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LUUPで天下りを批判している人は本質を知らない|制度派組織論

    LUUPを巡る議論では、必ずと言っていいほど「天下り」という言葉が登場する。

    元警察幹部が経営に参画したことをもって、「行政との癒着だ」「既得権益だ」と批判する声は少なくない。しかし、このような見方はあまりにも表層的であり、組織というものがどのように巨大な制度の中で生き残るのかという視点が完全に欠落している。

    LUUPが本当に行ったことは、単なる天下りではない。

    制度派組織論から見れば、極めて合理的で、計算された人事戦略なのである。

    多くの人は企業を「商品を作って売る組織」と考える。

    しかし、社会インフラへ成長する企業は違う。

    彼らが相手にしているのは消費者だけではない。

    警察、国土交通省、自治体、保険会社、メディア、住民、議会、道路管理者──こうした数え切れないステークホルダーとの調整を同時に行わなければならない。

    つまり彼らが戦っている相手は市場ではない。制度そのものである。

    制度と戦って勝てる企業は存在しない。

    制度は攻略するものではなく、一体化するものである。

    ここで重要なのが、「全員を利害関係者にする」という発想だ。

    元警察官僚を迎え入れるということは、警察に便宜を図ってもらうことが本質ではない。

    警察という巨大組織の論理、文化、意思決定、現場感覚を組織内部へ取り込み、自社の意思決定に組み込むことである。

    逆方向から見れば、その人物もまた会社の成功に責任を持つ立場になる。

    つまり、

    「行政」と「企業」

    という対立構造を、

    「行政経験者を含む一つの組織」

    へと変換しているのである。

    これは制度派組織論でいう境界の再設計であり、企業と制度との境界面を曖昧にする戦略でもある。

    新しい交通手段は、技術だけでは普及しない。

    どれほど優れた車両を作っても、

    道路交通法

    警察運用

    自治体条例

    安全基準

    保険制度

    社会受容性

    これら全てが噛み合わなければ普及は不可能である。

    だからこそLUUPは、「キックボード会社」ではなく、「都市交通制度を実装する会社」と考えるべきなのである。

    LUUPを批判しているほとんどの人は、都市交通としてのLUUPとして捉えていないように見受けられる。

    この構図は航空産業を見るとさらに理解しやすい。

    私はここに、MRJの失敗とHondaJetの成功という非常に象徴的なアイソモーフィズムを見る。

    MRJが苦戦した理由は一つではない。

    設計変更、プロジェクト管理、サプライチェーン、認証戦略など、多数の要因が複合的に存在したことは事実である。

    しかし、その中でも見落としてはならないのが、「制度との向き合い方」だった。

    航空機は飛べれば商品になるわけではない。

    FAAの認証を取得して初めて商品になる。

    つまり市場より先に存在するのは制度なのである。

    一方、HondaJetは開発初期からFAAとの認証プロセスを強く意識した体制を構築し、認証可能性を設計思想そのものへ組み込んでいった。

    具体的には、HondaJetはFAAのスタッフとOBを自社の開発初期段階から招き入れていたのだった。

    ここで重要なのは、「後から認証を受ける」のではないということだ。

    最初から制度を設計に内在化していたのである。

    この違いは極めて大きい。

    LUUPもまた同じ構造を持っている。

    新しいモビリティを社会へ浸透させるためには、

    「制度を説得する」

    のでは遅い。

    「制度を最初から組織の中へ取り込む」

    のである。

    この発想は経営学では決して珍しくない。

    製薬会社には元規制当局の人材がいる。

    金融機関には元金融庁や中央銀行出身者がいる。

    防衛産業には元防衛省幹部がいる。

    航空産業には元FAAや元EASA関係者がいる。

    半導体企業には元政府研究機関の研究者がいる。

    なぜか。

    彼らが欲しいのはコネではない。

    制度知なのである。

    制度の中で何が重要視され、どこにリスクがあり、どのような判断基準で認可や規制が動くのか。

    それを理解する人材は、企業にとって極めて高い価値を持つ。

    だから採用する。

    これは資本主義において自然な経営判断である。

    もちろん、この戦略には負の側面も存在する。

    行政との距離が近くなりすぎれば、公平性への疑念は生まれる。

    利益相反の問題も起こり得る。

    競争環境が歪められる危険もある。

    だからこそ透明性やガバナンスが必要なのであって、そこは厳しく監視されるべきだろう。

    しかし、それと「元警察官を採用したから悪だ」という議論は別問題である。

    制度と一体化する戦略そのものを否定するなら、規制産業は成立しない。

    重要なのは、その一体化が公正なルールの下で行われているかであって、一体化そのものではない。

    私はLUUPへの批判を見ていて、多くの人が「天下り」というラベルだけを見て思考停止しているように感じる。

    しかし、組織論の視点から見れば、その人事の本質はもっと深い。

    LUUPが採用したのは警察OBではない。

    彼らが本当に採用したのは、「制度そのもの」なのである。

    企業が社会インフラへ成長する過程では、技術力だけでは不十分だ。

    市場を理解するだけでも足りない。

    制度を理解し、制度を組織へ取り込み、制度と共進化していく企業だけが、最終的に社会へ定着する。

    LUUPの人事は、そのことを極めてよく理解した制度設計であり、「天下り」という一言で片付けられるほど単純な話ではない。

    正直に言って、私はLUUPに対してこの制度派組織論をアクションもしくは進言した人は相当に冴えていると思う。

     
     
    The View from Nowhere.─どこでもないところからの眺め。

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