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言葉とその奥にあるものと伝わらないもの

    ネットで「xxの本当の発音は〇〇だから、日本もそれに合わすべきじゃない?」というのを見てちょっと考えた。

    そういうことを言い出すのは英語を得意とする人たちだ。他の言語の人はあまりそういうこと言わない気がする。(英語以外は全てマイナー言語の意識があるから?フランス人は言いそうだな)

    「ゲイリーじゃなくて、本当はギャリーだよね」的な。まあ間違っていないとは思うけど。言葉ってそう簡単にはいかないよなとも思う。

    例えば地名。

    ヨーロッパの地名は言語が変われば名前が変わる。同じ綴りでも発音が違う場合もあれば、似てるけど違うということも多々ある。

    花の都「フィレンツェ」は英語では「フローレンス」になり、スペイン語では「フロリージ」になる。モナコはムニチでミュンヘンだ。

    どれが合っていて、どれが正しいのかなんて全く意味がない。だから英語話者の「英語に合わせろ」論には賛成できない。

    人名だってそうだ。マイケルがミケーレになりミッシェルになって、日本の世界史で習ったアレキサンドロス大王がレ・アレッサンドロだったり。四方投げがシオウナゲだったり。くどい。

    その名前の人物が、彼・彼女が住んでいる場所でどのように呼ばれているかが誰にでもすぐに分かるようになったのなんて、ここ10年くらいじゃないのだろうか?ネットで検索。

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    だけど、、、話の内容がわかっていれば、「ああ、あのことか」と推測できる。はず。ここで求められるのが教養です。。歴史・文化についての素養。「バック」と言われて、流れでこれは音楽家としての「バッハ」だなとわかるみたいな。

    とはいっても、何を話しているのかなかなかピンと来なくて、家に帰ってから「このことか!」と思うことも多々ある。(「ウー・ドゥエ」ってなんだろうと思っていたらU2だったとか。)

    あと、峰不二子が金髪の時はFUJIKOで黒髪の時はマルゴーって呼ばれるとか、銭形警部がザザと呼ばれることとかは、ちょっと教養のレベル高すぎ。

    言語のイメージというかニュアンスも 場合によって違う。

    例えばブルー。イタリアでブルーというのは紺色。azzurroアズーロが青。

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    言語外の意味は、その言語に慣れるまでほんとに分からない。

    例えば、Furbo というイタリア語の言葉、日本語に訳すと「ずる賢い」とかになるんだけど、イタリアで使われる時にはネガティヴなイメージはない。

    「目から鼻に抜ける」という感じの方が強い。でも、これを日本語で「ずるい」とか訳してしまうと、意味が変わってくる。

    名前のダサい・古い感じとかも、伝わらない。↓このノート↓をみておお!と思った。

    だからAIが文章を読めないというのも当たり前だなと思う。

    超おすすめ↓のこの本にあるように、書いてある以上のことを私たちは理解して読み取っている。

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    https://www.amazon.co.jp/dp/B0791XCYQG/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

    アイラブの軽さと重さとか、幸せとハッピーの違いとか。その人によって違うよねという話。

    私にはラブって軽いけど、英語話者にはラブは重くて、外国語の「愛してる」のほうが軽いのかもしれない。

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    日本語で話していても伝わらないことあるから、外国語同士だとさらにありますね。。。そして、それを超える瞬間もあるから 世界は美しい。

    おわり

     
     
     
    広島出身・イタリア・トリノ在住。イラストとマンガと文章をかいています。インスタで料理を保存してるけど作りません。趣味はスケッチと旅行とスタンドアップコメディをすること。  お仕事→ shinobu.it@gmail.com

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