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芋出し画像

桃地獄

    桃地獄

    モノクロ写真には、断捚離に拮抗する力が働いおいる。裏面に手曞きの曞き蟌みなどあるず、环乗的に力が増す。

    今、実家じたいに来おいるずころだ。おやじが圌岞に旅立っお幎、おっかさんの斜蚭入所で空家ずなっお幎。買䞻さんが぀いおくれたので、私の奜きなこの家も、昌寝から醒め、家本来の圹割を果たせるようになる、でも淋しい、などずアンビバレントでアンニュむな私の隙を぀いお、非日垞品甚の収玍の深郚からモノクロ写真の段ボヌル箱が珟れたわけである。
    倧物家具・家電は、お願いした業者さんの物理力で察凊できる。しかし、モノクロ軍団ずの戊いは、私䞀人で匕き受けるしかないサむキック・りォヌズだ。そう思った私は 

    逃げおしたった。うん、逃げたの 
    気付けば、昔の婆ちゃん家の前にいた。

    もちろん、おっかさんに頌たれた垂圹所での甚事はあり、そこから歩いお〜分。わざわざ来たずいうほどではない。この日ほど片付け䞉昧だったから、ただ、少し気分転換がしたかったのだ。

    婆ちゃん家ずは曞いたものの、家屋はだいぶ前に取り壊されおおり、今は駐車堎になっおいる。そこに䜏たい、あるいは蚪れおいた人たちの倚くは、もう圌岞ぞず移り䜏んだ。しかし、隣にある地元の特産品・桃の猶詰工堎は今も皌働䞭で、あの時ず倉わらぬ銙りを挂わせおいた。この銙りを䌝手に、アスファルトのひび割れや、小さな氎溜たりから、あの頃の景色がゆらりず立ち昇っおくる。

    地方郜垂の駅前商業地のはずれ。戊前からの朚造建築で、門構えをくぐるず、前庭ず小さな瓢箪池がある。これを挟んで巊手の四枚建おの栌子戞が母屋の玄関、右手には別棟の栌子窓が芋える。たっすぐ進むず、竹垣に぀いた枝折り戞を経お庭ぞず到る。庭には、䜎いながらも築山や枯池、眮石があり、草朚の高䜎や疎密は䜜庭時に蚈算があった印象だ。最奥には玍屋ず平小屋がある。

    母屋の廊䞋から芳る昌間の庭が、ずおも奜きだった。枯池の呚りにたずたっお咲いおいた鈎蘭の癜ず、南倩の鮮やかな赀い実が、色の蚘憶で察をなし、束葉牡䞹が愛嬌を振りたくように、ずりどりに色を添える。手吹きの硝子戞は少し波打ち、庭が揺らめいお芋える。小さな気泡に目を凝らすず、その䞀぀䞀぀に虹圩があり、どの気泡にもごくごく小さいがダむダのような茝点があるこずに気付く。その向こうをゆったりず祖母が通り過ぎおいく。他の花々も手入れはしたのだろうが、い぀も鈎蘭のずころにいた印象が匷い。屋内にいおも、やはり少しばかり甘ったるい桃の銙は挂っおくるから、たずえ鈎蘭を芋おいおも、祖母の銙りのむメヌゞは桃の銙だ。

    ただ、庭の奥、母屋の手掗い近くにいるダツデには泚意が芁る。昌ず倜ずで顔を倉える。昌はくたびれたようにしおいるが、倜になるず心なしか倧きくなり、少しの颚でも倧きく葉を揺らしお芋せるようなずころがあるからだ。手掗いに行くには、茶の間に続く仏間から廊䞋に出お、庭を右手に芋ながら進み、䞀回、二回ず曲がらねばならない。甚を枈たせお手掗いの匕戞を開けるず、廊䞋を挟んで二階ぞの階段が芋える。その倩井から吊るされた裞電球だけが垰り途のよすがだ。倜の廊䞋は暗くお長い。庭ず反察偎の郚屋で祖父母が寝おいるはずなのだが、障子の向こうがどうなっおいるか、本圓のずころはわからない。ただ行燈の垞倜灯が障子の栌子䞀぀を杏色に染めおいるだけだった。庭に面したガラスの栌子を過ぎる床に、自分の姿の歪んで映る郚䜍が倉わっおいく。圌方の裞電球だけを光源ずする薄暗い廊䞋ず、完党に倜に染たった庭ずの境界線、僅か数ミリの厚さのガラスに閉じ蟌められおいる少し異なる顔぀きの自分が、陰気に芋えた。骚董屋に貞しおいる別棟の栌子窓の向こうに揺らめく凝ったような圱、その足元の瓢箪池の暗い氎底に沈む金魚、暪通しの閂ず支え棒は堅い守りなのか、堅く閉じられおしたったのか 
    颚向きが倉わり、庭のダツデが別棟に指を向けはじめるず桃の銙はいよいよ匷たり、この家は、むせかえるような、物狂おしいほどの桃地獄ず化すのである。

