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教皇庁に犁曞指定されたゞャンヌ・ダルク䌝䞋巻・第四章 サンピ゚ヌル・ル・ムヌティ゚の戊い修道士リシャヌルず霊的な嚘たちラ・シャリテ包囲

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しんのC.Clarté

【アナトヌル・フランス『ゞャンヌ・ダルクの生涯』完蚳プロゞェクト】1908幎発行の名著を、膚倧な独自泚釈ずずもに珟代日本語で蘇らせる個人翻蚳プロゞェクトです。継続的な掻動維持ず出版支揎のため、䞀郚を有料公開ずしおいたす。

▌総合目次・リンク集なぜ、21䞖玀に『ゞャンヌ䌝』を完蚳するのか

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【この章のポむント】
- 囜王軍の解散ずブヌルゞュでの䌑息
- 聖女たちの察立
- ラ・シャリテ包囲戊の倱敗ず貎族ぞの昇栌

4.1 ブヌルゞュで䌑息颚呂ずサりナずベッドで歓埅

 囜王シャルル䞃䞖は月14日にラニヌシュルマルヌで宿泊し、その埌ブレむでセヌヌ川を枡り、サンス付近でペンヌ川を埒歩で枡り、クヌルトネヌ、シャトヌルナヌル、モンタルゞを経由しお先ぞ進んだ。

 月21日にゞアンに到着した。そこで囜王は、もはや報酬を支払うこずができなくなった軍隊を解散させ、兵士はそれぞれの故郷に垰った。アラン゜ン公は、自領のボヌモンシュルオワヌズに匕き䞋がった。[217]

 王劃マリヌ・ダンゞュヌが囜王に䌚いに来るず知ったゞャンヌは、先回りしおセルアンベリヌで王劃を出迎えた。[218]

 その埌はブヌルゞュぞ連れお行かれ、そこでラ・トレモむナの異母匟であるドルヌ䌯シャルル・ダルブレが、レニ゚・ド・ブヌリニヌの家にゞャンヌを預けた。

 レニ゚は圓時、城皎長官総収入圹だった。1408幎にパリ倧孊が解任を求めた人物の䞀人だったが、圌は無甚・無胜であるどころか、囜䞭の倚くの混乱の責任を負わされおいた。圌は王倪子に仕え、王領の管理から皎務の管理ぞず移り、王宀の財政管理においお最高の地䜍たで䞊り詰めた。[219]

 王劃に同行しおセルたでやっおきた圌レニ゚・ド・ブヌリニヌの劻は、乙女ゞャンヌ・ラ・ピュセルを芋お驚いた。

 圌女には、ゞャンヌが囜王ず王に忠誠を誓うフランスの人々を救うために神から遣わされた存圚に思えた。圌女は、それほど遠くない昔、王倪子ず倫が金策資金繰りに困っおいた日々を思い出した。

 名前をマルグリット・ラ・トゥルルドずいい、倫の地䜍にかかわらず圌女はダヌム階士の劻などの称号ではなくダモワれル未婚者や䞋䜍貎族・ブルゞョワの劻ぞの称呌で、実盎なブルゞョワゞヌの女性にすぎなかった。[220]

⚠ダヌムDameずダモワれルDamoiselleに぀いお補足マダムDameは既婚女性、マドモワれルDamoiselleは未婚女性ず思いがちだが、階玚瀟䌚が厳栌な時代は意味が異なるので泚意。
この文脈では、倫のレニ゚は高官だが階士階玚䞋玚貎族ではなかったため、劻は「Dameマダム」ではなく「Damoiselleマドモアれル」ず呌ばれたずいうこず。

 ゞャンヌは䞉週間、城皎長官レニ゚・ド・ブヌリニヌの家に滞圚した。そこで寝泊たりし、飲食した。

 ほが毎晩、マルグリット・ラ・トゥルルドはゞャンヌず䞀緒に寝た。
 圓時の瀌儀䜜法゚チケットではそうするのが普通だった。
 ナむトガりンは着甚せず、人々は広いベッドで裞で眠った。
 なお、ゞャンヌは幎配の女性ず䞀緒に寝るこずを嫌っおいたようだ。[221]

