
同情
私は同情の虜だ。
私には到底縁がないような壮絶な過去。死んでしまった親友。一人きりでご飯を食べる昼。泣いても泣いても眠りにつけないような夜。
本当に身勝手ながら、羨ましいと感じてしまう。
それはきっと、それらが「意味」を与えてくれるからだ。
何かに真剣に取り組む意味。重荷を背負いながら生きる意味。こうやって鬱に悩む意味。
、、、、私は〜?
特にこれといった出来事もなく、平凡に、静寂に包まれながら慎ましく生きていた、この私は?
はぁ、、、すべてに意味はないのにね⭐️
私は同情に依存してしまう。
君と一緒に泣いて、君と一緒に夜を過ごして、君と一緒の感受性を持っているフリをして。
そっちの方が楽なんだもん!しょうがないじゃん!
もちもん、私も鬱になる。何がもちろんなのかわからないけどね。
私だって考える。考えて、考えて、考える。
長旅に向けて必要なものを準備し、パッキング!(しっかり者の私は、ダブルチェックも欠かさない)
けど、すぐに、一つの小石につまづく。
「なんで私が悩んでるのだろう」
なんて、大きい小石だこと。
私には「読者」がいない。
私が作る物語を、消費してくれる人。
どんな形であれ、解釈を施してくれる人。
私に意味を与えてくれる人。
私に生きる理由をくれる人。
どれだけ自分を生きても、虚しさしか残らない。
なんて、哀しいんだろう。
だから私は他人の物語の読者になる。
少しでも、自分という存在の虚無性から遠ざかるために。少しでも、この世界に意味をもたらすために。
はぁ。。。。消えたい。。。