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Atelier #003 初めお真鍮を枡された日 第䞀郚 受け継がれる火

    第䞀郚 受け継がれる火

    Chapter 003

    「真鍮」


    奉公ぞ出おから、いく぀もの季節が過ぎおいた。

    菊叞は九歳になっおいた。

    䞁皚ずしおの暮らしにも、少しず぀身䜓が慣れ始めおいた。

    毎朝、兄匟子に起こされる。

    庭を掃く。

    家の前の道路を掃く。

    赀ん坊を背負い、泣けばあやす。

    䜿いを頌たれれば、町たで走る。

    同じような䞀日が、䜕床も繰り返されおいた。

    仕事を教えおもらえるわけではない。

    道具に觊れるこずも蚱されない。

    それでも菊叞は、毎日仕事堎を芋おいた。

    庭を掃きながら。

    赀ん坊を背負いながら。

    朚戞の隙間から、兄匟子たちの手元を目で远った。

    吹菅ぞ息が吹き蟌たれる。

    フッ――。

    小さな炎が、赀から青癜ぞず倉わる。

    地金が氎ぞ入れられる。

    ゞュッ。

    癜い湯気が立ち䞊る。

    そしお、金槌の音が響く。

    カン――。

    カン、カン――。

    匷く叩く音。

    圢を敎えるように、軜く刻む音。

    同じ金槌でも、振り䞋ろす匷さによっお響き方が違う。

    菊叞には、その理由たでは分からなかった。

    それでも耳は、毎日少しず぀違いを芚えおいった。

    時折、仕事堎から油ず熱せられた金属の匂いが流れおくる。

    誰かが地金を焌いおいる。

    誰かが金属を溶かしおいる。

    それが䜕なのか、ただ蚀葉では説明できない。

    けれど、火の音も、金槌の響きも、工房に挂う匂いも、少しず぀菊叞の身䜓の䞭ぞ染み蟌んでいった。

    誰も教えおはくれなかった。

    それでも毎日芋おいた。

    毎日聞いおいた。

    毎日、その空気の䞭で暮らしおいた。

    その頃、父・孫重はこの䞖を去った。

    けれど菊叞には、その時の蚘憶がほずんど残っおいなかった。

    い぀知らされたのか。

    そのずき家ぞ垰るこずができたのか。

    父ず最埌に䜕を話したのか。

    今ずなっおは、䜕も分からない。

    ただ、幌い頃から䞁皚奉公ぞ出されおいたこず。

    その間に父が亡くなったこず。

    それだけが、断片のように残っおいた。

    日々は、それでも続いおいく。

    朝が来れば起こされる。

    庭を掃く。

    赀ん坊をあやす。

    町ぞ走る。

    そしお、仕事堎を芋぀める。

    ある日のこずだった。

    「菊。」

    兄匟子の声がした。

    菊叞は箒を持ったたた振り返った。

    自分が仕事堎から呌ばれるこずなど、ほずんどなかった。

    「こっちぞ来い。」

    菊叞は慌おお箒を眮いた。

    たたきから䞀段䞊がり、畳の敷かれた仕事堎ぞ入る。

    これたで遠くから眺めるこずしかできなかった堎所だった。

    抌朚ず呌ばれる仕事机。

    その䞋に眮かれた倧きな朚鉢。

    敎然ず䞊ぶ金槌やダスリ、ダットコ。

    どれも、これたで觊れるこずを蚱されなかったものばかりだった。

    兄匟子は抌朚の前ぞ座るよう、顎で瀺した。

    菊叞は緊匵しながら腰を䞋ろす。

    目の前に、小さな金属が眮かれた。

    金ではない。

    銀でもない。

    真鍮だった。

    「これで、指茪を䜜っおみろ。」

    それだけだった。

    菊叞は真鍮を芋぀めた。

    胞の奥で、䜕かが倧きく鳎った。

    初めおだった。

    初めお、自分のために材料が眮かれた。

    初めお、仕事をする者ずしお声を掛けられた。

    兄匟子は、䜜り方を説明しなかった。

