世界観の異なる相手との話し方 新見正則
青色だけど緑
先日、娘を乗せて車を運転しているときに、赤信号で止まりました。そして信号の話になり「青信号だけど、緑色だよね」と僕が発言すると、娘に「他にも青汁、青リンゴ、青葉とかも、実は緑色だよね」と即座に言われました。そしてちょっと調べると、青菜、青田、青のり、青虫、青竹とかも実は緑色です。
日本人の色感覚
ある考察によると、昔は「赤」「青」「黒」「白」しかなかったそうです。この頃は「緑」は「青」に含まれていたそうです。平安時代から鎌倉時代にかけて「緑」という概念が登場したそうです。しかし、1000年近く昔の色分けが今でも残っていることが僕には不思議でなりません。
そんなことを思っていると、目の前の色の認識は本当に各個人で共通なのかという疑念が湧いてきました。そして色盲や色弱など、色覚に障害のある方もいるので、確かに自分が見ている世界を万人が共通に見ているのかというと疑問ですね。
虹色はどんな色?
虹の七色は「赤」「橙」「黄」「緑」「青」「藍」「紫」だそうです。ここに「白」と「黒」はないのですね。たしかに虹の色に「白」と「黒」は含まれません。そんな虹の七色も人によって見え方が違うのでは、と思ってしまいました。ただの仮想的な人それぞれの色彩概念ではないかという思いです。
色も仮想概念??
ひょっとして、色は人それぞれの仮想概念なのか、つまり客観的に調べることができないのかと思えてきて、ちょっとビックリしましたが、色は波長であることを思い出しました。調べてみたら、人が見える色は約380~430nm(ナノメートル)で、紫は380~430nm、青は430~490nm、緑は490~550nm、黄は550~640nm、橙は590~640nm、赤は640~770nmとなるようです。この記載通りだと、虹の七色の「藍」が抜けています。つまり色は仮想概念ではなく客観的に論じることができます。
ちなみに、人間が見えない380nm以下は紫外線、770nm以上は赤外線となるそうです。紫外線や赤外線が見える動物が存在するそうで、そうなると彼らが見ている世界は当然に僕達とはまったくの異世界ですね。
仮想の概念を語るには定義が必要
いろいろなことを論じるとき、いろいろな仮想概念が登場します。仮想概念を客観的に定義しないと実はまったく議論がかみ合わず、進みません。色のように波長に落とし込めれば完璧です。医療の領域で客観的に論じることができる病態には高血圧や糖尿病、がんなどを含めて多数あります。また、事象から病態をまとめ上げている病名(客観的ではないもの)もあります。精神科の病名は特にそうです。
漢方の仮想病理概念に定義はあるの?
漢方の世界は客観的な西洋医学が登場する前の話なので、特に仮想病理概念が頻出します。その概念が言葉になり、その言葉をそれぞれが自分に都合よく解釈し、そして定義に落とし込むことなく使用していると、単なる言葉の遊びになるのです。つまり議論が噛み合わない、生産性のない会話になります。自分が理解することと、人と議論をすることは違います。言葉を選ばないと、賢い議論になりません。
他人の世界と自分の世界は別物ですよ
これは漢方の世界ではわかりやすいことですが、多くの会話や議論のなかで登場することです。自分の世界観だけで話をしていては他人とは話せなくなります。特に違う世界観を持っている人とは生産的な議論にはならないのです。
「緑」と「青」からそんなことを思いました。
