
もうもうばあちゃんち
私には二人のおばあちゃんがいる。かんだのおばあちゃんともうもうばあちゃんだ。
今考えるとかんだのおばあちゃんは住んでいる地名なのに、もうもうばあちゃんはなぜもうもうなのか分からない。
もうもうばあちゃんちは昔ながらの日本家屋でトイレはぼっとん便所だし、五右衛門風呂だった。火をおこさないとお風呂に入れないので、一気に家族で順番に入っていた。
夏休みには遊びに行って、蛍を見たり庭で犬と遊んで広い客間でぐうぐう寝てた。
見たことのない名前もよく分からない虫や、刺されたら一番痛いアブを知ったのもこの家だった。裏が山だったこともあり、ヤモリとハエはそこらじゅうにいた。
近所の親族から空き家なのに、家事になるからどうにかしろといわれ続けていたらしい。
それに折れた父は家を解体してしまった。
コロナ後の物価高高騰で木材の値段があがり、あんな立派な家は二度と作れないことが分かった。それを聞いてあーもうあんなに贅沢な家は見れないんだと思った。
父は6人兄弟の末っ子長男だった。
何度か父の兄弟に会ったことがある。
みんなパワフルで笑い声が大きくて、優しかった。
もうもうばあちゃんはもう歳ということもあり一時期、実家で一緒に住んでいた。母ともうもうばあちゃんは一緒に住みだしてから、もめ事が増えた。風呂場のタオルの位置や、デイサービスまでの送迎などお互いに不満が溜まっていった。
ここらへんはまだわたしが小さかったため覚えていないが、家の空気が一時期どよんとしていた。
もうもうばあちゃんがなくなったとき、他のパワフルなおじちゃんやおばちゃんは泣いていたが父だけは泣いてなかった。そこだけなぜか鮮明に覚えている。
それからは行けるときは、もうもうばあちゃんちの墓掃除に行っている。あの赤い車をだしてくれるおっさん、わたしの夫が運転してわたしの両親と一緒に。帰りは有名な酒蔵に行ってハンドルキーパーの夫以外は全員飲んでいる状態だ。
家はなくなって、草もぼーぼーだし、名前も知らない虫だらけだけどあの清らかな、きらきらした時間を思い出しながら丁寧に1年間の汚れを落としている。
いい風が転がり込むと、もうもうばあちゃんが喜んでるのかなと感じる。