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小説 茝望閃詩ダクシオン 第1ç« 

    プロロヌグ

    「本開」

    その声ず共に、䞀冊の曞が開かれる。
    叀より受け継がれおきた「閃詩の曞」。
    その力を身に纏い、ダクシオンは今日もたた、人々から考える力を奪おうずする闇に立ち向かう。

    「よし、ペヌゞを開こう。さぁ、来い」

    その姿からは、迷いや匱さを想像するこずができない。

    けれど、そうではない。
    圌には、読めなかった日々があった。
    信じきれなかった日々があった。
    そしお、
    炎の䞭で父を倱った倜があった。

    これは、埌にダクシオンず呌ばれる男が、
    父を倱い、
    はじめお自分の人生を手にするたでの物語である。

    第1章 読めない埌継者

    ここは、図曞通界。

    叀代から、人ず知を守る䜿呜を垯びた䞀族が䜏たう隠れ里である。

    里を守る霧は深く、倖界の喧隒はここたでは届かない。朝になれば、どの家からも玙をめくる音がする。子どもは遊びの合間にも本に芪しみ、倧人はそれを呌吞のように受け継いでゆく。

    文字を知るこず。
    知恵を継ぐこず。

    この里では、それは孊びである前に、生きる姿勢そのものだった。

    マモルが生を受けた゚むチ䞀族も、その䞀぀である。

    玙の匂いは、昔から嫌いではなかった。
    むしろ萜ち着くはずだった。也いた頁の匂いも、指先に䌝わるわずかなざら぀きも、この家に生たれた者なら誰もが芪しんで育぀ものだ。
    けれど、マモルにずっお本は、い぀からか静かな敗北の塊になっおいた。

    机の䞊に開いた分厚い䞀冊を、圌は黙っお芋぀めた。

    䞀頁目。読める。
    二頁目。意味も远える。
    䞉頁目に入るころには、もう駄目だった。

    瞌の裏に、ぬるい闇が萜ちおくる。文字が氎に沈んだ虫のように揺れお、行ず行のあいだが急に遠くなる。マモルは息を止めた。ただいける。今床こそ、最埌たで。そう思うのに、指先からじわじわず力が抜けおいく。

    ――たたか。

    その二文字を、声には出さなかった。
    出しおしたえば、本圓に自分が“そういう人間”になっおしたう気がしたからだ。

    工倫もしおきた。
    机ではなく床に本を眮き、逃げ堎をなくしおみたこずもある。
    あぐらではなく正座をしお、眠気より先に足の痺れが来るようにもした。
    冷たい氎で顔を掗い、声に出しお読んだ倜もあった。
    父の真䌌をしお背筋をぎんず䌞ばし、指で䞀行ず぀なぞりながら読んでみたこずもある。

    それでも、結果はい぀も同じだった。
    䞉頁目か、四頁目。良くお五頁目。
    そこたで行くず、意識がすうっず薄れおいく。たるで自分だけ、文字の向こう偎ぞ進むこずを赊されおいないみたいだった。

    気づけば、本の䞊に額を䌏せおいた。
    頬に玙の冷たさが残っおいる。悔しさで喉の奥が熱くなった。
    誰に芋られたわけでもないのに、ひどく惚めだった。

    ふず、我に返る。
    廊䞋の向こうで、誰かが頁をめくる音がしたからだ。

    この家では、それは呌吞のような音だった。
    けれどマモルには、ずきどき自分を責める音に聞こえた。
    読め。継げ。止たるな。
    そんな声が、玙の擊れるかすかな響きに混じっおいる気がした。

    マモルは唇を匕き結び、もう䞀床だけ本に向き盎った。
    䞉頁目。頭から読み盎す。
    四頁目。ただ、意味も远えおいる。今床こそ、ず胞の䞭で぀ぶやく。
    五頁目は、芖界になかった。

    足音が近づいおくる。
    その音で、マモルははっず目を芚たした。

    芏則正しく、無駄がない。けれど、決しお冷たくはない歩き方。
    父だ。

    本圓なら、それだけで胞が匟むはずだった。
    父が家にいる日は少ない。食卓で向かい合っお話す時間も、颚呂堎で湯気越しに笑う時間も、マモルにずっおは䜕ものにも代えがたかった。
    父は若くしお“閃詩の曞”に遞ばれ、「茝望閃詩ダクシオン」の名を継いだ人だ。里でもその名を知らぬ者はいない。ここ最近は任務が増え、家を空ける日も倚かった。だからこそ、こうしお家にいる日の嬉しさは倧きい。

    けれど――本を前にしおいるこの時間だけは、別だった。

    嬉しい、ずいう気持ちのすぐ隣で、芋぀かりたくない、ずいう思いが小さく身をすくめる。

    「マモル、入るぞ」

    襖が静かに開いた。
    父、マナブが郚屋に入っおくる。

    「お父さん  どうしたの」

    顔を䞊げた瞬間、父の芖線がたっすぐに向けられる。そのずき初めお、自分の口元に䞀筋のぬくいものが䌝っおいるこずに気づいた。どうやら眠っおいるあいだに、涙が滲んでいたらしい。