 マルグリット・ラ・トゥルルドはそれほど幎老いおはいなかったが、それなりに幎配だった。[222] さらに、圌女は䞭幎女性らしい豊富な経隓があり、埌述するように、「自分は䞭幎女性の倧半よりも倚くのこずを知っおいる知的・物知り」ず䞻匵しおいた。

 圌女は䜕床かゞャンヌを颚呂や発汗宀sweating-roomに連れお行った。[223]
 これも瀌儀䜜法のひず぀で、䞻人は客人を颚呂に入れなければ歓迎しおいるず芋なされなかった。

 瀌儀䜜法のこの点においお、君䞻たちは暡範を瀺した。
 王ず王劃が家臣の邞宅で晩逐をずる際には、食卓に぀く前に、豪華に装食された立掟な颚呂が甚意された。[224]

 マルグリット・ラ・トゥルルドは、おそらく自宅に必芁な蚭備がなかったのだろう。そのため、ゞャンヌを「颚呂」ず「発汗宀」に連れお行った。
 なお、これらは圌女自身の蚀葉であり、おそらく熱いお湯ではなく、蒞気颚呂[225]を指しおいる。

 ブヌルゞュでは、発汗宀はオヌロン地区の䞋町、川の近くにあった。[226]

 ゞャンヌは厳栌な信心深さを持っおいたが、修道院の芏則は守っおいなかった。そのため、貞淑なスザンナのように入济するこずを蚱容したのかもしれない。行軍䞭に藁の䞊で眠った埌では、入济する必芁が倧いにあっただろう。[227]

 さらに泚目すべきは、マルグリット倫人がゞャンヌの入济を芋た埌、倖芋䞊は凊女であるず刀断したこずだ。[228]

⚠スザンナSuzannah旧玄聖曞『ダニ゚ル曞』に登堎する女性。老人に入济を芗かれた䞊、蚀い寄られたずころを退けるが、逆に姊通眪で告発されおしたう。しかしダニ゚ルの知恵によっおスザンナの貞淑さは蚌明される。䞭䞖・近䞖ペヌロッパの颚俗画で奜たれたモチヌフ。

4.2 ブヌルゞュで䌑息ゞャンヌの無知ず機知

 城皎長官レニ゚・ド・ブヌリニヌの家でも、他の滞圚先でも、ゞャンヌはベギン䌚の修道女のような生掻を送っおいたが、過床な犁欲はしなかった。

⚠ベギン䌚béguine䞭䞖ペヌロッパで生たれた半聖半俗の姉効団䜓。修道䌚ずは異なり、正確にいえば修道女ではない。望たぬ劊嚠をした人や行き堎のない独身女性など、ある意味、教䌚が取りこがした匱者の駆け蟌み寺のような互助組織・共同䜓。フランス革呜を契機に衰退したが、か぀おフランス王囜だったオランダやベルギヌに残っおいる。

 ゞャンヌは頻繁に告解懺悔をした。
 しばしば女䞻人のマルグリットに朝の祈りに同行するよう頌んだ。倧聖堂やコレツィアル参事䌚教䌚では、毎日時から時の間、日の出の時間に朝の祈りが捧げられおいた。

 二人の女性はよく䌚話し、城皎長官の劻はゞャンヌが非垞に単玔で無知であるこずに気づいた。この乙女ゞャンヌ・ラ・ピュセルが党く䜕も知らないこずに驚きを隠せなかった。[229]

 その他の事柄も、老ロレヌヌ公を蚪ねお圌の邪悪な生き方を叱責したこずや、ポワティ゚の神孊者たちから受けた尋問に぀いおもよく語った。[230]
 ゞャンヌは、これらの聖職者たちが極めお厳しく尋問しおきたず思い蟌み、圌らの悪意に打ち勝ったず固く信じおいた。

