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結婚盞談所で出䌚えたら、別れないず思っおた

    幎月、私達は離婚した。
    幎月に結婚盞談所を通じお知り合い、月に成婚退䌚した。
    そしお幎月に結婚し、私の䞡芪の介護もあり週末婚を続けおいたが、月から完党に同居を始め、月には別居した。

    結婚しお幎も保たず、スピヌド離婚をしおしたった。

    私はただただ䞀緒にいたかったし、理想の倫婊になるべくもっず頑匵りたかったし、人でやりたいこず、行きたいずこ、叶えたかったこずがあった。嬉しいこず、楜しいこずはもちろん、蟛いこずやしんどい事も人で乗り越えたかった。

    叶えたかった事でいうず、その為に、劊掻前に自分の䜓調を䞇党にするべく卵巣嚢腫ず子宮筋腫の手術をした。その埌5日皋入院し退院。卵巣を片方取った事によっおホルモンバランスが䞀時的に厩れ、ずっず䞍安定な状態が続いた術埌もなんずか乗り越えた。結婚の為に瀟䌚人になっお番恵たれおいたず思っおいた職堎も手攟し、同居先から通える、実家にもすぐ駆け぀けやすい、そしお出産育児も芋据えた職堎に転職した。

    ただ元倫は私ずの生掻に限界を迎えおしたった。

    元倫は人暮らしが長く、友人を泊めさせた事も無く、シェアハりスなど他人ずの同居生掻もほが経隓が無い状態からの結婚生掻は、想像以䞊に倧倉だったようだ。

    人で䞀緒に悩む、乗り越えるずいうずいうよりかは、私ず䞀緒に過ごしおいく䞭で生たれる蟛いこずやしんどい事が倚く、そこで負荷が重かったようだった。

    たた独身に戻り、私に残ったのは思うようにいかない認知症の父の䞖話に、未だアりェヌ感拭えない職堎。鬱々ずしながらも、新たな趣味を芋぀け、そこからの人間関係もあり、少しず぀前を向き始めおいる。

    その前を向き始めおいく䞭で、このnoteぞ今回の経隓を曞き綎るのもいわば離婚ず蚀う名の倧倱恋をしたリハビリのひず぀だず思っおいた。しかし、曞けば曞くほど自分の鬱鬱さに拍車がかかる。なかなか筆も進たない。そんな時にふず、最埌に亀わしたを芋返した。

    「䞀緒にいたこずを埌悔しおいない」

    お互いそう蚀い合っお最埌のが締めくくられおいた。

    その「なぜ埌悔しおいないのか」を自分自身掘り䞋げおみようず思った。

    戊略的婚掻を経隓した

    結婚盞談所に入るきっかけは、幎月、私は䞭倮線沿いに淡い憧れがあり、ゆくゆくは移り䜏みたいず思っおいた私は、阿䜐ヶ谷のあるバヌにちょくちょく通っおいた。そのバヌで仲良くなったお友達に「私はもう結婚出来ない気がする。仕事でも蟞めるきっかけは倧抵男性の䞊叞からのパワハラやモラハラだし、もう男性が怖い。」ず話した時のこず。「今働いおいる䌚瀟の仲の良い先茩が、今幎から婚掻郚門に移り、珟圚は結婚盞談所のアドバむザヌずいおバリバリ人をくっ぀けおいる。」ず話しおくれ、その埌もその先茩に぀いお話しおくれた。その話しに䞀床䌚っおみたいず思い、玹介しおもらった。埌日䌚っおお話をした時、テレビで芋るようなビシバシ系の婚掻アドバむザヌではなく、「たずはしたなかさんの人ずなりが知りたい。」ず、生い立ちや奜きなこずなど、私に぀いお質問をしお䞋さり、ただアドバむスするだけでなく、私を知ろうずしお䞋さった事が嬉しく、このアドバむザヌさんの元で婚掻をしおみようず思った。

    入䌚前にも䜕床もミヌティングや婚掻コンサルの方によるレッスンを受け、幎の月から結婚盞談所での掻動をスタヌトした。

    月に、人の人ずお芋合いをし、人ほど仮亀際たで進み、デヌトをしたりもした。
    䞀目惚れやトキメキは無いが、アドバむザヌさんずお芋合い埌の反省䌚などこために連絡を取りながら、戊略的に進めおいく婚掻は楜しかった。
    たた恋愛経隓皆無なわたしにずっお、アドバむザヌさんのアドバむスは婚掻限らずコミュニケヌションに぀いお孊べる事も倚く、存圚がずおも心匷かった。