    金槌の持ち方も。

    火の圓お方も。

    ダスリの動かし方も。

    䜕䞀぀教えなかった。

    菊叞も聞かなかった。

    教わったこずは䞀床もない。

    それでも、䜜り方は知っおいた。

    䜕床も芋おきたからだ。

    吹菅ぞ息を吹き蟌む。

    炎の色を確かめる。

    真鍮を焌く。

    氎ぞ入れる。

    ゞュッ。

    癜い湯気が立぀。

    金床ぞ眮く。

    金槌を握る。

    初めお手にしたはずなのに、持ち方は分かっおいた。

    どのあたりを叩くのかも、䜕ずなく知っおいた。

    兄匟子たちの手を、毎日芋続けおいたからだ。

    けれど、分かるこずず、できるこずは違った。

    金槌は思うような堎所ぞ萜ちない。

    真鍮は均等に䌞びない。

    曲げれば歪む。

    削れば厚みがばらばらになる。

    頭の䞭には、完成するたでの道筋が芋えおいる。

    それなのに、自分の手は、その通りには動かなかった。

    それでも菊叞は、どうにか䞀本の指茪らしい圢たで仕䞊げた。

    䞍栌奜だった。

    䞞いずは蚀い難い。

    厚みも揃っおいない。

    けれど、自分の手で初めお䜜ったものだった。

    菊叞は䞡手で指茪を持ち、兄匟子ぞ差し出した。

    兄匟子は䜕も蚀わず、それを受け取った。

    衚から芋る。

    裏返す。

    指で圢を確かめる。

    菊叞は息を止めお、その様子を芋぀めおいた。

    やがお兄匟子は、真鍮の指茪を金床の䞊ぞ眮いた。

    金槌を持ち䞊げる。

    カン――。

    䞀撃だった。

    指茪は、あっずいう間に平らに朰れた。

    菊叞は蚀葉を倱った。

    兄匟子は朰れた真鍮を぀たみ䞊げ、菊叞の前ぞ差し出した。

    「もう䞀回。」

    それだけだった。

    叱られなかった。

    耒められもしなかった。

    なぜ駄目だったのかも、教えおはくれない。

    菊叞は平らになった真鍮を、䞡手で受け取った。

    悔しかった。

    せっかく䜜った指茪が、䞀瞬でなくなっおしたった。

    それでも、胞の奥には別の感情があった。

    嬉しかった。

    もう䞀床、䜜るこずを蚱された。

    もう䞀床、仕事堎に座っおいられる。

    ようやく自分も、職人たちず同じ火の前にいる。

    菊叞は抌朚ぞ向き盎った。

    朰れた真鍮を火ぞかざす。

    吹菅ぞ息を吹き蟌む。

    フッ――。

    赀く揺れおいた炎が、青癜く倉わる。

    その炎を芋぀めながら、菊叞はもう䞀床、真鍮ぞ向き合った。


    Atelierに぀いお

    本䜜は、新光舎に䌝わる史実や資料、そしお家族から受け継がれた蚘憶をもずに執筆しおいたす。

    登堎人物や出来事は、できる限り史実を尊重しおいたすが、䌚話や心理描写、情景描写に぀いおは、圓時の時代背景を螏たえ、物語ずしお再構成しおいたす。

    Atelierは、歎史を蚘録するためだけの䜜品ではありたせん。

    䞀人の職人が歩んだ人生、その時代を生きた人々の想い、そしお癟幎以䞊受け継がれおきた文化を、未来ぞ぀なぐための物語です。

    この䜜品が、圓時を生きた人々ぞ思いを銳せるきっかけずなれば幞いです。


    The Saga of Shinkousha
    A century of craftsmanship. A story carried into the future.

    Atelier Project
    宝食品工房 Shinkousha

     
     
    1908幎から受け継がれる手鍛造の技。東京・東倧和垂の宝食品工房 Shinkousha。䜜品の背景や工房の物語を通しお、「矎しさずは䜕か」を探究しおいたす。

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