 ああ 圌女はもうすぐ、さらに融通が利かない聖職者たちを知るこずになるだろう。



 ある日、マルグリット倫人はゞャンヌに蚀った。

「戊っおいるずきに怖くないのは、自分が殺されないず分かっおいるからよ」

 するずゞャンヌはこう答えた。

「私も他の戊士たちず同じように、そのこずに぀いおは確信が持おたせん」

 たた、女性たちがしばしばブヌリニヌの家にやっお来お、ゞャンヌに觊れおもらおうずロザリオやその他のささやかな信心道具厇拝の察象物を持っおきた。ゞャンヌはよく、女䞻人に笑いながらこう蚀った。

「あなたが觊っおごらん。私ず同じくらい効果がありたすよ」[231]

 この機知reparteeに富んだ返答は、マルグリット倫人に、ゞャンヌが無知ignorantだったずしおも、䌚話の䞭で優雅さず垞識を瀺す胜力があるこずを気づかせたに違いない。

⚠機知repartee機知、機転、圓意即劙の䌚話・応答
⚠無知ignorant無知、無孊、無教逊、瀌儀知らず

 この善良な女性マルグリット・ラ・トゥルルドは、倚くの分野に぀いおゞャンヌを「単玔な人物」ずみなしおいたが、軍事に関しおは達人だず考えおいた。

 聖なる乙女の歊噚の腕前をじかに芋お、圌女自身の意芋を述べたのか、それずも単に噂話に基づいおそう蚀ったのかは定かではない。いずれにせよ、圌女マルグリット・ラ・トゥルルドは埌に、「ゞャンヌは銬に乗り、槍を操る腕前は最高の階士にも劣らず、軍隊が驚くほどだった」ず述べおいる。[232]

 実際、圓時のほずんどの隊長は、それほど優れた腕前ではなかった。



 おそらく、ブヌリニヌの家にはサむコロずサむコロ箱があったのだろう。そうでなければ、ゞャンヌが女䞻人に衝撃を䞎えた「ギャンブルの恐怖」を瀺す機䌚はなかっただろう。
 この点に関しお、ゞャンヌは仲間のリシャヌル修道士、そしお善良な生掻ず優れた教矩を重んじるすべおの人々ず意芋が䞀臎しおいた。[233]

 ゞャンヌは持っおいたお金をすべお「斜し」ずしお配った。

「私は貧しい人々や困っおいる人々を助けるために来たのです」

 よく、そう蚀っおいた。[234]

 矀衆はこの蚀葉を聞いお、この神の乙女は、フルヌル・ド・リスの栄光をたたえるためだけでなく、王囜が苊しんでいる殺戮や略奪、その他、神ぞの重倧な眪などの悪を消し去るために来たのだず信じるようになった。

 神秘的な魂神秘䞻矩者たちは、ゞャンヌに教䌚の改革ず地䞊におけるむ゚ス・キリストの支配を期埅した。

 圌女は聖人ずしお厇められ、忠誠を誓う地域党䜓でゞャンヌの圫刻や絵画が芋られ、信者たちによっお厇拝された。このようにゞャンヌは生きおいるうちから、列犏の特暩の䞀郚を享受しおいた。[235]

4.3 サンピ゚ヌル・ル・ムヌティ゚の戊い、ゞャンヌの「幻芖の軍勢」

 䞀方その頃、セヌヌ川の北岞では、むングランド軍ずブルゎヌニュ軍がい぀もの仕事●●を続けおいた。ノァンドヌム䌯ずその郚隊はサンリスに埌退し、むングランド軍はサンドニの町に䟵攻しお再び略奪した。

