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ナヌラシア倧陞を自転車暪断。本気で願った「自転車よ、盗たれおくれ。」①

    ──今から13幎前の2013幎。34歳ずいう、䞖間䞀般ではすっかり萜ち着いおいるはずの幎霢のがくは、なぜかナヌラシア倧陞を自転車で暪断しおいた。キャリアも安定も日本に眮いお、手元にあるのは愛車(自転車)ずすり枛っおいく貯金だけ。これは、そんな男が泥たみれで日本を目指した蚘録です。

    プロロヌグ ――スペむンの坂道で、がくは壊れかけた


    「自転車よ、盗たれおくれ。」

    本気でそう思ったのは、旅を始めおただ9日目のこずだった。

    スペむン北郚のビスケヌ湟を巊手に望む海沿いの道。地図で芋れば、ゆるやかな海岞線がただ東ぞず䌞びおいるだけだ。しかし実際には容赊ないアップダりンの連続だった。䞊り、䞋り、䞊り、たた䞋り。
    平坊な道が、ない。ほずんどない。
    倧げさじゃなくお、

    ない。

    足はすでに限界を超えおいた。倪ももが岩みたいに固たっお、宿に着くたびに動かせなくなる。肩も腰も悲鳎を䞊げおいた。お尻もいたかった。フランスパンを霧り、自炊パスタしか食べおいなかった。远い蚎ちをかけるように譊察にはノヌヘルで捕たった。犬には吠えたくられた。

    そしおこの日に、がくははっきりず悟った。

    日本には垰れっこない、ず。

    スペむンのサンティアゎ・デ・コンポステヌラから日本たで、自転車で走りぬく。距離にしお玄15000km。スペむン、フランス、むタリア、バルカン半島、トルコ、䞭倮アゞア、䞭囜、モンゎルを越え、最終的にフェリヌで日本海を枡る。そういう蚈画だった。

    「蚈画」ず呌べるほどのものがあったかどうかは怪しいが。

    がくはちょうどこの過酷な道䞭で、35歳の誕生日を迎えたのだ。
    自分ぞのプレれントは、最悪なタむミングでのタむダのパンクだった。街灯もない道端で修理に明け暮れ、気づけば倜の十䞀時。倕食を摂る気力もなく、硬いパンをかじっお泥のように眠った。
    こんな35歳の誕生日もありだろう。たぶん。

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    スペむンから遥か圌方の日本を目指す倧たかな
    ルヌト。ただ先は長すぎる

    第䞀章 スペむン〜フランス ――壊れおいくチャリず、溶けおいくプラむド


    900kmのサンティアゎ巡瀌を歩き終えた盎埌に、がくは自転車を買った。

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    スペむンの自転車スタヌト宿のオヌナヌさんず。

    勢いだった。完党に勢いだった。

    スペむンで巡瀌の道900キロを歩ききった勢いのたた、そのゎヌル地点サンティアゎ・デ・コンポステヌラで䞭叀の自転車を買い、北の海沿いルヌト——通称「カミノ・デル・ノルテ」——を東ぞ走り出した。


    「ペヌロッパはチャリ初心者にもっおこい」ずいう話を、どこかで聞いたこずがあった。

    嘘だ。

    少なくずもスペむン北郚の海沿いに関しおは、完党に嘘だ。目の前に村が芋えおいるのに、わざわざ谷たで䞋っおから登り返す。その繰り返し。

    「なんでそこに道があるんだ」

    地圢に文句を蚀いたくなる。地圢は䜕も悪くないのだが。

    荷物も重かった。キャンプ道具䞀匏、寝袋、自炊道具、その他もろもろ。党郚で30kgを超えた。小孊校䜎孊幎の子䟛を䞀人、垞に乗せおペダルを挕いでいるようなものだ。

    しかも買った自転車の前茪脇には荷物が぀けれない構造で、30kgの党重量がすべお埌茪の真䞊にのしかかるこずになった。

    これが恐ろしいほど䞍安定なのだ。ハンドルを切るたびに、埌ろから巚倧な力でグワリず匕き戻される感芚。少しでもバランスを厩せば、重力に負けた車䜓がそのたた地面に叩き぀けられる。前茪は頌りなく浮き䞊がり、チャリの骚栌が、ミシミシず悲鳎を䞊げおいた。

    チャリが泣いた。文字通り泣いた。

    たず荷台の金属棒が折れた。
    次に埌茪脇のバッグがタむダに巻き蟌たれお砎れた。
    前カゎの網が荷の重さで厩れおきた。

    満身創痍。ただフランスに入ったばかりだずいうのに、がくの旅はいきなり立ち埀生した。

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    これがそのチャリ

    フランス南郚のキャンプ堎にたどり着き、がくはチャリの倧改造に取り掛かった。

    蚀葉も分からないたた地元のホヌムセンタヌぞ飛び蟌み、店員にゞェスチャヌで窮状を蚎え、䜿えそうなネゞや鉄板、ステヌを買い集める。キャンプ堎の地面に寝そべり、䞍慣れな工具で指を真っ黒にしながら、詊行錯誀を繰り返した。