    「たた、寝おしたったのか」

    「えっ  あ、うん。ごめんなさい  」

    叱られる、ずたでは思っおいなかった。
    けれど、謝らずにはいられなかった。

    父は少し目を现め、それから静かに銖を振った。

    「謝らなくおいい。少しず぀読めるようになるさ」

    その声音は、い぀もず同じだった。
    責める響きはひずかけらもない。焊らせもしない。ただ、たっすぐに励たそうずしおくれおいるのが分かる。

    マモルは、その優しさが苊しかった。

    本が読めない。
    それは、この里に生たれた者にずっお、あたりにも臎呜的な欠けだった。けれど父は、䞀床たりずもそれを責めたこずがない。責めるどころか、い぀だっお倧䞈倫だず蚀っおくれる。

    慰めなのか。
    信頌なのか。
    それずも、本圓はもう諊められおいるのか。

    幌いマモルには、その真意が分からない。
    分からないたた、優しさだけが胞の奥ぞしみこんで、薄い圱になっお積もっおいく。

    「倧䞈倫だ。心配ない」

    本圓に、そうなのだろうか。

    その蚀葉を聞くたびに、マモルの䞭では別の声が小さく囁いた。倧䞈倫なはずがない。
    読めない者が、どうやっお継ぐのだ。
    どうやっお、この䞀族の者ずしお生きおいくのだ。


    はじめのうち、その蚀葉は救いだった。
    少しず぀でいい。倧䞈倫だ。心配ない。
    そう蚀っおもらえるたび、きっず自分もい぀かは远い぀けるのだず信じようずした。

    けれど季節が巡るたび、本は厚くなり、呚囲の歩みもたた先ぞ。
    少幎だった時間は、い぀の間にか遠ざかっおいた。
    それでも、“読曞の儀”のたびに亀わされる蚀葉だけは、䜕ひず぀倉わらなかった。

    「倧䞈倫だ。心配ない」
    「ありがずう、父さん」

    そのやり取りは、二十歳を過ぎおもなお続いおいた。

    本を閉じた指先だけが、やけに熱かった。
    読めないのではない。
    読めない自分が、赊せなかった。

    今でも、父はこうしおマモルの向かいに座る。

    子どもの頃ず同じだった。
    急かしもせず、責めもせず、ただ静かに本の前ぞ腰を䞋ろす。その仕草には、昔ず倉わらぬ萜ち着きがある。
    倉わっおしたったのは、たぶん自分のほうだず、マモルは思った。

    父は、閉じられた本にしばし目を萜ずした。
    それから、マモルの顔を芋る。

    「少しだけ、䞀緒にやるか」

    その䞀蚀に、胞の奥がわずかに揺れた。

    昔なら、玠盎に頷けた。
    父が読んでくれる。父が芋おいおくれる。ただそれだけで、自分もい぀かは同じ堎所ぞ蟿り着ける気がした。

    だが今は違う。

    芋れば芋るほど、分かっおしたう。父にずっおは呌吞のようなこずが、自分にはできないのだず。届かないものの茪郭ばかりが、歳を重ねるごずにはっきりしおいった。

    「  うん」

    短く答えるず、父はゆっくりず本を開いた。

    その手぀きには、ひず぀の無駄もなかった。玙の端を傷めるこずなく、頁の重みを知っおいる手だった。乱暎にめくるこずも、慎重すぎお止たるこずもない。本が、自ら父の指先を受け入れおいるようにすら芋える。

    「しっかり読もうずしなくおいい。たず、意味を远うんだ」

    父の指が、最初の䞀行にそっず觊れた。
    爪先ではなく、指の腹で。急がず、止たりすぎず、文字の流れそのものをなぞるように。


    「䞀蚀䞀句、文字を捕たえない。向こうから目に飛び蟌んでくる来るものを、迎えお捉える。」

    マモルは黙っお頷いた。

    蚀っおいるこずは分かる。
    分かるのに、できない。

    父の指先を远う。
    䞀行目。ただ倧䞈倫だ。
    二行目。意味も頭に入る。
    䞉行目に差しかかったあたりで、もう駄目だった。

    瞌の裏に、あのぬるい闇がにじみ寄っおくる。
    芖界の端から、文字の茪郭がゆっくりずほどけおいく。息を敎えようずするほど、眠気は深くなる。

    たずい、ず思った。

    せめお今日だけは。
    せめお父が芋おいる前だけは。そう願うほど、肩に力が入る。

    「  力が入っおいるな」

    䞍意に蚀われお、マモルは小さく肩を震わせた。

    芋抜かれおいた。
    文字ではなく、自分のほうを。

    父は咎めるでもなく、少しだけ困ったように笑った。

    「倧䞈倫だ。読めないんじゃない。急ぎすぎおいるだけかもしれない。」

    その蚀葉を聞いた瞬間、胞の奥に䜕かが沈んだ。

    違う。
    急いでいるんじゃない。眮いおいかれたくないだけだ。

    けれど、それを口にすれば、長いあいだ胞の内に抌し蟌めおきたものが、䞀気に厩れおしたいそうだった。
    だからマモルは、ただ本を芋぀めたたた、唇を閉ざすしかなかった。

     
     
    孊校・図曞通で、子どもが「本を読みたくなる」読曞掻動を䌁画・実践しおいる。 専門は、読み聞かせ埌の掻動、絵本の授業化、孊校図曞通掻甚、読曞むベント蚭蚈。 オリゞナルヒヌロヌ「本のヒヌロヌ ダクシオン」を通しお、読曞を“動き出す時間”に倉える取り組みを続けおいる。

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