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全力中年

    夏のように空が晴れ渡っていた6月のこと。
    バイト先へと通じる千葉公園の緑も輝いていました。

    そんな、誰もが羽根を伸ばしてしまいたくなるような幸せなサンディに、私は見てしまいました。

    それは公園内の池で起こった珍事。
    そこでは光溢れる日曜の昼間を満喫しようと老若男女さまざまな人々がボートに乗って水面を楽しんでいました。
    鯉に餌をやる親子、代わりばんこにボートを漕ぐカップル、ゆっくりと漂い景色を嗜む老紳士。

    そんな中、一人だけ異才を放っている者が。

    その者は、一心不乱でした。
    真っすぐな男でした。
    誰に媚びるでもなく、それでいてあたたかくて、どこまでも情熱的な男でした。

    具体的に言えば、ガチに体をくねらせて超スピードでボートを漕いでいました。

    いや、もうあれはボートじゃなくてレガッタの域に達しているくらいでした。
    もはやスポーツでした。

    そして彼のその全力は、周囲に放つ大規模な波紋と飛散する水しぶきという形を以て、近隣の人々に確かな迷惑を与えていました。

    私が通過するわずかな時間中にも彼は二往復目に入っており、そのおじさんはシャトルラン形式でボートを扱っているのだと分かり、この冴え渡る晴れ間の下、うすら寒い恐怖を覚えました。

    しかしこの中年の全力な奇行、初めてではない気がするので不思議です。
    デジャヴュというやつでしょうか。
    しかし、こんな超速レガッタを見るのは初めてです。そう何度もあってたまるかって位のシロモノです。

    となると何でしょうか。

    水、波紋、エネルギー、迷惑

    私のなかの絡まり合った記憶という名の糸たちは、具体的な名称を与えられることで結び目を緩めていき、胸の深奥にあった思い出を呼び覚まします。

    「あ、父さんだ」

    そう、父親のアクション、それだったのです。

    我が父は地元じゃちょっとは名の知れたランナーで、もう走りまくっています。
    それはもう全力で。

    そんな父が恨んで止まないもの、それは梅雨。ほら、走れないじゃない。

    でも彼は鍛えるのをやめない。だからそんな時、父は近所の市民プールに向かうのです。
    そこで父はトレーニングのために全力バタフライを始めるのです。自分の体を極限にまで追い込む修練を行うのです。

    そんな父のエネルギーは周囲への水しぶきと波紋という形で近隣へと迷惑を掛けます。ここで言う近隣の人とは、そのプールの先住民であるところの水中ウォーキングオバサンたちです。

    数を伴ったオバサンたちの苦情に、父は善戦虚しく水中での翼をもがれバタフライを封じられてしまいます。

    それでも自らを鍛えることをやめようとしない父は、今度はサウナに入ってシャドウボクシングを始めるのでした――――。

    キキッと自転車を止めてもう一度レガッタおじさんを見やります。
    いまだにおじさんは全力で、あいかわらず周囲に迷惑を振りまいていました。
    エサをあげている親子もあれじゃあ魚も寄ってこないでしょう。

    あぁ、そうか。
    似ているんだ。
    そんな父と。
    だから、こんなにも、胸が痛いんだ。

    時を越え、場所を変えて、二人の中年が教えてくれた全力のメッセージ。
    それはあきらめない心、負けない強さ、楽しむ勇気

    遠く故郷に暮らす父を心配に思いながら、それを思い出させてくれた目の前の中年も心配しながら、私は自転車をまた走らせました。

    願わくは、誰かあの全力の中年を叱ってくださることを。

    イイネ! コメント


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    社内でのあだ名:可能性の獣

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