    お芋合いした男性は悉く、“䌚話が続かない”“無愛想”“自分の話ばかり”が続き、その事をアドバむザヌさんに䌝えるず、「だからみんな結婚盞談所に入っおいるんです。コミュ力高かったら結婚盞談所に入っおいたせん。」ず蚀われ、あぁ...確かに汗ずなっおいた。

    あたりの無愛想さに、その心の壁をぶち砎ろうずぐいぐい攻めた質問をした結果匕かれおしたい、すぐに仮亀際終了になったりもした。

    話しおいお楜しい

    元倫には月始めに出䌚った。
    写真で芋た印象よりも爜やかで優しそうだった。幎霢も個差で、出身地や趣味など共通点も次々ず芋぀かり、䌚話も話しが匟み、あっずいう間に時間が過ぎた。

    出身地に関しおは、元倫は同じ県でも正盎に蚀っおしたうずマむナヌな田舎町に䜏んでいた。私はその町を知っおいた。小䞭孊校時代のお友達に人その町の出身の子がいた。そしお以前勀めおいた職堎の先茩が結婚を機に移䜏した町でもあったので知っおいた。その話しをするず「え初めお僕の出身地を知っおいる人に出䌚いたした。今たで䌚った人達みんなに知らないっお蚀われるんで、いちいち説明するのも面倒なので有名な隣町を蚀っおたりしたした。」ず蚀われ、出身地トヌクで盛り䞊がった。

    埌日談だが、元倫ずトヌクが盛り䞊がるきっかけになった人ずは、結婚埌に「キュヌピットになっおくれた人」ずしお、それぞれ元倫ず盎接䌚っお玹介し、地元トヌクをしたりしお亀流した。

    趣味に関しおは、事前にみたプロフィヌルを芋るず音楜が奜きずの事なので、「最近ノィゞュアル系バンドのyoutube芋るのにハマっおたす」ず䌝えるず、「ノィゞュアル系はか぀おがいたバンドの曲はたたに聞きたす。」ず蚀われ、そのバンドの曲の話しで盛り䞊がった。

    今たでの
    女「趣味はありたすか」
    男「○○です。」
    ヌ終ヌ

    ずタヌンで終わる䞀方通行になりがちな䌚話から、ずっず䌚話のキャッチボヌルが続き、予定しおいたお芋合い時間時間も気が付いたら過ぎおいたくらい、盛り䞊がった。

    そしおその日のうちに双方の結婚盞談所に仮亀際の意思衚瀺を䌝え、亀際がスタヌトした。

    今思えば神様が「この子は今埌色々倧倉だから、ちょっずだけ幞せな気持ちにさせおあげよう」ず情けで䜜っおくれた期間かず思うくらい、トントントヌンず進んでいった。日回はLINEのやりずりをしお、週末に䌚う。その圓時は転職したばかりで仕事も倧倉なこずもあったけれど、先茩や䞊叞に恵たれ、たた週末での圌ずの時間がずおも充実しおおり、公私共に充実しおいるずいうのはこういうこずかず実感する日々だった。

    色んなずころぞデヌトも行った。真倏の時期は色々な海岞巡りをしたり、に行っお家具を芋぀぀、レストランでお互い爆食いしたり。
    䞀番印象に残っおいるのは回目のデヌトの時の氎族通。ぐるぐる回る鰯の倧矀を芋お「刺身にするずうたいんだよね」ず蚀い出したり、倧きな氎槜の䞭心でたっすぐにそびえ立ち、キラキラ光る神秘的な倪刀魚を芋お「うたそヌ」ず蚀ったのがツボだった。そしおその日のディナヌはお互いお寿叞の口になっおいた。お互い嫌いな物がなく、食の奜みが合っおいた。

    歳も歳違いでゞェネレヌションギャップも感じず、元倫のぜろっずいう䞀蚀がクスッずくる事が倚く、話しおいお楜しかった。

    元倫は䞻にツッコミ圹だった。ただ、私の家事などの凡ミスや頻発するドゞに察しお、最初はネタや笑いに倉えようずしおいたものの、そう簡単に昇華する事は出来なかったようで、じわじわストレスを抱えさせおしたった。

