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Photo byジョルジュ・スーラ / メトロポリタン美術館

ぼくらが文章を書く理由

    藤子Fノート

    noteは「書くSNS」なので、必然的に書きたい人たちが集っている。

    ・・・と思う。


    もちろん、絵やマンガや写真専門の方も多いし、読んでいるだけの人もいるので、必ずしもnoteユーザー全員が書きたいわけでもないのだが、それでもかなりの割合で文章を残したいという人が揃っている。

    先日noteには500万人の会員登録数がいると発表されていたが、その全員がアクティブユーザーではないと思うし、複数のアカウントを持っている人もいる。

    ただ、その辺を差っ引いて考えたとしても、少なくとも200万人くらいのユーザーが、日々何かをnoteに書き出しているように思われる。


    動画や音声メディアがもてはやされ、活字離れが叫ばれているこの時代に、なぜこれほど多くの人が書こうとするのだろうか。

    そう、ぼくらはなぜ文章を書くのだろうか。


    まず、僕自身の話から始めれば、思ったり考えたりしたことを、文章に定着させたいという思いがある。

    考えることが昔から好きだったが、頭の中でぐるぐる巡った言葉は、時間が経つと、嘘のようにあっという間に失われてしまう。

    アウトプットが大事だというが、要は自分の頭の中の言葉は、頭の外側に抜き出して、できれば文字に残しておかないと、どこかへすっと消えて行ってしまうのだ。


    もう一つ考えていることは、文章を書くことで、自分の内心を人に伝えたいということだ。

    僕の友人が昔言っていたことで、印象深い話がある。それは、苦しんでいることは、言葉にしてくれないと絶対に他人には伝わらないということだ。我慢は己のみを苦しめ、苦しんでいることを誰かが自主的に気がついて手を差し伸べてくれることはない。

    どんな悩みでも、それは言葉にして、文章にして、初めて他人のもとへと届く。誉め言葉も同じ意味合いである。


    また、文章を書くことが生活のリズムを作っている点も見逃せない。

    特にnoteを始めて以来、500日間、ほぼ毎日PCやスマホで文章を書き続けており、それは一日の中に普通に組み込まれた行為である。

    朝起きて、食べて、仕事して、子供と遊んで、将棋を指して、文章を書いて、ぐっすりと寝る。そんな風に、一日の生活の中で文章を書くことがもはや当たり前となっている。これを逆になくせと言われる方が、生活リズムが崩れてしまう。


    さらに、文章を書くことでのヒーリング効果も忘れてはいけない。

    僕の場合、隙間時間や、寝る前などに文章を書いていると、満たされた気持ちになれるし、頭が冴えてくる。冴えるといっても眠れなくなるということではなく、仕事などで使っていない脳みそを動かす感覚で、むしろ深く眠ることができる。

    不安や苛立ちなど、いつでも心は平穏無事ではいられないわけだが、集中して、言葉と向き合って、文章を紡いでいく時は、そうした煩悩を振り払ってくれるように思えるのだ。


    さて、あなたは、なぜ文章を書くのだろうか。

    「理由なんかない」
    「ただ、言葉が湧き出てくるから」
    「文章を書いてお金を稼ぎたい」
    ・・・

    人によって色々な動機があるのだろうが、「書かずにはいられない」「書くことが好き」であるのは、きっと200万人みんなの共通する思いだ。

    そんな共通項を持った仲間たちと共に、僕は、今日も明日も文章を書き続けたいと思うのである。



    文章をたくさん書いています。


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