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26歳地点の幞犏論「ニュヌペヌク、雚でも傘をさすのは私の自由」仁平綟読曞日蚘

9幎間ニュヌペヌクで暮らしおいた、仁平綟さんずいうラむタヌの方が曞いた゚ッセむ。
だいわ文庫から出おいる「読んで旅するよんたび」ずいうシリヌズを曞店で芋かけお賌入しおみた。

映画ずkemioくんのYouTubeでしか芋たこずのないニュヌペヌクの生掻。
本を読むたでは、みんながそれぞれ自分のドリヌムを持ちギラ぀いおる街ずいうむメヌゞを持っおいた。
我の匷い人たちが䜏む街で自分ずは無瞁、そんなに憧れはしない。そういう考えに倉化の生たれた本だった。

いいなず思った郚分はいく぀かあるが、1番いいなず思ったのはニュヌペヌカヌの察人スキル。街䞭で芋知らぬ人に服装を耒める等、海倖特有の軜い声の掛け合いは蚀わずもがなむケおいるんだけど、揺るがない自分自身を信じながら他人をリスペクトしお生きるバランス感芚が読み取れお「新時代を牜匕する垂民たち 」ず感服した。

セネガル出身、マンハッタンのベヌカリヌで働くアマドゥがこんなこずを蚀っおいた。

Sharing and giving; that’s our tradition.分かち合い䞎える。それが僕らの習わし
䞭略
人間っおいうのは貪欲でい぀になっおも満足しないんだ。銬鹿げおるよ。
倧切なのは、どれだけ䞎えられるか、お返しができるか。
Once you give, you’ll be happy.人は䞎えるこずで幞せになれるんだ

「ニュヌペヌク、雚でも傘をさすのは私の自由」より

こういう生き方ができる人は誰かの特別な人ずなる。

私にも、これず䌌たようなこずを教えおくれた友達・ナヌカリがいる。
ナヌカリは芋た目がすごく良い。矎しい顔の造圢、手足がスラリず長くおスタむル抜矀。遞ばれし人にのみ䌌合うオシャレな服を着お、倧孊のキャンパスを歩く姿はたさにマドンナ。みんなの憧れの的だった。

私も䟋に掩れずわヌ玠敵。友達になれたらなず思っおいたが、声をかける勇気がなくお遠巻きに目で远うのみだった。
そんなナヌカリずれミが䞀緒になった。れミでは週に1床、研究や制䜜物の進捗をプレれンテヌションスタむルで報告し合うのだが、ナヌカリは1人1人のプレれントのあずに挙手をしお必ずコメントを蚀うのだ。
「〜な気持ちになった」ずか「〜な郚分が1番奜き」ずかの軜いコメントの時もあれば、着想のバックグラりンドやコンセプトを深掘っお質問をする時もある。
勝手に高嶺の花のマドンナは受け身な性栌だろうず思い蟌んでいた私は衝撃を受けたし、思慮の浅さを恥じた。ナヌカリは芋た目お姫さただけど、チダホダなんお少しもされたくなかったのだ。

友達になりたいのに勇気がなくお声をかけられないなんお思っおいた私の壁を無芖しお
「そのコヌト䌌合いすぎおんねんけど。劖粟みたいやな、雪ん子ちゃん」
「孊校来る途䞭、カルディで生ハム買っおきたねん。割り箞2぀もらっおきたから䞀緒に食べぞん教宀で生ハムを広げおいる」
めちゃめちゃ話しかけおくる。私たちはすぐに仲良くなった。お互いの䜜品䜜りを手䌝い合っお、旅行に行っお、同じむンタヌンに参加した。
どこぞ行っおもナヌカリは人を笑わせ喜ばせる倩才だった。

ナヌカリは広告代理店、私はテレビ局に入瀟しお、日々の忙しさから連絡が途絶えおしたった時期もあったが、ある日ナヌカリから突然プレれントが送られおきた。ukaのリラックスセットだった
「䜏所も䌝えおいなかったのになんで」ず電話しおみるず、「むンスタで効ちゃんず繋がっお、DMで䜏所聞いたねん〜最近忙しそうやけど倧䞈倫」ず蚀う。
あなたの行動力ず粟神力はどこから来るのかず泣き笑った。
ちなみに効は届いたDMから詐欺を疑い、お姉ちゃんず友達だっおいう蚌明をしおくださいず蚀い攟ったらしい。ナヌカリは怪しいもんじゃないんですず効の質問に答え続けたずいう。面癜すぎる。

ナヌカリず出䌚っお、「声をかける勇気がない」ずか「小さな耒め蚀葉や愛情衚珟が恥ずかしい」ずかそういうこずを考えおいた私は、自分のこずばかり考えおいたんだなず反省した。圌女に出䌚っおからはや8幎。
「目の前の盞手が喜ぶこずに比べたら、自分がどう芋えるかなんお瑣末なこずだ」ず思わされたのだ。

倱敗は今だっお尜きず起こるけれど、倧切な友達たちや愛する倫が私を幞せにしおくれる䜕もかもをキャッチしお、私も呚囲の人たちぞ同じこずをしたい。
【されお嬉しいこずを自分がやれる堎所ぞ行く】
これが、私なりの幞犏論。

いいなず思ったら応揎しよう