奇跡を起こした息子と、バカな母の話
第一章 一人っ子政策
私には宝物である、三人の子供たちがいる♪
どの子供も、一人っ子のように育てたと自負している(笑)オホホホ ←そこ自負してどうするんや?アハハハ
何を隠そう〜教会育ちで、親のいない場所で育った私にとって、普通の家庭は憧れでしかなかった。一人っ子のお友達は両親の愛を一心に受けていると思い込んでいた。←子供の考えは浅はかなものだ。お菓子も分割すらしなくていいのだーッみたいな?
ゆえに自分の子供が出来たときは、1人でも2人でも、それぞれを一人っ子のように。そして自分が欲しかった想像のお母さんになると決めていたのだった。←大人になったとしても単純だったんだな(笑)
想像を超えたのは三人目まで授かったこと。だが誤算はあったが、一人っ子政策は続く(笑)
まず末っ子のリクオ君。1999年1月28日生 B型。
羊膜が破れなくて羊水を飲んで生まれたらしく、泣かずにぐったりして生まれた。まるで宇宙人のようだったのを記憶している。そんな生まれ方をしてきた末っ子は、パパに似てとっても美男子に育っていくのであった。
早生まれでありながら何でも器用にすぐ出来る子。顔も、イケメン(笑)。ちょっと優等生ぽかったのだった。そう——あの大事件があるまでは。
保育園では最後の運動会で団長に選ばれカッコ良く決めて、女の子たちからたくさんのチョコを貰っていた。兄はずーっとママからのチョコ一つ(笑)
そのクールさがよく出た事件がある。小学3年生のとき、貰ったラブレターを学校のゴミ箱に破って捨てたというのだ。「見せて〜!」と私と娘のいづみで言ったら、サラリと「学校のゴミ箱に破って捨てた。女には興味ない」とクールに言うリクオくん10歳。
娘と私で「ヒドい!サイテーサイテーサイテー!!」と力説した。が、「オレは女の子にラブレターは書かないもん」とリクオくん。深く深く反省した。どうしてリクオくんだけが、相手を考えて行動するということを学ばせられてなかったんだろう、と。
そんなクールなリクオくんであったが、6年生の持久走大会から人生は180度変わる。
第二章 あの日、心臓が止まった
リクオくんは小学2年後半から兄のサッカーに引っ張られもれなくサッカー(笑)。6年最後は地域トレセンに選ばれ副キャプテンに任命され、学校では副生徒会長まで無理やり任された。←目立つことが嫌いなのに(笑)
そんな重圧がリクオくんの心の負担になっていたのは、あの日倒れたあとに気づいた。
持久走大会でトップを走っていたリクオくん。しかし途中から左側だけ肩が下がり動かない走り方をし始め、途中で目もボーっとしているように見えて。4位で完走したが倒れ込んだので駆け寄って行ったら——泡を吹いて、呼吸が止まっていた。
「リクオー死んじゃダメ、起きてー」と腕の中で叫んでいた。心の中で「神様ーッ、リクオを助けて下さい」と何度も何度もお願いした。すると——呼吸し始めた。
検査の結果——QT延長症候群という病気だった。別名、突然死症候群。最初の発作で八割は亡くなると言うやつ。治る病気ではなく、生存率は2年間で2割とのこと。
ソレをリクオに伝えたとき、一筋の涙が出た。おいおい泣くことも無く、目にいっぱいの涙を溜めて。クールで人前では決して泣かない子の、あの時の姿は今でも昨日の事のように頭に映る。
夢どころか外で走ることすら禁じられ、体育は常に見学。友達とも遊ぶことなく、家で黙ってゲーム生活が続き、別人のようになったリクオくんがいた。
その時期、兄の銀次がスペインのトライアウトに合格して帰ってきた。パパや義理両親は「リクオがこんな時に銀次をスペインに行かせるのか」と。
一般的に見たらそうかもしれない。でも兄弟であっても、人生はそれぞれのもの。
私はある日、2人を並べて話した。
