脱成長が意味するのは、土地と人々、さらにはわたしたちの心を脱植民地化することだ。また、コモンズの脱・囲い込み、公共財の脱・商品化、労働と生活の脱・強化、人間と自然の脱・モノ化、生態系危機の脱・激化をそれは意味する。脱成長は、より少なく取るというプロセスから始まるが、最終的には、あらゆる可能性の扉を開くことになる。わたしたちを、希少性から豊富さへ、搾取から再生へ、支配から互恵へ、孤独と分断から生命あふれる世界とのつながりを進ませるのだ。
結局のところ、わたしたちが「経済」と呼ぶものは、人間どうしの、そして他の生物界との、物質的な関係である。その関係をどのようにしたいか、と自問しなければならない。支配と搾取の関係にしたいだろうか。それとも、互恵と思いやりに満ちたものにしたいだろうか?
本の文脈を飛ばして最後の部分を引用しているので、意図が分かりづらいかもしれませんが、言いたいのは「信州や飛騨の地域の暮らしには、現代社会で失われかけている古くからの価値が存在している」ということです。ただ、これは現在の北アルプスでの登山に少し見られるような、「都会に疲れた都会人が癒されにいく場所」としての信飛という視点ではありません。むしろそういった視点は「田舎」やそこに住む人々を「より自然に近い場所」として過度に美化して、地域に存在する課題や問題を不可視化してしまいます。また、訪れる人たちへの一方通行的な関係性ではなく、双方向に価値を与えられるような関係性でなければ、信飛トレイルが地域に根付くことも難しいです。
訪れる人にとっては、一週間前後という長い時間をかけて&自分の足で歩いていくことで、(現状の課題なども含めて)この地域の価値やライフスタイルを深い視点で見てもらうこと。そしてそれを人や組織の価値観や行動の変容まで伝播していくこと。この地域の人たちにとっては、地域の外の人と関わりながら内在する自分たちの暮らしの価値を再認識してもらいながら(シビック・プライドの向上)、地域に根付く価値を残していくこと。また、地域にさらに深く関わっていこうとする関係人口と「協働」して課題を解決していくこと。長くなりましたが、このようなところが「松本-高山地域の資源(自然と文化)を未来に継承すること」に欠かせないのかなと、ネパールのトレイルを歩きながら考えていました!