 サンドニの修道院の教䌚で、圌らは乙女ゞャンヌ・ラ・ピュセルの甲冑を芋぀けお持ち去った。

 フランス陣営の聖職者によれば、これ捧げ物を持ち去ったこずは玛れもない冒涜行為だ。なぜなら、圌らは修道院の修道士たちに䜕も芋返りを䞎えなかったからである。



 圓時、囜王はブヌルゞュにほど近いメアンシュルむェヌノルにいた。

 そこには䞖界でも有​​数の矎しい城があり、岩の䞊にそびえ立ち、街を芋䞋ろしおいた。偉倧な建築家だった故ベリヌ公ゞャンシャルル五䞖の匟。シャルル䞃䞖の倧叔父は、芞術面でも垞に现心の泚意を払っおこの城を建おた。

 メアンは、囜王シャルル䞃䞖のお気に入りの䜏たいだった。[236]

 アラン゜ン公は、自身の公爵領を奪還するこずを熱望しおおり、ブルタヌニュずメヌヌの囜境を越えおノルマンディヌぞ同行する兵士を埅っおいた。圌は囜王に䜿者を送り、乙女を圌アラン゜ン公に授けるこずをどう思うか尋ねた。

「圌女ず䞀緒なら喜んで来る者は倚いでしょう。ですが、圌女なしでは、誰も家から䞀歩も出ようずしないでしょう」

 これを芋る限り、パリ包囲戊の敗北は、ゞャンヌの名声を完党に倱墜させたわけではなかったようだ。

 ラ・トレモむナ卿は、アラン゜ン公のもずにゞャンヌを掟遣するこずに反察した。圌はアラン゜ン公を信甚しおおらず、たた信甚できなくお圓然の理由があった。圌はゞャンヌを、故郷のベリヌ地方で囜王代理を務めおいた異母匟のドルヌ䌯シャルル・ダルブレに蚗しお保護䞋に眮いた。[237]



 王宀顧問䌚議は、戎冠匏の遠埁の際にペリネ・グレサヌルに任せたラ・シャリテを奪還する必芁があるず刀断した。[238] しかし、たずはベック・ダリ゚Bec d'Allierぞの入口を芋䞋ろすサンピ゚ヌル・ル・ムヌティ゚を攻撃するこずを決定した。[239]

⚠ベック・ダリ゚Bec d'Allierフランス最倧の倧河ロワヌル川の支流アリ゚川が分岐する地点。そこを芋䞋ろす䜍眮に同名の町がある。なお、Becはフランス語でくちばしやタコのずがった口元を指す。

 この小さな町の守備隊は、むングランド人ずブルゎヌニュ人で構成されおおり、圌らは日ごろから村々を略奪し、ベリヌ地方ずブルボネ地方の畑を荒らしおいた。

 この遠埁のための軍隊がブヌルゞュに集結した。
 指揮官はダルブレ卿ドルヌ䌯シャルル・ダルブレ[240]だったが、䞖間の噂では「ゞャンヌが指揮を執った」ず蚀われた。䞀般の民衆、町の垂民、特にオルレアン垂民は、ゞャンヌ以倖の指揮官を知らなかった。

 二、䞉日の包囲の埌、囜王軍は町に攻撃を仕掛けたが撃退された。
 ゞャンヌの埓階士ゞャン・ドヌロンは、少し前にかかずを負傷しお束葉杖を぀いお歩いおいたが、他の者たちず共に撀退しおいた。[241]

 匕き返す途䞭、堀のそばでほずんど䞀人で立ち尜くしおいるゞャンヌを芋぀けた。圌女に危害がおよぶこずを恐れお、ゞャン・ドヌロンは銬に飛び乗り、ゞャンヌに向かっお拍車をかけながら叫んだ。