    重心を分散させるため、テントを歪んだ前カゎの䞋ぞ。寝袋を巊前茪の暪に固定。ペットボトルを瞛り぀ける仕組みも䜜った。

    数時間埌。汗ず油にたみれになり、ようやく新しい「盞棒」の姿が圢になった。

    できあがったものを芋お、がくは誰もいないキャンプ堎でひずり静かに「どうだ」蚀った。

    午埌時の、勝利の瞬間だった。

    翌日、パンクした。

    完璧だず思った改造も、タむダの䞭のチュヌブには無力だった。昚日たでの達成感は、䞀瞬にしお消えた。


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    その改造自転車
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    籠䞋にテントず寝袋ずペットボトルも取付
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    真っ正面から


    フランスではいろいろず倚くの人に助けられた。

    お店の前でチャリをたたいでうろうろしおいたら、恰幅のいい口ひげの䞭幎男性に声をかけられた。フランス語でよく分からないが「こっちぞ来い」ず蚀っおいる。車たで぀いおいきながら、がくは「しばかれるこずはないだろうが念のため身構えおおこう」ずだけ考えおいた。

    男性が車のドアを開けお、䜕かを取り出した。

    ペヌグルトだった。

    思わず固たっおいるずニダッず笑っお「ただいるか」ずもう1パック出しおくる。「いや倧䞈倫です」ず蚀ったのに、結局8パック枡された。

    枡されるたたに受け取りながら、がくは「この人ずは友達になれる」ず思った。

    泊たったキャンプ堎のオヌナヌに倧きなピザをもらったこずもあった。別の倜には、受付の若いカップルに「日本たで自転車で垰る」ず話したら、その倜の宿泊費をタダにしおくれた。

    「私たちは旅行者を応揎しおるの」

    涙が出そうになった。

    理由は分からない。ただ、ものすごく響いた。

    こういう人間になりたいず、心の底から思った。そしおすぐに、浮浪者にタバコをせびられお枋々あげた自分のこずを思った。喜んであげられなかった。ケチ臭かった。自分ず圌らの噚の違いを、たざたざず芋せ぀けられた気がした。

    フランスを越えおむタリアに入ろうずしおいた。残り、玄13000km。

    「たじかよ無理だろ」ず友人からコメントが届いた。

    がくも、そう思う。

    でも、出おしたったものは仕方がない。

    チャリのペダルを螏んだ。
    ────


    第二章 むタリア〜バルカン半島 ――海沿いは山だらけ

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    ☝スペむンからの倧たかなルヌト

    ロヌマぞ行くかどうか、ずいぶん悩んだ。

    シルクロヌドの起点はロヌマだ。こずわざも、歎史も、スペむンの巡瀌の道も、党おはロヌマに通じおいる。今回こそは芋おおきたかった。だが、むタリア半島を南端たで䞋っお戻るずなるず、2週間のロスになる。

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    ロヌマに寄るずかなりのロス
    行っお戻らなければいけない。

    悩みに悩んで、がくはコむンを取り出した。

    人生二床目の、コむントスによる行先決定。
    結果は4回投げお3察1。
    ロヌマぞは行かないこずに決めた。これが正しい刀断かどうかは分からない。だが、コむンがそう蚀った以䞊、文句は蚀えない。そんな人生もありでしょ。

    むタリアを快速で東ぞ抜け、トリ゚ステからスロベニアぞ。そしおクロアチアぞ入った。

    ここで、ある事実に気づいた。

    海沿いは、山だらけだ。

    スペむン北郚の海沿いしかり。フランス・むタリアの海沿いしかり。そしおクロアチアのアドリア海沿いしかりだ。あたりの山続きに
    「海沿いは山だらけ」
    ずいう歌ができた。コバルトブルヌの海の目の前に、1000メヌトル玚の山々が連なっおいる。絶景ずいえば絶景だ。䞋り坂でその景色を眺めるずきは「すごい、すごい」ず自然に声が出る。

    問題は、その埌に必ず䞊り坂がくるこずだ。


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    å±±
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    ダマ
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    やた
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    やたヌヌヌ


    チャリを始めお1ヶ月半。腕ずひざ䞋ず顔だけが黒く焌け、䜓脂肪率は䞀桁に差し掛かろうずしおいた。連日140キロを走る日もあれば、朝7時から倜9時たで走り続けた日もあった。䜓は限界に近づきながら、それでも坂道が終わるこずはなかった。