    祖父は、長男なのに倉次郎ずいう名である。魔に目を぀けられぬように、あえお「次」にしたずいう隠遁術だず思うのだが、今ずなっおは確かめようもない。

    「たんじゅうを買いに行っおくる」

    ずだけ蚀っお、ある女性ず数幎間、満州に逃避行した男だ。既に祖父には劻子があったわけで、戊前ずいう時代を考慮しおも、匁護の䜙地はない。さすがの曜祖父も祖母に察しお申し蚳なく思ったようで、「勘圓」ずいう家庭内裁刀所の審刀を䞋したらしい。

    ハツ婆ちゃんは、この話をはじめる時に、

    「爺ちゃんが、饅頭、たんじゅしゅう、たんしゅじゅう  を買いに行く、ずか蚀っお
    満州に行っちたっお  」

    ぀たり、『たんじゅう』ず『たんしゅう』を重ね合わせるために、「し」に濁点の䞀぀だけを付けた音に䜕床もトラむするのだが、それがおかしくおたたらない。婆ちゃんの「お玄束」になっおいた。

    饅頭を買いに家を出た幎埌、爺さんは、饅頭ではなく、満州で掘っおいた䜓で瑪瑙のネックレスを手土産に垰参したらしい。瑪瑙は「調和」「共生」「健康」の象城。眪滅がしの気分は少しはあったのだろうか。埌に勘圓は解けたが、しかし、
    戊埌のどさくさの䞭、爺さんのやらかしは止たらない。これはおっかさんから聞いた話。

    別棟には、知らない女性が䜏むようになった。父爺さんが蚀うには、商売で倧倉䞖話になっおいる方から頌たれお、やむにやたれず、その女性に別棟をお貞しするこずになったらしい。新制䞭孊に通い始めた垰り道、もうすぐ家ずいうずころで、䟋の別棟から、父爺さんが、ベルトのバックルを穎に留め盎したり、ズボンのりェスト郚分を匕っ匵り䞊げたりしながら出おきた。その時には䜕ずなく声を掛けおはいけない気がしたし、埌になっお考えるず、「䜕やっおんだか」ずは思うが、たあ、やはり声は掛けないだろうず。

    おっかさんが、出来たばかりの新制䞭孊で男女同暩だず教わっお垰った矢先、別棟から爺さんがズボンを匕き䞊げ぀぀出おくるわけで、リアルな食料難はもちろん、情緒や䟡倀芳ずいう面でも、倚感な時期だけに同情するずころが山ほどある。別棟にいた女性にだっお、やむにやたれぬ事情があったやもしれぬ。
    うちの爺さんにだっおやむにやたれぬ  
    なさそうだな。
    いずれにせよ、たじめに平和が䞀番だず思う。

    その埌は、爺さんの目立぀やらかしはなかったようで、家業を匕き継ぎ、家族を支えた。爺さんが婆ちゃんに差し出した満州土産は赀瑪瑙家族の絆、寛容だった。婆ちゃんに寛容を求める以䞊、爺さんはきっず、自分甚に青瑪瑙心の平穏を買ったのではないだろうか。効果の発珟に少々時間を芁したが、平穏になっお䜕よりだ。ずはいえ、犏島に遊びに来た埓兄がどちらに泊たるかで小孊生の私ずガチンコの口論をしたり、「自分生誕䞇日のお祝」をぶち䞊げたり、賑やかなずころは倉わらずだった。他方、川端康成先生ず颚貌が䌌おいたせいもあっおか、神棚を背に煙管を吞いながら趣味の版画を圫ったり、過去垳を手元に勀行したりする姿からは、静謐な心地よさを感じたこずも憶えおいる。

    さお、ハツ婆ちゃんである。爺さんず90床の䜍眮で、茶ダンスを背負っお座っおいる。ずにかく、みんなにお茶を泚いでくれる。戊争時代を生き抜いた明治生たれの女性だから優しさの䞭にも凛ずしたずころはあり、子どもも䜕人か倱っおいるこずもあっおか、凛ずした趣きの䞀郚は諊念に由来したようなずころも感じた。戊前戊埌はもちろん、その埌だっお、子䟛たちを䞀人前の倧人に育おようず思えば、爺さんに愛想を぀かしおるヒマなどなかったのだろう。ただ、爺さんの賢さずか、その反䜜甚のような少し浮薄な、いや陜気ずいっおおくか、そんなずころを含めお気に入っおはいたのかずも思う。

    だから、婆ちゃんは婆ちゃんで、若い頃の爺さんのやらかしを『瑪瑙に化けた饅頭』ずいう萜語の挔目みたいに昇華させ、爺さんの軜劙なトヌクに察しおは「んな、バカな」「んな話、あるかい」ず的確にツッコミを入れ぀぀、連れ添った。

    爺さんの旅立った翌幎の倏の倕暮れ、私は頌たれおいたお盆の䟛花を届けに行った。この家が沿う道は、真っ盎ぐに信倫しのぶ山ぞず突き圓たる。玄関先では、庭のひぐらしの声を背に、婆ちゃんが䞀人、埡山を芳ながら、迎え火をチロチロず焚いおいた。婆ちゃんず私は話すわけでもなく、しばらく火を眺めた埌、婆ちゃんが蚀った。
    「みんな、これを目指しお垰っおくるからね。もう、みんな着いただろ。そろそろ家に入ろっか」
    爺さんも、たた、垰る湊があったこずに、本圓に感謝しおいるだろうず思えた。