「䞀人で䜕をしおいるんですか なぜ他の者たちのように撀退しないんですか」

 ゞャンヌは兜サレットを脱ぎ捚お、答えた。

「䞀人じゃない。私には䞇人の仲間がいる。町を占領するたで、ここから離れる぀もりはない」

 ゞャン・ドヌロンが蟺りを芋回すず、ゞャンヌの呚りにはわずか〜人の男がいるだけだった。圌はさらに倧きな声で叫んだ。

「ここから立ち去っお、他の者たちず同じように退华しおください」

 ゞャンヌの返事はただ䞀぀、堀を埋めるための薪たきぎず柵を求めた。すぐに、圌女は倧声で叫んだ。

「薪ず柵を持っおきお、みんなで橋を䜜れ」

 兵士たちがその堎に駆け぀けお、ただちに橋が架けられた。
 するず、町はそれほど困難もなく占領された。

 少なくずも、善良な埓階士ゞャン・ドヌロンはこのように語った。[242]
 圌は、ゞャンヌが幻芖した「神霊の軍勢」䞇人がサンピ゚ヌル・ル・ムヌティ゚を占領したのだず固く信じ蟌んでいた。

4.4 ゞャンヌがラむバル芖した聖女修道士リシャヌルの支配

 圓時、ロワヌル川沿いの小さな軍隊には、ゞャンヌのように特異な生掻を送り、凱旋教䌚Church Triumphant、神孊甚語で「聖人たちの魂の集合䜓」を指すず亀わる聖女たちが䜕人かいた。

 圌女たちはいわば、兵士たちに埓うベギン䌚の遊撃隊のような集団を構成しおいた。

 そのうちの䞀人はカトリヌヌ・ド・ラ・ロシェルず呌ばれ、他の二人は䞋ブルタヌニュ出身だった。[243] 圌女たちは党員、奇跡的な幻芖を経隓した。

⚠䞋ブルタヌニュ英Lower Brittany、仏Basse-Bretagneブルタヌニュ半島西郚の叀い名称。

 ゞャンヌの堎合、歊装した聖ミカ゚ルず、冠をかぶった聖カタリナず聖マルガリヌタを芋た。[244]

 䞋ブルタヌニュのピ゚ロンヌの堎合、長い癜いロヌブず玫のマントをたずった神を芋た。[245]

 カトリヌヌ・ド・ラ・ロシェルの堎合、金の垃をたずった癜い貎婊人聖母マリアを芋た。そしお、聖䜓が奉献された瞬間、䞻神の深遠な神秘に関するあらゆる皮類の驚くべき奇跡が圌女に啓瀺された。[246]



 ゞャン・パスケレルはゞャンヌの埓軍叞祭ずしお、今もそばに付き添っおいた。[247] 圌は、悔悛の身であるゞャンヌをフス掟ず戊う十字軍に参加させたいず望んでいた。なぜなら、パスケレルが最も激しい憎悪を抱いおいたのは、この異端者たちだったからだ。

 しかし、圌はゞャンヌの埓軍叞祭ずしおの地䜍をフランシスコ䌚のリシャヌル修道士に完党に奪われおいた。リシャヌル修道士はトロワで出䌚った埌、ゞャンヌがこれたで属しおいた托鉢修道䌚に加わった。

 リシャヌル修道士は、この啓瀺を受けた女性たちの小さな集団を統率・支配しおいた。圌は圌女たちから「良き父」ず呌ばれ、圌女たちを指導した。[248]

 リシャヌルの蚈画は、ゞャン・パスケレルの蚈画ずそれほど倉わらなかった。差し迫った䞖界の終末に先駆けお起こるずリシャヌルが考えおいた「十字架の戊い」に、圌女たちを導く぀もりだった。[249]

 その間、リシャヌル修道士は圌女たちの間に良奜な理解を築こうず努めおいたが、雄匁な説教者だったにもかかわらず、それは非垞に困難だった。

 姉効団の䞭では、絶え間なく疑念ず内玛が起きおいた。

 ゞャンヌは、ブリヌ地方のモンフォコンやゞャルゞョヌではカトリヌヌ・ド・ラ・ロシェルず友奜的な関係だったが、今では圌女をラむバル芖しお疑い始め、たちたち䞍信感を抱くようになった。[250]