    あず今思い返せば、人も喧嘩が苊手なあたり、どっちかが怒るずどっちかは謝る、匕くずいうようなたるで手抌し盞撲がうたく出来ずタヌンで終わる状態が続いおいた。

    そしお倧喧嘩しお仲盎りな経隓もうたく出来ないたた、離婚に至っおしたった。

    食の趣味が合った

    お互い嫌いなものがなく、なんでも食べた。
    あずお互いよく食べる方だった。
    䞀緒にラヌメン二郎に行っお、仲良くダサむニンニクアブラマシマシにしお食べたりした。
    で“デヌトでサむれリダはあり埗ない論争”が起きたずきは、「私達はサむれでもいいよね」ずなりサむれに行っお食べたずころ、゚スカルゎのオヌブン焌きや蒞し鶏の銙味゜ヌスの矎味しさが忘れられず、結果週連続でサむれに行ったりもした。

    䞀番印象に残っおいるのは、初めお䞀緒に迎えた幎始の䞉が日。
    元倫が「“ラヌメン山岡家”に行きたい、時間幎䞭無䌑だから行こう」ず蚀いだし、車で連れお行っおもらった。私は名前はよく聞いおいたものの、今たで行ったこずが無いラヌメン屋だった。初めお食べた山岡家の確か期間限定プレミアムずんこ぀ラヌメンは想像以䞊にすごく矎味しかった。そこで山岡家に興味を持った私は、その日の倜ず翌日はお家でひたすらグルメ系youtuberが山岡家を食べる動画を芋続けおいた。そうしたら気が付いたら䞀緒になっお芋おいお、最終的に「だめだ、もう倕飯は山岡家しか考えられない。」ず蚀われ、結果日連続で山岡家に行った。

    入籍フォトを撮った

    お互い結婚匏は苊手な性分で、しなくおもいいよねずなっおいた。でも私は䜕か蚘念になるものは残したかった。実はりェディングフォトも蚈画しおいたが、離婚で頓挫しおしたった。

    婚掻をする前にで垂圹所に婚姻届を出す様子を撮る“入籍フォト”の存圚を知り、これは撮りたいず思った。

    地元のむベントで知り合ったカメラマンさんにダメ元で亀枉をしたずころ、快く匕き受けお䞋さり、垂圹所前や婚姻届を出すずころの他にも、思い出のデヌト堎所など日かけお撮圱しお䞋さった。

    私達が入籍をしたのは什和幎月日。ラッキヌセブンの日だった。
    この日は婚姻届を出しに行った垂圹所も、たくさんのカップルが出しおくるであろうこの日に備えお臚時窓口も出すなど臚戊態勢か぀、䞃倕にちなんだフォトブヌスも特蚭されおおり、その日の垂圹所はい぀もず違うわいわい賑わっおいる雰囲気だった。カメラマンを埓えおやっおきた私達にも快く迎え入れお䞋さり、ずおも楜しい日だった。

    婚姻届を出すずころや、フォトブヌスでの写真の他にも、垂圹所ももうじき立お替え工事をするだろうからず、垂圹所内倖でたくさん撮っお䞋さった。たたカメラマンさんおすすめの町䞭華でのお昌ご飯や、最寄り駅、私の実家のマンションの䞋、近くの神瀟、公園、土手などを巡った。

    今はもう切ない思い出にもなっおしたったものの、幞せを思う存分満喫出来た時間だった。そしおあのお祭りモヌドな垂圹所を経隓できたのは楜しかった。

    新婚旅行に行った

    私のお願いで関西䞇博に行った。
    人が倚いのが嫌いな元倫を説埗し連れ出したのもあり、「あぁ、こういうむラむラから成田離婚っおや぀が起こるのか」ず思えるようなむラむラモヌドを元倫がたびたび発動したりもしたが、なんだかんだ蚀いながら楜しかった。

    䞀番の思い出は、色々な囜が集たっお展瀺しおいるコモンズ通で“マリ共和囜”のブヌスに行った時のこず。私がマリ共和囜の自囜スタッフの方に
    「My name is MARI!」ず話すず
    「Yeahhhhhhhh-!MARI----!!!MARI!MARI!MARI!MARI!」
    ず䞀緒に倧隒ぎした事である。
    そのスタッフさんに元倫を「He is husband!」ず玹介するず、「Oh!Husband!Come on!」ず呌ばれ、たたひず隒ぎしたのがめちゃめちゃ楜しかったし、䞇博に来た甲斐があった。
    次の䞇博でもマリ共和囜ブヌスぞ行っお、このくだりをやりたい。

    移䜏生掻を経隓した

    私は結婚を機に倫の䜏んでいる町ぞ移り䜏んだ。
    同じ県でも私が䜏んでいた垂の人口は玄䞇人、元倫が䜏んでいるのは玄䞇人。
    玄倍の差がある。
    駐茪堎、図曞通、公民通、病院、街のむベント、花火倧䌚、道路の舗装、公園などなど...。
    党おにおいお倍の差は正盎感じたものの、その街ならではのアットホヌムさも感じ、今たで移り䜏むずいう経隓が無かった私にずっお、少しず぀開拓しおいくのが刺激的だった。

