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Photo byfuten_seisuke

少年よ、幸せを追い求めよ~生きづらさを乗り越えたZ世代が見た世界~

     我々はなぜ働くのか、勉強するのか。その答えは「幸せになるため」です。しかし、人々が幸せになろうとするのをやめているように感じます。「今の若者には夢がない」なんて嘆く人がいますが、その違和感は正しそうです。生きる意味を失って、夢も好きなことすらピンとこないなんて人が増えているように感じます。そんな生きづらい社会に、我々は生きているのです。
     僕自身は、その現代特有の生きづらさから解放されました。みなさんに読んでいただくのは、僕が見つけたほとんど誰も提唱しない現在の問題点とその解決策です。

     
     理想的な世界とはどのような世界でしょうか?多種多様な意見があるでしょうが、少なくとも「ストレスフルな世界」と答える人はいないでしょう。
     大前提として、ストレスは体にも心にも悪いです。精神もボロボロになりますし、ストレスを抱え込みすぎることで、おかしくなってしまいます。ストレスというのは
     しかしながら、人々はストレスを発散するのではなく抱え込む、抑え込むなどして済ませてしまう人がいます。理性によって自分の感情を制御し、我慢してしまうのです。
     ところで、人間が痛みを感じる機能を持つのはなぜだか考えたことがありますか?それは痛みが危険信号の働きをするからなのです。出血したとき、それを放置すると細菌やウイルスなどが入って危険だから放置しないように痛みを感じるよう進化していった個体が生き残ったのでしょう。
     ストレスも同じです。今のままでは危険だから、ストレスとして体(本能)が悲鳴を上げているのです。そんなストレスを理性で抑え込むことは、人生にとっても人間種にとっても危険な行為なのです。我々は今、はるか昔に絶滅したであろう痛みを感じない種と同じことをしているのですから。
     ではどうすれば解決するか。まずは「多様性」として受け入れてたストレスの元凶を排除することでしょう。ストレッサーを排除すること、更生させることは、種として正しい行為なのではないでしょうか。古来から戦争やいじめなんかがあってずっとなくならないのはおそらくそのためだと僕は思ってます。危険分子を排除するために争っていることはヒトにとってはあるいみ「自然」なのでしょう。もちろん僕だって、戦争もいじめも僕自身や周りが当事者になってほしくありませんが。
     幸福を追い求めることは、そのストレスを避けて自分や家族、共同体が幸福に生きられるようにする素晴らしい志なのです。ストレスを減らすことこそが人生を生き抜く

     ここで、なぜ僕らが理性でストレスを抑え込むようになったのでしょうか?それは現代社会のシステムがそうなっているのもありますが、僕は特に新型コロナウイルス(COVID-19)の影響なんじゃないかとにらんでいます。
     2020年から21年にかけて行事が中止または縮小されました。外に出ることを制限(日本の場合自粛でしたが)されました。それによって、悲報や苦労などの疲れる報道が連日流れ、行きたいところに行けないしやりたいことができないストレスを感じました。そして最後の大会や修学旅行などが潰れたり、縮小されたりしたかわいそうな特定の世代が台頭してしまいました。それらのストレスに耐えるため、我々は理性を働かせて、どうにかそのストレスを抑えることを図りました。
     そこからコロナが5類感染症(分類上風邪)に格下げされて早3年が経ちました。世界は、いわゆる「アフターコロナ」に移行しました。しかしながら、依然としてコロナ禍以前の社会に回帰しよう、復活しようという動きがなかなかされていないのです。コロナ禍同様、理性に精神を支配された人が人口の多くを占めるようになりました。
     「本能はエンジン、理性は舵」という有名な言葉があります。両輪が機能して初めて、人間は正しい道を力強く進むことができます。しかし、何度も言っているように、現代人の多くが理性に支配されています。まるで舵だけあってエンジンのないボートです。その根拠として、以前にもまして、若者が趣味にまでタイムパフォーマンス(タイパ)を求めるようになりました。「ドパガキ」(動画などで得られるドーパミン中毒のガキの略称)などというネットスラングが生まれました。本当の自分の意思が消え、自分で人生を楽しむことをしようとせずに、インターネット上のコンテンツだけで幸福を済ませようとする無気力な人が爆増してしまったのです。
     そういった楽しくない状態が少なくとも6年も続いています。60歳の人ならば人生の10分の1程度ですが、18歳の青年なら3分の1、12歳の子供からすれば人生の半分もの時間です。当然、理性的に生きることを強いられている時間が長いのです。
     若者に希望が見えないのも仕方がありません。理性によって活路が奪われたほかにも「失われた30年」の時代に生を受け、そこから先は少子高齢化や移民問題に直面しているのです。当然子供なんて作っている余裕もありませんし、「結婚したい」「家を買いたい」などといった願望が生まれないのです。
     コロナ以前の生活を送っていた人はまだまだ大勢いますが、大半の人は忘れているか、以前とは全くの別物としてとらえてしまっています。あの楽しかった時代がもう帰ってこないと思っているのでしょう。そうして、生きる意味も何もなくなってしまった夢も希望もない人が増えてしまうのでしょう。
     だからこそ、今「われわれはなぜ生きているのか?」を再確認する必要があるのです。そして特に若い人たちが生きる希望を何とか見出さなければなりません。だからこそ、この記事のタイトルが「少年よ、幸福を追い求めよ」なのです。「たった一度の自分の人生なのだから、面白くしないとつまらない」という意識を取り戻す必要があるのです。それは自分のためにも、社会のためにも、人類文明の未来にもつながることです。

     僕はまだ信じています。人の希望を。日本の未来を。
     僕が幸福であるように。あなたが幸福であるように。

     
     
    啓蒙思想家。 2007年生まれの人生訓自己啓発本オタク現在大学1年生。 ポケカ記事も書く

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