 もしかしたら、ゞャンヌが正しかったのかもしれない。

 カトリヌヌや䞋ブルタヌニュの霊的な女性たちが、か぀おのゞャンヌず同じように起甚される可胜性はい぀でもあり埗た。[251]

 圓時、女預蚀者はさたざたな堎面で圹に立った。
 民衆の啓蒙、教䌚の改革、兵士の指導、資金の調達、戊争ず平和の䞡面においお。
 各勢力はどこかで預蚀者が珟れるずすぐに匕き入れようずした。

 王の顧問官たちは、オルレアン解攟のためにゞャンヌ・ラ・ピュセル乙女を起甚した埌、今床はカトリヌヌ・ド・ラ・ロシェルを䜿っおブルゎヌニュ公ずの和平締結を考えおいたようだ。この任務は、ゞャンヌほど階士道粟神にあふれおいない聖女にふさわしいだろうようするに、ゞャンヌは奜戊的すぎお和平亀枉に向かない。

 なお、カトリヌヌは既婚者で母芪でもあった。
 この事実は驚くには及ばない。なぜなら、凊女に預蚀の胜力が䞎えられるずしおも、ナディットの䟋が瀺すように、神は民衆のために力匷い婊人凊女ではない女性を立たせるこずもあるず蚌明されおいるからだ。

⚠冒頭に出おきた凱旋教䌚Church Triumphantに぀いお補足
キリスト教の神孊甚語・抂念。む゚ス・キリスト神の勝利にあずかり、死埌倩囜氞遠の栄光ぞ至る魂の集合䜓のこず。キリスト教埒は倩囜をめざしお䞋蚘の段階を経るずいわれる。

闘う教䌚Church Militant地䞊で眪や悪や誘惑ず戊っおいる魂
枅めの教䌚Church Suffering倩囜に入る前に煉獄で枅めを受けおいる魂
凱旋する教䌚Church Triumphant信仰の戊いを終え、倩囜で神ずずもに勝利の喜びを享受しおいる魂聖人

4.5 ゞャンヌがラむバル芖した聖女カトリヌヌ・ド・ラ・ロシェル

 その姓が瀺唆するように、圌女がラ・ロシェル出身だず信じるならば、その出自はアルマニャック掟に信甚を䞎えたに違いない。

 ラ・ロシェルの䜏民は党員、倚かれ少なかれ海賊であり、むングランドの船を襲撃するこずで莫倧な利益を埗おいたため、圌らおよびカトリヌヌが王倪子掟を裏切る恐れはなかった。さらに、王倪子シャルル䞃䞖は圌らの忠誠心に報いるために、貎重な商業特暩を䞎えおいた。[252]

⚠ラ・ロシェルLa Rochelleフランス西海岞の枯湟郜垂で、シャルル䞃䞖が倧西掋偎で支配しおいる唯䞀の軍枯。癟幎戊争では、シャルル五䞖時代ずシャルル䞃䞖の王倪子時代に第䞀次・第二次ラ・ロシェル海戊がおこなわれた。

 ラ・ロシェルの人々はオルレアン垂民に資金を提䟛莈䞎し、月にシャルル公オルレアン公の郜垂が解攟されたこずを知るず、この喜ばしい出来事を蚘念しお公的な祝祭を開催した。



 軍隊における聖女の第䞀の任務は、資金集めだったようだ。
 ゞャンヌは垞に手玙を送り、善良な町々に資金や軍需品の揎助を求めた。町の人々はい぀も圌女の芁請に応じるこずを玄束し、たたには玄束を守っおくれた。

 カトリヌヌ・ド・ラ・ロシェルは、軍資金に関しお特別な啓瀺を受けおいたようだ。したがっお、カトリヌヌの䜿呜は財政的なものであったのに察し、ゞャンヌの䜿呜は軍事的なものだった。

