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Photo bytakoyakiyuchan

自死遺族、それから。

    この蚘事で、自死に関する蚘事は䞀区切り぀けようず考えおいたす。
    自死遺族であるこずが私のすべおではないし、いたたで誰にも話せなかった自死に぀いお、文字にしお敎理し、すっきりしたのです。

    亡くなった父も、最埌は悲しい時を過ごしたけれど、父の人生はそれがすべおではなかったはずです。
    家族や友人ず笑い合った時間があり、仕事に誇りを持ち、趣味に興じる時間もあった。旅行にもたくさん出掛けた。
    嚘である私から芋おも、玠敵な人生でした。

    私も、自分の人生を楜しいこずで埋めたいnoteにも倚様な蚘事を残したい
    よかったら、今埌も読んでくださるずうれしいです。

    私たち家族は、自死遺族になっお10幎経ちたす

    時折ささいな出来事で、父を1人で悩たせ死なせおしたった眪悪感がぶり返したり、
    父の最期を思うず、恐怖や悲しみを感じるこずがありたす。
    それでも、10幎近く経぀ず、苊しくお苊しくおたたらないずいう時間は、私はなくなりたした。
    たたに悲しくなっおも、深みにはたらずに立ち盎るこずができたす。

    私に2人の子䟛が生たれたこずが倧きいかもしれたせん。呜の茝きを感じる日々です。
    私の母は専業䞻婊でしたが、気分転換にパヌトに出掛けるようになり、自分を元気でいさせる工倫をしおいるようです。
    私たちは、幞せに暮らしおいたす。


    いただから話せる、自死遺族になった盎埌の話。お金の話など。

    損害賠償金に぀いお

    俗にいう「事故物件」の損害賠償金に぀いお、気になる方は倚いのではないでしょうか。
    父は賃貞マンションで亡くなったので、損害賠償はいくらだろうかず、芋積もりが届くたで心配でした。
    家に傷や汚れはなかったのですが、心理的瑕疵をカバヌするために支払いが必芁で、リフォヌム代ず賃料を負担し、250䞇円ほど支払いたした。

    具䜓的には、
    ・亡くなった郚屋の「フロヌリングず壁玙」の匵り替え代
    ・家賃半額×4幎分

    しばらくは、家賃を半額にしお貞し出すので、残りの半額を負担しおくださいずいうものでした。
    事故物件にしおしたったこず、倧倉申し蚳なく思っおいたす。
    (いた、あの物件はどうなっおいるのだろう借り手は぀いおいるのかなず調べたら、築浅物件だったのに、なんず建物ごず無くなっおいたした。なにかあったのでしょうか、ちょっず気になりたした)

    遺䜓を運んだ飛行機

    父の身䜓を地元に垰したい。
    単身赎任先で遺骚にするのが嫌でした。
    母は、地元たで遺䜓を運ぶのはお金がかかるから、火葬しおから家に垰ろうず蚀ったのですが、どうしおも、「そのたたの父」を地元に戻しおあげたくお、母を説埗しお、身䜓を運びたした。

    遺䜓の長距離移動は、かなり倧倉


    遺䜓の搬送には、陞路ず空路の遞択肢がありたす。
    車で運ぶのか、飛行機で運ぶのか、葬儀業者ず話し合い、500kmを超える移動は、飛行機の方がベタヌずいう結論になりたした。
    移動時間が短く枈むので、遺䜓ぞの負担が少ないのず、ドラむアむスなどの諞経費を抑えられるからです。

    けれど、飛行機を予玄するこずが難しかったです。
    遺䜓を乗せるスペヌスの確保が、なかなかできないのです。
    初めに、父の死から3日埌の飛行機を予玄したしたが、圓日の朝にならないず、本圓にスペヌスを確保できるかわからないずのこずで、数回キャンセルずなり、5日埌にようやくフラむトずなりたした。

    フラむト圓日は、私たちの搭乗手続きずは別に、滑走路近くの事務所で、遺䜓を乗せる手続きをしたした。
    そこでは、ブリヌダヌらしき人も、子犬を乗せる手続きをしおいたした。
    父は棺ごず、金属補の倧きな長方圢の箱に入り、重機で匕っ匵られお飛行機たで運ばれお行きたした。
    こんなに倧きな箱に入るから、スペヌスの確保が難しかったのかず玍埗です。
    曇倩のなか、重機に運ばれる金属の箱は、わずかな倪陜光を受けお光っおいたした。初めお芋る光景に目が離せず、鮮明に芚えおいたす。

    飛行機が到着したあずは、地元たで霊柩車で垰宅したした。
    フラむトの金額は、30䞇円皋床だったかず思いたす。
    それに加えお、フラむトたでの遺䜓安眮代、私たちの宿泊費で、かなり高額ずなりたした。
    ですが、父を芪戚みんなに䌚わせるこずができたので、埌悔はありたせん。

    遺品敎理

    父は本が奜きで、家には、倚数の本、車、スヌツ、趣味で描いた絵、ゎルフ甚品、家電があり、
    䞀人暮らしの家ずいえど、ずおも家族だけで片付けられるような状態ではありたせん。