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    この腕の日焌け跡

    ただし、クロアチアは矎しかった。

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    クロアチアの町䞊み

    ビヌチはそこら䞭にある。プラむベヌトビヌチたである。そこを暪目に、汗ダラダラでハアハアず息を切らしながらペダルを挕いでいる自分は、客芳的に芋おどうかず思う。しかも野宿続きで䜓䞭が塩を吹いおおり、「このたたパスタに入れたら食塩ずしお䜿えるんじゃないか」ず本気で考えた。

    疲劎がピヌクに達し、あたりにも矎しい海が目の前にあったので、䞀日䌑逊をずるこずにした。

    海にぷかぷかず浮いおリラックスしようず入氎したら、5分でりニを螏んだ。

    足の指にトゲが刺さり、海でのバカンスは合蚈5分で終了した。

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    矎しいビヌチ

    クロアチアを瞊断する途䞭、10キロだけボスニア・ヘルツェゎビナずいう囜に入った。

    その道を走りながら、がくはある蚘憶を思い出した。

    7幎前、28歳のころの話だ。

    ボスニアのサラ゚ボで、むバナずいう女性の家に泊たったこずがある。むバナは旅人の間でちょっずした有名人で、「そこに泊たるず日本人男性は襲われる」ず噂されおいた。自称32歳、芋た目は50代のおばちゃんだ。

    最初は圌女がむバナだず気づかなかった。「ダスナ」ず停名を名乗っおいたし、郚屋に着いた瞬間のキスも「ペヌロッパ匏の挚拶か」皋床に思っおいたのだ。

    倜、䞀緒に食事をしおいるず、むバナが蚀った。

    「今倜、䞀緒に寝たしょう」

    意味が分からない。

    圌女は2床、3床ず同じ蚀葉を繰り返しおくる。

    断固ずしお拒吊した。するずむバナはぷくっず頬を膚らたせお、急に機嫌が悪くなった。

    就寝しおから15分埌、たた暗闇から声がかかった。

    「寒くない こっちぞおいで」

    「ノヌ」

    そしお最埌の䞀手ずしお、むバナはこう蚀った。

    「アむム・ノット・ハングリヌお腹は空いおいないわ」

    自分は食べ物か。

    これには思わず笑った。どうにかしお私のパトレシア僕の最重芁郚を守り抜き、無事に朝を迎えた。

    むバナは今ごろ、元気にしおいるだろうか。

    そんなボスニアを通過し、モンテネグロ、アルバニア、マケドニア、ギリシャず南䞋した。南ぞ行くほど物䟡はぐんぐん䞋がっおいった。30センチのピザが1.5ナヌロ。これを埅っおいた。

    そしおスペむンを出発しおちょうど2ヶ月。走行距離5100キロ。
    ぀いにむスタンブヌルに着いた。

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    むスタンブヌル着

    ペヌロッパの終点にしお、アゞアの始点。

    「よくやった」ず思ったのも束の間、地図を芋お愕然ずした。ただ日本たでの3分の1も来おいない。

    むスタンブヌル手前の最埌の5日間は、巊足の倪ももに激痛が走っおいた。原因は分からない。捻った蚘憶も、䌞ばした蚘憶もない。ただただ痛かった。湿垃を貌り、マッサヌゞをしお、それでも䌑たず走り続けた。

    ギリシャからトルコにかけおの10日間は連続野宿だった。海でシャワヌ代わりの氎济びはしおいたが、臭かったず思う。

    トルコに入っおすぐの海沿いで野宿堎所を探しおいたら、持垫に声をかけられた。 「家があるから来なよ」ず。 ぀いおいくず、そのたた持にたで連れおいっおくれた。小舟に乗っお竿をひょいひょいず動かしおいたら、釣れた。面癜いように魚が釣れた。

    生涯、釣り堀に行っおもなかなか釣れないこのがくが、トルコの海ではグむグむ釣った。

    釣った魚をその堎で油で揚げお、パンず䞀緒に食べた。胃の䞭から声が挏れるほど、おいしかった。

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    その釣り
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    トルコ持垫さんの2人

    翌朝、目が芚めるず街䞭にコヌランが響き枡っおいた。
    倧音量で、朝5時から。
    むスラム圏に入ったのだず肌で感じた。

    ペヌロッパ暪断、完了。

    ここからが本番だ。

    この先に䜕が埅っおいるのか、このずきのがくはただ知らない。

    野犬4匹にテントを包囲される倜。目の前で雷が萜ちた日。スプリンクラヌに叩き起こされ、怒りのあたり公園で排䟿した話。35歳でお挏らしをした日。恋におちたこず。

    ナヌラシア倧陞を自転車暪断。本気で願った「自転車よ、盗たれおくれ。」②野犬4匹ず、お挏らしず、恋——トルコ〜カザフスタン線ぞ
    👇続く

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