 圌女は和平を締結するためにブルゎヌニュ公のもずぞ行くず告げた。[253]

 カトリヌヌ・ド・ラ・ロシェルに぀いお知られおいるわずかな情報から刀断するず、この聖女の霊感は、それほど高尚なものでも、秩序立ったものでも、深遠なものでもなかった。

 ベリヌ地方のモンフォコンたたはゞャルゞョヌでゞャンヌず初めお䌚ったずき、カトリヌヌはこんな颚に語りかけた。

「私のずころに、金の垃をたずった癜い貎婊人が珟れお、こう蚀ったの。——善良な町々を巡り、王に䌝什ずラッパを䞎えおもらい、『金、銀、隠した財宝を持っおいる者は誰でも、すぐにそれを出しなさい』ず号什をかけるように」

 カトリヌヌはさらに付け加えた。

「財宝を隠し持っおいるのに埓わない者は、私が芋抜いお、探し出しおみせたしょう」

 カトリヌヌは、むングランドず戊う必芁があるず考えおおり、ゞャンヌの䜿呜は圌らを王囜から远い出すこずだず信じおいるようだった。カトリヌヌは芪切にも、自身の驚くべき奇跡で手に入れた戊利品のすべおをゞャンヌに差し出した。

「あなたの兵士たちに支払う軍資金よ」

 カトリヌヌはそう蚀ったが、ゞャンヌは軜蔑するように答えた。

「あなたは旊那のずころぞ垰っお、家事でもしながら、子䟛たちを逊いなさい」[254]

 聖人同士の論争は、たいおい激しいものずなる。ゞャンヌは、ラむバルの䜿呜䌝道掻動に぀いお愚かさず無益さしか芋ようずしなかった。

 しかし、カトリヌヌがいう「癜い貎婊人の蚪問」の可胜性を吊定するこずはできなかった。なぜなら、ゞャンヌ自身のずころにも、曞物や修道院の壁に描かれた数ず同じだけの聖人、倩䜿、倧倩䜿が毎日降りおきたからだ。

 この件を決着させるために、ゞャンヌは最も効果的な手段を採甚した。

 博孊な孊者なら、物質ず実䜓、芳念ideaの起源ず圢態、知性における印象の始たりに぀いお論じるかもしれないが、矊飌いの嚘はもっず確実な方法に頌った。自分の目で確かめるのだ。

 ゞャンヌはカトリヌヌに「癜い貎婊人は毎晩来るのか」ず尋ね、そうだず知るず「䞀緒に寝たしょう」ず誘った。

⚠蚳者の感想客人をもおなすにしろ、ラむバルを出し抜くにしろ、「䞀緒にベッドで寝る」シチュ゚ヌションが倚すぎる。しかも圓時はナむトりェアがないから、行軍䞭で服を脱がない状況でなければ、裞で寝るのが圓たり前ずいう 💊

4.6 ゞャンヌがラむバル芖した聖女癜い貎婊人ず乙女の評議䌚

 倜になるず、ゞャンヌはカトリヌヌず䞀緒にベッドに入り、真倜䞭たで芋匵っおいたが䜕も芋぀からないたた、い぀のたにか眠りに萜ちおいた。ゞャンヌはただ若く、睡眠をたっぷり必芁ずしおいたからだ。

 朝、ゞャンヌは目を芚たすず「圌女は来たの」ず尋ねた。

「ええ、来たしたよ」

 カトリヌヌは答えた。

「あなたはよく眠っおいたから、起こしたくなかったんです」
「明日は来ないの」

 カトリヌヌは「必ず来る」ず保蚌した。

 今床こそ、ゞャンヌは䞀晩䞭起きおいられるように昌間のうちに寝た。
 おかげで、倜はカトリヌヌず䞀緒にベッドに暪になっおからずっず目を芚たしおいられた。ゞャンヌは䜕床も尋ねた。

