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Photo byフィンセント・ファン・ゴッホ / メトロポリタン美術館

自分に自信を持つのは良いけれど

    藤子Fノート

    自分に自信を持つことは大事だと思うけれど、自信を持ち過ぎて、他者を見下すようにはなってはならないと思う。


    ただ、他者を見下す人の気持ちが理解できないわけではない。むしろ、ある種の共感を覚えることもある。

    それは、人を見下すほどに自信を持つためには、それなりの努力が必要だと思うからである。

    僕自身、仕事については人並み以上に努力してきたつもりだし、嫌なことにもトライしてきて、実力を身に付けてきたと思っている。(もしくは、そう思うようにしている)

    そんな中で、全く努力していない人間だったり、中途半端な仕事をして案の定結果を出せていない人を見ると、イライラしてくるものである。

    なので、機嫌が悪い時には、ちゃんと仕事しろよとか、やらないなら手を引けとか、毒づきたくなる気持ちになったりもする。


    ただ、思ったとしても、これを軽々しく口にしてはならない。

    一度他者に対して毒づいてしまうと、自分がその人の上の人間だと脳が勘違いして、気持ちよくなってしまうからだ。

    それは脳内麻薬みたいなもので、他者への批判は止まらなくなってしまう。

    あいつもダメ、こいつもダメと、批判する対象もどんどん広がってしまう。

    他者への批判が、飲み会のジョークで留まっていればまだ良いのだろうが、これが業務上で出てくるとハラスメントへと発展してしまう。

    また、ハラスメントまで行かなくても、人に見下されるのは大変気分が悪いことなので、批判ばかりする人はどんどん職場内で疎まれてしまう。

    自分に自信を持って仕事をすることは良いことだが、自分が素晴らしいと思い過ぎのあまりに、他者が素晴らしくないと思ってしまったら、危険信号と捉えた方が良いだろう。


    若い頃はどうだったか忘れてしまったが、今はなるべく無条件に人を批判することは止めることにしている。

    悪口大会になったとしても、そこに安易に乗らないように心掛けている。あいつは使えない、とか気持ち良くなる見下し発言などはもっての外である。

    ただ、逆に不当にこっちを批判してくる人や見下した態度を取る輩については例外である。

    人と人とはあくまで対等だし、無闇に人を落としめてはならないと思っているからこそ、その逆を仕掛けてくる人間に対しては、断固戦う構えなのである。


    自信過剰だと陰口を叩かれる人がいるが、彼らはたいてい、他者に対して厳しいタイプである。単なる仕事上の厳しさならいいが、アイツは使えないと平然と言い放って、不当に貶めてくることが多い。

    そんな人たちをよく見かけるからこそ、自分と他者はあくまで切り離した上で、自分について自信を持つような人間になりたいと、僕は思うのである。




     
     
     
    尊敬する藤子・F・不二雄先生の名作を、多様な切り口でレビューしてます 野望は世界初、F作品全てを記事化すること 気持ちは毎日投稿中 モットーは「一つの記事に一つの発見を」 本業はエンタメコンテンツを世に届ける仕事(28年目) X(twitter)FF23181933

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