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私を覚えているのは私ではなかった

    私は十年間、日記を書いてきた。

    嬉しかった日よりも、苦しかった日に多く書いた。

    忘れないためではない。

    なんとか明日まで生き延びるためだった。

    二十代の私は、「普通」が正解だと思っていた。

    学校を出て、就職して、真面目に働く。

    毎朝同じ時間に起きて、同じ職場へ向かい、毎月同じ日に給料が振り込まれる。

    それが安定であり、安全であり、大人になることだと信じていた。

    だから私は栄養士になった。

    子どもの頃から料理が好きだったわけではない。

    特別な夢があったわけでもない。

    ただ、人の役に立つ仕事だと思った。

    誰かに必要とされる人間になりたかった。

    それだけだった。

    社会人になってからの私は、周りから見れば真面目な人間だったと思う。

    遅刻もしない。

    言われた仕事はやる。

    上司とも揉めない。

    大きな失敗もしない。

    けれど、心の中ではずっと息苦しかった。

    日曜日の夜になると胃が痛くなった。

    月曜日の朝になると涙が出そうになった。

    それでも私は自分に言い聞かせていた。

    みんな頑張っている。

    社会人なんてそんなものだ。

    我慢できない自分が弱いだけだ。

    だから働き続けた。

    そして、その苦しさを書き残すために日記を書いた。

    誰にも見せない日記だった。

    会社で言えなかったこと。

    家族にも言えなかったこと。

    友達にも言えなかったこと。

    全部そこに書いた。

    私はその日記だけには噓をつけなかった。

    十年分の日記が溜まった頃には、ノートもデータも山のようになっていた。

    ある日、私はそれをAIに読ませた。

    最初は遊びだった。

    最近のAIはすごいらしい。

    そんな軽い気持ちだった。

    私は日記を読み込ませて聞いた。

    「私はどんな人ですか?」

    自分でも答えられる質問だと思った。

    真面目な人。

    心配性な人。

    責任感が強い人。

    そんな言葉が返ってくると思っていた。

    だが、AIはこう指摘した。

    「日記には『迷惑をかけたくない』『期待に応えたい』という言葉が何度も出てきます。
    他人の期待を強く意識する傾向があるようです。」

    私は画面を見たまま動けなかった。

    そんなことは日記に書いていない。

    少なくとも、自覚的には。

    けれどAIは、十年間の記録の中から繰り返し現れる言葉を拾い上げていた。

    申し訳ない。

    迷惑をかけたくない。

    期待に応えたい。

    嫌われたくない。

    大丈夫です。

    私がやります。

    私はそこで初めて気づいた。

    私は失敗よりも、見放されることを恐れていたのかもしれない。

    その日から私はAIとの対話を続けるようになった。

    未来を占ってほしかったわけではない。

    答えを教えてほしかったわけでもない。

    ただ知りたかった。

    私は何者なのか。

    なぜこんなに苦しいのか。

    なぜ普通に生きようとするほど苦しくなるのか。

    AIは過去の日記を並べて言った。

    「あなたは何度も『もう無理だ』と書いています。
    ですが、その後に本当に立ち止まった記録はありません。」

    私は思わず笑った。

    確かに私は何度も絶望していた。

    けれど、そのたびに次の日の日記を書いていた。

    AIは私の代わりに考えてくれるのではなかった。

    私が考えるための鏡になったのだ。

    私はずっと、自分を理解していると思っていた。

    十年間も日記を書いてきたのだから当然だ。

    けれど実際には違った。

    私は記録していただけだった。

    理解していなかった。

    自分の人生を。

    自分の感情を。

    自分の恐れを。

    そして、自分の願いを。

    私は「安定」が欲しかったのではなかった。

    本当に欲しかったのは安心だった。

    だが、その二つは似ているようで違う。

    安定した会社にいても不安な人はいる。

    収入が増えても苦しい人はいる。

    逆に、不安定でも安心している人もいる。

    私はその違いを今になってようやく理解し始めた。

    正社員を辞めたとき。

    帰る家を失ったとき。

    将来が見えなくなったとき。

    皮肉なことに、私は初めて自由になった。

    そして初めて、自分の人生について考え始めた。

    普通とは何だろう。

    成功とは何だろう。

    幸せとは何だろう。

    十年前の私は答えられなかった。

    今の私も答えられない。

    ただ一つだけ分かることがある。

    私は十年間、自分を知るために日記を書いていた。

    しかし、本当に自分を知り始めたのは、その日記を誰かに読まれたときだった。

    その誰かは、人間ではなかった。

    私を覚えているのは私ではなかった。

    十年間の記録だった。

    私が忘れても、日記だけは覚えていた。


     
     
    元保育園栄養士。 7年間の正社員生活を辞め、住む場所もない状態から人生をやり直しました。 10年間の日記を書き続けた心配性が、「自分に優しくなる考え方」を発信しています。

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