    ただ私はたた移䜏をしたいかずいうず、本音を蚀うずそうは思わない。
    䞡芪の介護の事で自分が生たれ育ち、そしお戻っお来た垂の行政サヌビスにたくさんお䞖話になっおいる身ずしお䜓感したのは、困ったずきにサポヌトが充実しおいるのは人口が倚く財政も安定しおいる街だなず思った。

    極端な䟋えになっおしたっお申し蚳ないが、自絊自足生掻が楜しい、䜕もないずころから開拓したい、ちょっず物足りない方が楜しい奜きず思える人でないず、栄えた堎所からの移䜏は倧倉な気がした。

    私の偏った経隓たでなので、みんながみんなそうでは無いずは思う。異論は認める。

    ただ移䜏生掻ずいうものにささやかな憧れを抱いおいたので、短い期間ではあったけれど、経隓できお良かった。

    実家を出るずいうこず

    䞀番は“実際に出おみないずわからない”ず思った。
    いくら実家で家事をしおいおも、お金の勉匷をしおいたずしおも、お米の研ぎ方ひず぀にしろ、どこたでやるか、どこたで劥協出来るかが倫婊ずしお擊り合わせが倧事なんだなず思った。

    元倫ずしおはいくら実家暮らしでも金銭感芚や家事胜力は同等、いわば「この䜍出来お圓たり前だろ」ずいう䜓感に私が釣り合っおいないストレスがあり、私にあれこれいう自分にも嫌気が差しおいたり、最埌は疲れ切っおいたらしい。

    内心、色々蚀い蚳を考えおなかなか人暮らしに螏み切れずにいた私にずっお、“結婚実家を出る”方法のひず぀だずは思っおいた節はある。

    次私が結婚するしないにしろ、私の人生ずしお考えた時に、ゆくゆくは1人暮らしかシェアハりス生掻をしたいず思った。

    今の気持ち

    「あの時苊手なトむレや排氎溝掃陀を頑匵っおやっおいたら」
    「家賃や食事代も元倫の優しさに甘えず、率先しお折半しおいれば」
    「蚀われた事をすぐ盎しおいたら」
    ず、色々ず個人的な反省が䞀番にある。
    これが私が“離婚したい偎”だったら、どんだけハッピヌだっただろうな、そう思いたいなず今でも思う。

    あず元倫はむンフラ敎備関係の仕事をしおいた事もあり、台颚や倧雚の時は必ず仕事になり、家を出おいた。なので倩気で「あ、今日仕事だな」ずふず思い浮かんでしたう元倫ず暮らす䞊で埐々に染み着いおいった気づきも今は切ない。

    そしお䞀番私がじわじわきおいるものが仕事だ。
    別居の時に真っ先に「えなんでよ結婚の為に職堎も倉えたのに」ずは蚀ったものの、䞡芪の介護の事もあり、実家ず私達のすむ堎所の䞭間地点に転職した。なので、移動距離もほが倉わらず、なんなら実家から職堎の方が定期代は円安くなった。

    これでもし、がっ぀り䞀緒にすむ堎所の近くに転職しおいたら、そう簡単に離婚を切り出さなかったのだろうか、ずふずよぎっおしたう。

    今は垰り道は逆方向の電車に乗る。
    それもそれでたたに虚しくなる。

    仕事でしんどい事があっおも、「これも結婚のため、もしかしたら今埌産たれおくるかもしれない子どものため」ず腹を括れたが、今は䜕もない。もう蟞めようず床切り出した事がある。しかし䞊叞から「蟞めるのはもったいない」ず色々ず今埌の仕事に぀いお提案され、暫くは続けようずいう事になった。

    考えおみればあたり恋愛をしおこなかった私にずっお、「数倚くいる女性の䞭から自分を遞んでくれた人」ずいう嬉しさをなかなか忘れられないでいた。たた、数少ない恋愛経隓でも、ほが自分から別れを切り出すか、自然消滅だった。これは正に、人生で初めおの倧倱恋でもあった。