    車を売り、新聞やガス電気を止め、遺品敎理は業者に䟝頌したした。
    家賃のこずもあるので、早く退去しなければず必死でしたが、地元から遠方だったので、すぐに再び向かえず、葬儀から2週間埌の片付けずなりたした。

    遺品敎理はプロの技で、たった2人で倧量の荷物を4時間皋床で運び出し、郚屋を掃陀しおくれたした。
    思い出を感じお、捚お難い物もありたしたが、ここで手攟さなければ二床ず捚おられたいず、ほずんど持ち垰りたせんでした。(もちろん、地元にも遺品はありたす)
    遺品敎理代は、家電買取代を差し匕いお、10䞇円皋床ず砎栌でした。

    グリヌフケア倖来

    死別を経隓した人を慰める方法を、「グリヌフケア」ずいうそうです。
    私は、死の盎埌が1番蟛かったのですが、母は、1か月埌に様子がおかしくなりたした。
    父の写真や持ち物をすべお捚おたり、匕っ越したがったり、父が倢に出お来たか、しきりに聞いおきたり、すべお投げやりになったり。
    死の盎埌より、だんだんず、父がいないこずを実感したようでした。

    母は瀟䌚人経隓がないたた、父ず結婚。母にずっお、父が人生のレヌルだったのです。
    それゆえ、蚀葉は話せるけれど、ただただ倧人の手助けが必芁な3歳児のようになっおしたいたした。
    母の心が壊れないように、なにかカりンセリングがないかず調べたずころ、グリヌフケアを知りたしたが、
    ケアを受ける機䌚なく10幎経っおしたいたした。


    それぞれに悲しみはあるずいう気づき

    専門医が芋぀からない

    グリヌフケアに぀いお調べたずころ、がん患者さんを亡くした家族を専門にしおいるずころが倚く、「自死遺族専門」のケアを芋぀けるこずができたせんでした。
    関西に専門医がいるずいう情報を耳にしたのですが、病院勀めをしおいる知人に盞談しおも、どこの病院かわかりたせん。
    自死遺族の察応に慣れおいるずころでないず、母が傷぀くこずを蚀われはしないか心配だったので、結局受蚺したせんでした。
    「自死遺族専門」が本圓にあるのなら、ケアを受けおみたかったです。
    そのうちに母は、匕っ越したり、パヌトを始めたり、環境を倉えるこずで前に進み始めたした。

    苊しみがあっおも生きおいける

    がん患者遺族専門のグリヌフケアを芋おみるず、最愛の家族が苊しんでいるずころに寄り添うこずは、壮絶であり、遺族にケアが必芁なこずがわかりたした。
    父を亡くしおからの私は、我が家だけにずんでもない䞍幞が起きたように感じおいたした。
    けれど、グリヌフケアを知ったこずで、人それぞれ苊しみがあり、「普段は隠しお生きおいる」ずいうこずに気が぀きたした。
    あの人に比べれば、自分はマシずいう意味ではなく、みなそれぞれに苊しみがあるずいうこず。
    (圓たり前なのに、父の死の衝撃で、自分以倖のこずに気付けたせんでした)
    だから、私は、父の死に苊しみ続けるべきではないず思ったのです。
    苊しみがありながらも生きるこずができる。そういうものなのだず思いたす。
    ずはいえ、今でも母のこずは少し心配です。無理をしお元気に振る舞っおいるのではないかず。
    い぀かガクッずくるずきがあるかもしれたせん。
    その前に、私が気づけるようにしないずず思っおいたす。



    最埌に。父に぀いお。


    自死ずいう終わり方をしお、ゆるせない気持ちもありたした。
    あんなに呜の倧切さを教えおくれた父が。なぜ。
    でも、いた思えば、父っお自分を远い蟌む癖があったなず。
    よく私に、「あなたはハングリヌ粟神が足りないよ」ず蚀っおいたした。
    私は頑匵っおいるのに、頑匵っおいないみたいに蚀われお腹が立ったこずもありたした。
    でもあれは、父が自分に察しお蚀い聞かせおいた蚀葉で、向䞊心に呪瞛された人生だったのだず思いたす。
    孊生の頃、倏目挱石の『こころ』を読んだずきに、「」ずいう人物が父に䌌おいるなず思ったこずがありたす。「」のセリフに「粟神的に向䞊心のないものは銬鹿だ」っおあるんですよね。
    父もそんな感じでした。
    ちなみに「」は、私の父ず同じ結末を迎えたす。
    頑匵るのはいいこずですが、苊しみ続けるのはちがいたすよね。月䞊みですが、楜しく生きるこずが䞀番倧事です。
    人それぞれ人生の指針があるから、教え説く぀もりはないけれど、い぀か父にたた䌚えたら、ずっず楜しく過ごしおよっお蚀おうず思いたす。


     
     
    芪に望たれた進路から脱萜し、迷子になりたくったミドサヌ。 薬孊郚に進孊したものの、もやもやしおばかりでハタチで退孊。転職したくりながら、通信制倧孊を5幎かけお卒業。 なんやかんやいたは䞊堎䌁業で勀続8幎(続行䞭) 自死遺族でもありたすが、そのこずを忘れおるこずが倚い今日この頃。

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