
「ルールを守る子」と「自分でルールを作れる子」
最近、運動をしています。
新会社のメンバーとバドミントンをするようになって、気づけば1ヶ月くらい毎週続いていました。
正直、自分でも驚いています。
フルマラソンを走った後くらいから、3年近くほとんど運動していませんでした。
週1なのに変わるんですね。
身体が動く。
お腹のぽにょっとした感じが少し減る。
風呂に入る時、自分の身体を見て少し嬉しい。
妻の美顔器も借りています。
30歳を超えて、
肌が荒れているパパ、
だらしない身体のパパ、
なんとなく嫌だった。
だから続けています。
面白いのは、
身体が変わったことより、
心の変化でした。
昔の自分なら、
「今日できなかった」
で終わっていました。
でも最近は、
今日は体幹できなかったからストレッチしよう。
朝できなかったから夜に回そう。
そんな風に組み替えられるようになった。
そして気づいたんです。
日々の小さながっかりって、
思ったより心を削っていたんだなって。
鏡を見た時。
肌を見た時。
身体を見た時。
「ああ…」
ってなる回数。
逆に、
「あ、今日いい感じかも」
その小さなプラスは意外と効く。
完璧じゃなくても、
少し前向きになれる。
そんなことを考えていた日。
全然違う場面で、
同じことを思いました。
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朝。
息子がおやつを食べたがりました。
妻は言いました。
「朝ごはん食べるまでおやつは食べません」
理由は明確でした。
ルールを守れない子になってほしくない。
すごく分かります。
教員だった自分も、
ずっとそういう考え方をしてきました。
でも、その時ふと思いました。
これって、
“親が決めたルールの中でしか生活できない”
という感覚にならないだろうか。
息子は言いました。
「ラムネ1個だけ食べたら、ご飯食べる」
妻は却下。
それも分かる。
3歳だし、
未来を見通して行動するのは難しい。
でも同時に、
「こうしたい」
「こうならできる」
その提案まで最初から閉じてしまうのは、
少し違う気もしました。
私は、
子どもにルールを守ってほしくないわけじゃない。
むしろ逆です。
ルールを理解して、
納得して、
必要なら提案できる人になってほしい。
自分で考えて、
選べる人になってほしい。
もちろん、
全部任せるのとも違う。
親には理由があります。
虫歯。
食習慣。
脳の発達。
健康。
だから境界線は必要。
でも、
挑戦や提案まで先回りして摘み取ることは、
もっと慎重でいたい。
そんなことを考えていました。
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昨日、父の日でした。
今日の朝、
慌てて父に感謝を伝えました。
返ってきた言葉が印象的でした。
「自分だけだったら、今のお前はいなかったよ。」
「お母さんと同じ方向を向いて育てようとしてたからじゃないかな。」
その言葉を聞いて、
少しハッとしました。
育児って。
同じ考えを持つことじゃない。
同じ方向を見ることなのかもしれない。
私は可能性を守りたい。
妻は境界を守りたい。
どっちも、
息子を信じている。
だったら、
勝ち負けじゃない。
どっちが良い悪いじゃない。
その違いを話せることの方が、
ずっと大事なのかもしれない。
親が迷わないことじゃない。
迷いながらでも、
同じ子を見続けること。
その姿を、
子どもは見ているのかもしれません。
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どう育てるのが正解なんでしょうね。
まだ全然分かりません。
でも今日もまた、
息子の提案に少し耳を傾けながら。
妻とも話しながら。
家族で一緒に育っていけたらと思っています。