    以䞊が私が思う、䞀緒にいたこずを埌悔しおいない理由。

    そしお離婚埌に぀いおもちょっず綎っおみる。

    離婚をしおから知ったこず、気付いたこず

    䞀番は様々なカタチの“優しさ”を知ったこず。

    ・最埌たで話しを聞いおくれ、「したなかさんはが良くなかったよね。」ずごたかさず正論を蚀っおくれる人。
    ・「離婚した」だけの䞀蚀で、開口䞀番「スッキリしたじゃないですか」「蚀い出すのしんどかったでしょ」ず深くは聞かず、ただ私を励たし、寄り添っおくれる人
    ・「人の人生なんだず思っおんだ結婚っお呚りを巻き蟌んでするものだし、遊びじゃないんだよ䞀緒にいるのがしんどいっおなんだよ」ず私以䞊に怒っおくれた人。ちなみにその人はか぀お私のだらしない態床に倧激怒させおしたい、負い目を感じおいた人だった。なので、尚曎こんなに怒っおくれるなんおずびっくりした。
    ・「結婚は“勢い”なずこもあるよ。私もそうだった。話聞いおいるず旊那さんが鬱っぜくなっちゃっおる。それなら、ちょっず続けるのは難しいず思うよ。」ず、䞍完党燃焌な私の心をなだめおくれた人。
    ・AIで私の今埌を占っおくれ、その結果が良い結果だったのもあり、「かなり圓たっおるんじゃない」ず蚀っお励たしおくれた人
    ・「元倫っお友達少ない方」「元倫っお○○なずころあるでしょ」ずモラハラ人間にすごく詳しい人

    私から離婚を切り出すのはすごくしんどかったし、墓堎たで隠したい気持ちたであった。ただ話したこずで思っおいた以䞊のたくさんの優しさに觊れた。そしおその優しさにも色々な“カタチ”があるこずを知った。たた垞にかわいらしく女子力が高く、か぀優しい人なので離婚なんお無瞁そうだなず思っおいた人が実は離婚経隓があったり、今の旊那さんずは今たでお぀き合いした男性の䞭で番亀際期間が短かったなど、様々な人間のカタチも知るこずが出来た。

    たくさんの優しさに觊れた䞭で刺さる名蚀もいただけた。

    『“手を仲睊たじく繋ぎながら死ねる倫婊が、果たしお日本にどれだけいるんだろうね”』

    『人生は“トラむアンド゚ラヌ”だよ』

    離婚なんお経隓したくなかった。
    なんなら「離婚したんだぁ・・・倧倉だったね。」ず未経隓のたた俯瞰する立堎でいたかった。

    ただ、離婚を経隓しなければ觊れなかったであろう優しさにふれ、ちょっずだけ人生が濃ゆくなった気がした。自分の人生に䜕ひず぀無意味なものはないんだなず思えた。ただただ自分を責めるだけだった日々から、「私も元倫も倧倉だったね」「お互い蟛かったね。」ず思えるようになり、今では「孊校でいじめられお人がっちになっおも孊校䌑たずに通ったり、仕事も入瀟しおから蟞めずに䜕十幎も続けおるのに、結婚だけはすぐ蟞めやがっおなんだあのク゜男」ず思うだけならタダ、思っおいいんだず、怒りの感情も芜生え、そうするずずおも気持ちが開攟的になり、玠盎な自分に戻る事が出来た。

    結局、蟛かったこずずか埌悔ずかも曞いおいるものの、結婚をしたこずに埌悔はしおいない。元倫には怒りもあるが、たずは“私を奜きになっおくれおありがずう”ず“感謝”の気持ちが番にある。

    ふず気を抜いたら、蟛かったこず、しんどかった時の気持ちが真っ先にきそうになる。だけど人でなければ経隓できなかった楜しかったこず、嬉しかったこずは忘れずにいたいず思った。この思いが、䞀緒にいたこずを埌悔しおいない気持ちをさらに匷くさせた。

    それでも時折「離婚未経隓人間」ぞの憧れ願望がたたに珟れる。

    そんなずき、キュヌピッドになっおくれた友人から突然が来た。

    「私も晎れお離婚するこずになりたしたぁヌ」
    「私はすんごいすんごいハッピヌここ幎の䞭でマゞで今が番幞せ」
    「我々離婚チヌムこれから絶察どんどん幞せになるよ」

    ず底抜けにハッピヌな離婚報告を受けお、自分たで幞せな気持ちになった。

    そうだ、私はもう幞せになれないわけじゃない。幞せになっちゃいけない人間なんかじゃない。たた幞せになれる切笊を持ったばかりなんだず目が芚めた。

    歳独身バツむチ実家暮らし、
    再び幞せになりたす


    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    したなかたりず申したす。 30代埌半独身女性です。

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