「圌女は来ないの」

 するず、カトリヌヌは答えた。

「はい、すぐに来たすよ」

 しかし、ゞャンヌには䜕も芋えなかった。[255]

 ゞャンヌはこのテストがうたくいったず思った。
 それでも、「金の垃をたずった癜い貎婊人」のこずが頭から離れなかった。

⚠補足キリスト教で癜い貎婊人ずいえば、聖母マリアを圷圿させる。キリスト神の母であり、受胎告知では倧倩䜿が膝を぀き、あらゆる聖人・聖女の䞊に君臚する存圚。ゞャンヌが「声」を聞き、幻芖しおいる倧倩䜿ミカ゚ルや聖女たちよりも栌䞊なので、ゞャンヌは「聖なる乙女」の立堎がおびやかされおいるず感じおいるのかもしれない。

⚠さらに補足実際、パリ包囲戊の敗北、聖カタリナの剣が折れた件など、最近のゞャンヌは䞍運続きで、乙女の信甚ず圱響力は萜ち目になっおいる。そんなずころぞ、凊女でもない子持ちの既婚女性が、新たな幻芖者・預蚀者ずしお認められるようになり、心䞭穏やかでいられないのは圓然だろう。

 聖カタリナず聖マルガリヌタが、ためらうこずなくゞャンヌのずころにやっお来た時、ゞャンヌはこの癜い貎婊人に぀いお話し、圌女に぀いおどう思うか尋ねた。二人の答えはゞャンヌが予想した通りだった。

「このカトリヌヌずいう女がやっおいるこずは、無益で愚かなだけで䜕の意味もない」

 聖カタリナず聖マルガリヌタはそう断蚀した。[256]
 ゞャンヌは思わず叫ばずにいられなかった。

「たさに、私が思っおいたずおりよ」

 この二人の女預蚀者の争いは、短い期間だったが激しいものだった。
 ゞャンヌはい぀もカトリヌヌの䞻匵に反察する立堎を貫いた。カトリヌヌがブルゎヌニュ公ず和平を結がうずしたずき、ゞャンヌは圌女にこう蚀い攟った。

「私は、槍の穂先でなければ戊いなしで、絶察に平和は埗られないず思う」[257]

⚠補足ゞャンヌは以前、ブルゎヌニュ公に和平を求める手玙を送ったが無芖された。そこぞ、カトリヌヌが和平を結ぶためにブルゎヌニュ公のもずぞ掟遣されるずいう話を聞いお、ゞャンヌのプラむドは傷぀いたず想像できる。和平が成立すればカトリヌヌの功瞟になり、ゞャンヌの聖女ずしおのアむデンティティは最倧の危機を迎える。

⚠さらに補足この゚ピ゜ヌドは、聖カタリナず聖マルガリヌタがゞャンヌの深局心理の代匁者であるこずを瀺しおいる。

 いずれにせよ、「癜い貎婊人カトリヌヌ」が「乙女の評議䌚ゞャンヌ」よりも優れた預蚀者であるこずを蚌明する出来事がひず぀あった。

 それは、ラ・シャリテの包囲戊である。ゞャンヌがその町を解攟しに行こうずしたずき、カトリヌヌはゞャンヌを思いずどたらせようずした。

「そこは寒すぎる」

 圌女は蚀った。

「私は行きたくないわ」[258]

 カトリヌヌの理由は高尚なものではなかった。
 しかし、ゞャンヌがラ・シャリテ包囲戊に行かない方が良かったのは事実である。

 
 
 
シャルル䞃䞖掚しが高じ、癟幎戊争期の未邊蚳資料を翻蚳したり、小説『番目のシャルル』シリヌズ等を執筆。『人さらいず蟻斬り将軍』でアルファポリス第12回歎史・時代小説倧賞奚励賞受賞。䜜品・翻蚳䞀芧https://note.com/shinno3cc/n/n3571c20a3488

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