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娘との歩み#11娘は障害者なのか

    約10年前、娘が難病だと分かった。
    病名は、ウォルフラム症候群。

    視神経萎縮による弱視と
    1型糖尿病を8歳で発症した。

    徐々に進行していく視覚障害。

    小学5年生になった頃、視力だけではなく、視野の検査をした。
    中心部分のわずかしか見えていないと言われた。

    そして、身体障害者手帳2級の申請が可能だと言われた。

    普通学校では、大変かもしれない。
    一度、支援学校の先生と相談してみることを勧められた。

    突然の身体障害者手帳の話で、申請が可能と言われても、なりたくてなるものではない。

    娘は障害者なのか。
    普通の子として生きられないのか。
    そもそも普通の子って何なんだ。

    障害者と健常者を別枠として捉えている自分がいて、障害者になると言うことは、枠から外れた人だと。

    そんな認識があることに気がついた。

    私の兄は知的障害者で、小学校に上がる時から寮生活をしていて、私とは別の世界に生きていると思っていた。

    そんな認識の中で、

    「あなたの娘さんは障害者になりますか?」

    と問われた感覚だった。

    変わるのは、
    障害者手帳をもらい、必要な支援を受けられるようになること。

    本当は、ただそれだけだった。

    心の葛藤の中、視覚支援学校の相談員さんと話をする事が決まった。
    そして、不安な気持ちでその日を迎えた。

    相談員さんは、
    障害者としてとか、学校をどうするのかではなく、

    娘が学校生活や家庭の中で、
    「どれくらいの字や人、物を見ることができ、何に困っているのか。」

    それについて、補助具も使い、丁寧に状態を調べてくれた。

    娘は、見えないことが通常になっているので、見える状態がどんななのかを知らない。

    私は、娘がどれくらい見えない状態で生活しているのかを知らない。

    そこから、
    娘と私、両方の立場に立って、寄り添いながら教えてくれた。

    私は、この相談員さんと出会い、

    「障害者と健常者を分けていたのは、私自身だった。」

    「支援は、健常者と同じように生きるためのツールだった。」

    そう気づく事ができた。

    だから、私は娘に

    「あなたは枠から外れた存在ではない、堂々と生きなさい。」

    そう言いたかったし、

    「そんな想いはさせない。」と、

    また、一つ
    母としての覚悟が、私の中に生まれた。


     
     
    Blue Hugには、 青い地球や自然と共にある感覚を 大切にしたい想いを込めています。

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