
【今】をただ考える
個人だったり、国だったり、宇宙だったり、地球という自然だったり。
あまりに考えがまとまらないので、言葉をこぼしながら感情を整える。
日本が終わる本格的なシナリオしか見えない。
少子高齢化が社会構造としてダメなのはわかるけど、老害が日本を壊すことまでは考えなかった。
いや、言葉の使い方が違うか。日本を壊す選択をするシニア層以上を老害というのだろう。
未来の日本はみんな笑ってる。
そんな姿が見えるとSNSで言ったスピっぽい人に聞きたい。
その中に、日本人の若者はいるのか。
政治関係者と、事理弁識能力を失い仏様のように笑う高齢者ばかりなんじゃないのか。
自分が一番。
自分のことだけ考えればいいのか。
宇宙、友愛、地球という星の自然。
国家、発達しすぎたゆえの暴走や争いと環境破壊。
スピリチュアルを重んじる人。
そんな概念とは無関係のまま、楽しく生きられる人。
優しく真面目な人ほど病んでしまい、図太い神経の人だけが善悪を超えて幸せになる世の中。
楽しく生きる。
しんどい努力はもう報われない、あまり意味がない。
今は、本当にいろんなピースが混沌と散らばり、塊となっては衝突したり、すり抜けて浮遊を続けたり。
時代の転換期。
今、描いているものが現実化するという。
それを希望と捉えることができるか、恐怖と感じるか。
それでもう、実は生き方が決まってしまっているのかもしれない。それも二極化だ。
僕は、どうにか生きる希望に繋げようと、自分の中で闘っている。
決めつけちゃいけない、あきらめちゃいけない。
決まってしまうのはきっと、新しい時代に則したことができない人だと信じているから。
そもそも、闘わねばならない、そんな環境にいるのが飛べない方にいる証拠じゃないか。そんな言葉もちらつく。
でも、飛ぶために今、僕はいろんなものを剥がしている。それこそ何年もかけて。
ここで引きずられたり、引き戻されちゃいけない。真剣に自分のことを考えないと。それを確認するためにも、今、僕はこれを書いている。
親が残したガラクタの山脈を、お金と時間とエネルギーを費やして片付けながら、物を増やすだけ増やして片付けの能力がひと欠片もなかった親はもちろん、親世代への嫌悪しかなかった。
それを、古物商の会社の若い営業さんが買い取る。
当然、お仕事だから営業トークもあるだろうけど、大学院でSDGsを勉強して、物を捨てるのがもったいなくて、と語るあの子の言葉は本心だと感じた。
こんな子達がこれからの日本を生きていく。
それを、祖父母くらいの世代は何も考えていないのだろう。もう先は短い。自分が死ぬまでの今の暮らしが良くなればいい、と。
その世代だけを責めたいのでなく、それは、今のアラフィフくらいもそれほどは変わらない。
特に、子供がいなければ、どれくらい将来の日本を自分事として考えられるだろうか。今を生きる子たちを守りたいと思えるだろうか。
国のために子供を生むべきとは言わない。そんなことを考えて親になる人はいないだろう。
ただ、事実として、一部の人が『自分のことだけ』を考えた結果、少子化になった。
そんな人たちが日本の将来をどれくらい真剣に考えるだろうか。やっぱり、自分がどうにか生きられればそれでいいと思うだろう。
自分のことだけを考えるのがいけないなんて、非難するつもりはない。そういう時代の流れだから。
こんなことを書いているけど、僕だって子供がいない側かもしれない。
いる側かもしれない。
すべての大人は、子供の親かそうでないかのどちらかで、このラベリングが嫌いなので僕は明かすつもりはない。
もちろん、子供がいなくたってこの国の良さを受け継ぎたいと未来を真剣に想う人はいる。
子供がいないかもしれない僕のように。
ただ、誰でも自分で精一杯なのだ。
それもまたわかる。
自分を犠牲にして尽くせと言われても、何に?そして、どうして?
楽しければそれでいいじゃないか。何より、この国じゃ生きていくのに精一杯だ。
そんな国の若者に、上の世代が作ったものを壊して正すためにがんばれがんばれとは、僕は言えない。
辛いものから離れて少しでも穏やかに生きる。そんな幸せの育み方を否定はできない。
僕だって、結局のところはここで好き勝手なことを書くだけで、あとは少しでも無駄な物を買うのをやめて、少しでも食品ロスは減らして、少しでもゴミは小さく潰して、少しでも周囲の人と争いなく、少しでも楽しい時間を増やして。
自分のことを考えないと、とさっきも散々書いたように。
思考は整わないけど感情は整ったので、いったんおしまい。