「銀次には銀次のストーリーがある。リクオにはリクオのストーリー。もしロナウドのような選手になったら、それぞれのストーリーが本になるんだよ。銀次は弟のために死ぬ気でスペインで道を作った選手の自伝。リクオくんは治らないと言う病気で奇跡を掴み治して、同じような病気の人々に夢を与えられるストーリー。ママはリクオが病気を治したら必ずスペインに行かせると約束する。だから自分の夢とストーリーを諦めないこと。奇跡を起こそうよ」
兄の銀次は1ヶ月悩んだ。そして——旅立った。
空港で兄を見送った後、トイレから出てこないリクオくんがそこにはいた。大好きな兄を見送ること、自分には夢に進めない悲しみや怒り。色々な想いがトイレで溢れたんだろう。ソレ以来リクオくんは、人前で涙をこぼしたのはサッカー出来ないと伝えたときのみ。
第三章 奇跡は信じる人の前に現れる
倒れたあと、私はリクオのそばに一人っ子のようにベッタリといた。
「98%治らない病気」「今までに治った症例は一つもありません」と先生たち。けれど100%な未来などはない。残りの2%に賭ける。
そんな時「ザ・シークレット」という本とDVDに出会った。一番目に止まったのが——「人の細胞は毎日死んで毎日生まれ変わる。心臓は半年で生まれ変わる。たくさん笑いたくさん喜び、もう元気になった気分で過ごせば良い細胞が新たに作られ病気すら治せる。奇跡は信じる人の前に現れる」
家族みんなで奇跡を起こそう!って団結した日だ。子供たちそれぞれ1人一冊ずつ、この本を持つことにして。銀次はスペインに持っていった(笑)
リクオのお誕生日にはトイプードルのペロータ【スペイン語でボールという意味】を飼った♪リクオくん大喜び。しかーしだ、その後何かと大変な時には「俺だけの犬じゃーないでしょ?みんなの犬にしようよ?」と(笑)アハハハ
ペロータが来てからリクオくんは会話も笑顔も増えていった。
それからリクオくんは本当によく笑い、クールだったのにまるで別人のようになった。表現力が暑苦しくなったリクオくんのほうが、なぜだか誰よりもお茶目で正直でストレートで、とっても可笑しくて可愛くて笑えるのだった(笑)弱さも強さもアホさもMAXになったリクオが誕生していた。
笑顔や笑いが常になり暇さえあれば歌を唄い「ママ、ママ、ママ、ママーッ」←必ず4回以上言うのは27歳の今もアレから変わらず。あはあはあは
そんな弱虫毛虫な愉快なリクオくんの、3ヶ月後の病院の検査では——
なんと、QTの間隔がギリギリだが健常者に入ったのだった♪
奇跡を起こしたんだってこと♪
リクオとバンザーイバンザーイバンザーイした。あれほど嬉しかったことはない。
帰り道の車で二人でいつも聴いていた【栄光の懸け橋】を聴きながら「スペイン行く準備しようね♪」って話した。この約束は絶対守ると決意していた。
その後、先生への三度目の正直のお願いで、薬を増やして1年分持たせてくれた。銀次のおかげでエージェントにもオッケーをもらい、何かあっても親の責任、スペインではたった2つしか違わない兄が責任を持つと証書にして——トライアウトして受かり、12歳でスペインへ。

そんなリクオは今じゃー26歳。スペインのあとアルゼンチン、ポルトガル、アルメリア、アフリカやらあちこち行き、今はオーストラリアでサッカー選手してる。有名ではないけど自分のお給料で暮らしていけるくらいらしい。
ちなみに帰国していた時期、こんな会話があった。
「まま、オレさ〜💓 オレスゲーんだよ⤴ 気に入った女の子から告白されるの100%❕」
「ヘエエエ⤴ 凄いじゃんリクオ(笑)」
「ままさ〜💓 その後、二日以内でフラレるのも100%なんだよなーっ(笑)」
もはや切り換えの速さはプロのストライカーだな(笑)
ラブレターをゴミ箱に捨てたあの10歳のクールボーイが、暑苦しすぎて48時間以内にフラれる男に生まれ変わったのだ。自慢の残念過ぎる息子だ(笑)アハハハハハ
今年も銀次、リクオは「出稼ぎ行ってくる〜」と元気に出ていった。
この話しを聴いて、誰かの笑いや力になれたら嬉しい。子育ての想い出は、私の心の宝物♥ うふっ