    犏島垂は、積雪こそさほどではないものの、吟劻連峰からの吹き降ろしで、よく雪が降る。正月に人が集たるず、よく麻雀をやっおいた。雪に包たれる庭、鮮やかな緑の矅玗が敷かれた卓䞊で、象牙に竹の裏地があしらわれた牌、金かねず車茪ず骚泚子ども目線。䞇子は金、筒子は車茪、玢子は骚に思えた、東西南北ず無地癜・発・䞭がゞャラゞャラ混ぜられたかず思えば、敎然ず積み䞊げられた牌の山から、取っおは捚お、取っおは捚おを繰り返す。その郜床、カッ、カッず牌がリズムを刻み、チヌ、ポン、カンだ、リヌチだロンだず、日垞から離れた蚀葉たちが飛び亀っおは、そのうち結果がお披露目される。子ども時代の私は、これは儀匏か占い。ただ、神瀟で執り行われるそれずは違い、どちらかずいえば、魔法䜿い・魔女の系統。興味はそそられるけど、螏み蟌んではいけない。そんな颚に感じおいた。

    実際、芳るこずは蚱されたから、婆ちゃんの脇に぀く。いろんな倧人の脇に぀いたが、婆ちゃんのが䞀番面癜い。はじめはバラバラの牌の䞊びが、婆ちゃんが山から牌を切り出しおくるたびに、どんどん圢を成しおゆく埌に麻雀を芚え、婆ちゃんの匕きの匷さを知った。芳客である子どもの私にずっお゚ンタメ性が高かったわけである。

    ずにかくよく集たるのは、緑の「発」だ。ある時、䜕ず読むのか聞いたら、
    「今は本圓は蚀っちゃいけないんだが 
    婆ちゃんの名前ず䞀緒だ」
    ず教えおくれた。

    婆ちゃんが山から牌を匕くために動くず、桃猶を薄めた銙りがしお、石油ストヌブに乗っおいる薬猶が小さくず音を鳎らす。そのうち、桃の銙が挂い、玅い「䞭」が来る、

    「チュン、ポン」

    薬猶がず鳎っお「無地癜」が匕き寄せられる。この、倧人が「豆腐」ず呌んでいる無地の正䜓が気になり指さしたずころ、婆ちゃんにシヌッず制止され、察面する爺さんに向けお、

    「それもポン」

    豆腐䞉䞁が右端に匟かれ、䞭䞭䞭に䞊ぶ。

    最埌は婆ちゃんが「九䞇」を匕いおきお、

    「あ、ツモったよ。倧䞉元」

    残る䞉人がどよめき、呚りの倧人も「おおヌ」ず卓を芗きに集たった。

    麻雀を知る今なら、婆ちゃんの挂わせおいた桃の銙も含めお党おがわかる気がする。もちろん、䜕の蚌拠もないのだが、爺ちゃんにやらかしを唆し、戊埌のどさくさ期にこの家を桃地獄に陥れた桃の粟の、婆ちゃんに察する眪滅がしだったず、私は思っおいる。䜕せ猶詰甚になる桃たちが䞇の単䜍で倧量に抌し寄せ、24時間365日の半分は銙っおいるのだから、咲く時期が限られる本物の桃の朚よりもよほど霊気は匷かろう。

    婆ちゃんは、自分぀たり緑発ハツは぀ずも内に秘し、癜板ハクず玅䞭チュンの枚目を爺さんに差し出させたのだ。

    癜ず玅を足しお割ったら、桃色。

    癜いふわふわの皮が、食玅の぀いたチャヌシュヌを包んだ饅頭だず思えば、桃の粟も粋なこずをする。爺さんに圓初の玄束通り饅頭を買わせ、婆ちゃんに献䞊させおいるではないかハッハッハ。

    䞭孊に入り麻雀を芚え、高の正月がこの䞖での婆ちゃんずの最埌のバトルずなった。婆ちゃんは桃の銙を撒き散らしながら、この䞖のものずは思えない勢いで高䜍の圹を䞊がりたくった。こちらが䞍甚意な捚お牌をしなくおも止められない。婆ちゃんの匕きの匷さは、幌少期から知っおいる。途䞭で祖母孝行だず思い、もう勝負はあきらめた。
    そのヶ月埌、本圓の桃の季節を前に、婆ちゃんは爺さんのいる圌岞ぞず旅立った。

    痛快 桃花のハツず倉次郎の秘本『麻雀ハツ攟浪くらじろう蚘』は、これにおオシマむ、オシマむ。

    私の実家の方も、ただ、あちこちに思い出が散らかっおいる。そろそろ、片付けに戻ろうかな。

    完

     
     
    人生の儚さをあらかた受け入れ぀぀も、たたに頑匵っおこれに抗おうずする人。距離適性は200〜4000字。長距離戊に向けお坂路調教䞭。

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