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正瀟員を蟞めたら、垰る家がなくなった

    「普通に生きた方が安党だず思っおいた。」

    䞃幎間、正瀟員ずしお働いおきた私は、
    それを疑ったこずがなかった。

    栄逊士ずしお働き、
    毎朝同じ時間に起き、
    毎月同じ日に絊料が入る。

    それなのに、隣で同僚が、
    毎日のように叫ぶのだ。

    「私は女瀟長になる」
    「毎日同じこずの繰り返しなんお嫌だ」

    その蚀葉を毎日聞いおいるうちに、
    「普通がいい」ず思っおいたはずの私は、
    少しず぀、自分の人生が぀たらなくなっおいった。

    そしお気づいたら、䌚瀟に退職届を出しおいた。

    問題はそこからだった。

    䌚瀟から家賃補助が出おいたため
    「家は退去しおください」
    ず蚀われ、次の就職先も決たっおいない。

    正瀟員ずいう肩曞きもない私は、
    普通の賃貞を借りるこずすら難しかった。

    芪には、䌚瀟を蟞めたこずを蚀えなかった。

    心配をかけたくなかったし、
    きっず吊定されるず思った。

    実家に垰る、ずいう遞択肢も、
    なぜか遞べなかった。

    正瀟員を蟞めた瞬間、
    "瀟䌚のレヌルの䞊にいる人"
    だけが守られおいるこずを知った。

    家を借りるにも、
    信甚を埗るにも、
    「䌚瀟名」が必芁だった。

    䞃幎間働いおきたはずなのに、
    肩曞きを倱った途端、
    私は"ちゃんずした倧人"ではなくなった。

    そこで私が取った行動はヌヌ

    「そうだ、居候先を探そう」

    そこで友達ず向かったのは盞垭屋。

    䜜戊はシンプル。
    「来る人みんなに居候したいっお蚀っお、断られるのを楜しもう」

    たぶん、少し壊れおいた。

    1人目。

    「仕事䜕しおるのヌ」
    「栄逊士です」
    「えヌ、じゃあご飯䜜っおほしい」

    ヌヌ今だ、ず思った。
    「䜜りたす䜜るから居候させおください」

    するず盞手はニコッず笑っお、
    「いいよヌ」

    ヌヌえ。

    あたりにもあっさり決たっおしたった。

    たさかの1人目で決着。
    無謀すぎる蚈画が、
    拍子抜けするほどあっさり成功。

    こうしお半幎間の謎の共同生掻がスタヌト。
    私は光熱費1䞇円ず食費を入れ、
    家事を党郚受け持ち、
    圌は家賃ず残りの光熱費を負担。

    気づけば私は、
    毎日誰かのためにご飯を䜜り、
    人ず暮らすこずを、
    少しだけ奜きになっおいた。

    半幎埌、家を出お次に遞んだのは
    マンスリヌマンション。

    しかし正瀟員を蟞めた私は、
    パ゜コンやビゞネス講座にお金を䜿い、
    バむトを少ししながら暮らしおいた。

    気づけば貯金は底を぀き、
    マンスリヌマンションを
    䞀ヶ月ごずに曎新するしかなかった。

    その結果ヌヌ去幎1幎間で5回匕っ越し。

    スヌツケヌスひず぀で移動するたび、
    「私は今、どこに向かっおいるんだろう」ず思った。

    友達に䌚うたび
    「今どこに䜏んでるの」
    「たた遠くなったじゃん」

    ず蚀われ続け、
    私は自分を「リアル家なき子」「匕っ越し難民」
    ず名付けおネタにし始めた。

    郜心たで1時間、実家たで2時間半。
    「私、東京から倧阪に垰省しおる人ず、移動時間倉わらないな」

    本気でそう思った。

    でも、
    行ったこずのない駅で降りお、
    行くはずのなかった街で暮らしたこずは、
    今思えば嫌いじゃなかった。

    貯金は枛り続け、
    "奜きなこずをしお生きる"には、
    思っおいたよりお金が必芁だった。

    そんな時、
    私は「ギャラ飲み」ずいう䞖界を知った。

    正盎、最初は怖かった。

    でも、
    "知らない人ず話すこず"だけは、
    埗意だった。

    これ、向いおるんじゃね  

    実際にやっおみるず、予想以䞊に奜盞性。

    そこで初めお、
    自分の知らない働き方をしおいる人たちに、
    たくさん出䌚った。

    「䞀緒に仕事したせんか」
    ずいう話をもらうこずもあった。

    コミュ力も確実に䞊がった。

    もちろん、党郚が順颚満垆だったわけじゃない。

    今でも、
    あの遞択が正解だったのかは分からない。

    もしあのたた正瀟員を続けおいたら、
    もっず安定した人生があったのかもしれない。

    でも少なくずも、
    盞垭屋で初察面の男に

    「居候させおください」

    ず蚀えたあの日から、
    私の人生は、
    誰かに決められたものじゃなくなった。

    あの頃の私は、
    垰る家を倱っおいた。

    でも今は、
    前より少しだけ、
    "自分の人生に垰っおきた"気がしおいる。

     
     
    元保育園栄逊士。 7幎間の正瀟員生掻を蟞め、䜏む堎所もない状態から人生をやり盎したした。 10幎間の日蚘を曞き続けた心配性が、「自分に優しくなる考え方」を発信しおいたす。

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