メインコンテンツへスキップ

双子、あるいは睡眠について

    気づいたのは、月曜の午前2時を過ぎたころだった。
    僕はソファの上で、ウィスキーのオンザロックを手にしていた。目は覚めている。それは当然だ。問題は、その数時間前から僕が「眠くなろうと努力していた」ということだった。

    眠くなる、というのがどういう感覚だったか。まぶたが重くなり、意識がとろけ、夢の気配が遠くから忍び寄ってくるような——いや、それは誰かから聞いた話かもしれない。僕自身が体験したかどうかは、もう思い出せない。
    ただ、ひとつはっきりしていたのは、「眠るという行為の意味が、抜け落ちている」ということだった。

    気がつくと、部屋にふたりの少女が立っていた。
    同じ髪型、同じ服。真っ白なシャツに紺色の吊りスカート。足元は裸足で、声を立てずに僕を見つめていた。

    そのとき、リビングの奥の部屋から、誰かの声がした。
    「タクミ、まだ起きてるの? また本読んでるの?」

    麗の声だった。
    でも、僕はそれに違和感を覚えた。
    麗の声は、あんなに高くなかったはずだ。
    そして何より——あの声の主は、麗じゃなかった。

    僕は立ち上がった。ソファの前に立つふたりの少女は、一歩も動かず、ただじっとこちらを見ていた。目の奥に、感情らしいものはなかった。

    「麗?」
    僕は声のした方へ向かって呼びかける。廊下の奥、寝室のドアがわずかに開いていた。ドアの隙間から、明かりが漏れている。

    部屋の中には、確かに誰かがいた。
    だけど、そこにいたのは——麗じゃない。彼女の輪郭をしている別の誰かだった。
    髪型が少し違っていた。目の色が暗い琥珀色に変わっていた。そして、僕を見たとき、彼女は言った。

    「そんな顔しないでよ。どうせまた眠れなかったんでしょ」

    その言い方が、僕をぞっとさせた。
    “眠れなかった”という前提が、彼女の中では自然すぎた。
    まるで、**この世界では“眠る”という行為そのものがなかった”**みたいに。

    後ろで、布が擦れるような音がした。
    ふり返ると、双子の少女たちはリビングの床に静かに座っていた。
    手をつないで、壁の時計を見つめていた。

    時計の針は午前3時を指していた。
    その瞬間、遠くの方で雷鳴が聞こえた。

    でも、窓を見ても空は晴れていた。
    その音が、雷なのか、それとも何か別のものなのかは分からなかった。
    いつもは寝室で眠っているのだが、眠れなくなってからはソファに横になることが増えた。言葉の通り横になるだけ。暗闇は訪れずただ横になり彼女が彼女でない事を考え続けていると次第に部屋が鈍色になり朝日が昇ってきたことが分かる。

    風もないのに、カーテンが揺れていた。

    僕はかなりぎこちない身支度をしていたと思う。
    知らない女が部屋にいて、僕にしか見えない双子の娘が部屋にいる。
    頭はかなり混乱していたが僕は警察に通報もせず、一通り朝の行動をした。
    何故だかこれがいつも通りなんだとわかっている自分がいた。本当に気がおかしかったのかもしれない。
    彼女は不思議そうにしていたが何とか支度を終え会社へ向かった。
    会社に行くと、デスクの引き出しの中に折りたたまれたメモが入っていた。
    白い紙に、何も書かれていない。
    仕事中、ふと視線を感じて顔を上げると、オフィスの向かいのビルの窓際に少女が立っているのが見えた。真っ白なシャツに紺色の吊りスカート。
    昨晩僕の部屋に現れた双子。
    双子の片方。同じ髪型、同じ服なのでどちらかは分からない。
    その姿は、目をそらした瞬間に消えていた。

    その日、午後から雨の予報だった。
    けれど、空は曇っていなかったし、気温も蒸しすぎるほどに高かった。
    僕は仕事を早めに切り上げて、近くの古書店に立ち寄った。
    意味もなくページをめくっていると、ふとした気配に気づいた。

    本棚の端。絵本コーナーの隅に、片方の少女がしゃがんでいた。
    番号6だ。いや、まだその時点では、僕にはそういう“番号”という概念はなかった。

    彼女は膝を抱えて、古びた『夜の動物たち』という絵本を開いていた。
    ページはめくられず、ただ静かに目を落としていた。

    僕はなぜか近づいた。声をかけるでもなく、ただ見ていた。
    すると彼女が、ゆっくりと片足を伸ばした。

    足の裏が見えた。

    そこには、赤いインクのようなもので数字が書かれていた。
    「6」。
    それだけだった。にじんでいない。滲むような生きた血ではなく、乾いたペンのような線。

    その瞬間、なぜだかわかった。
    家にいたもう一人の少女の足にも、同じように数字が書かれていたのだ。
    「8」。僕はそれを、無意識のうちに何度も見ていたのかもしれない。

    彼女はこちらを見上げた。何も言わなかった。
    でも確かに、「気づいたね」と目が言っていた。
    それから静かに絵本を閉じて、立ち去った。音は一切なかった。

    本棚の奥に、その本だけが残されていた。
    『夜の動物たち』というタイトルの下に、赤いインクで小さく書き足されていた。
    「目が覚めてしまった人へ」

     
     

    ほし

     
     
    助けて欲しい、ここから連れ出して

    あなたへのおすすめ