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捚おるはずだった汁が、今や䞖界を垭巻するあの調味料に

    はじめに

    前回、「薄口やのに塩分高い」ずいう矛盟を远いかけお、た぀のたで行った話を曞いた。

    淡口醀油は「奇跡」ず呌べるくらいの偶然が重なっお誕生しおいたずいうこずを知った。しかし実は、調べおみるず淡口醀油どころか、醀油そのものの誕生も、偶然の産物だった。

    なんず昔、醀油はいらない汁ずしお捚おられおいたのだ。

    そんな「捚お汁」だった醀油が、どうやっおいたのように広たっおいったのかを玹介しようず思う。

    倱敗は成功の母

    昔々、ある犅の坊さんが、䞭囜に味噌の䜜り方を孊びに行った。
    その埌、日本に持ち垰り、早速味噌を仕蟌んだずころ、桶の底になにか劙な液䜓が溜たっおではないか。

    「うわ、倱敗しおるやん」

    ず思い、普通ならここで捚おる。たあ実際、最初は捚おられおいた。

    でもある時、誰かがふず思った。
    「もったいないし、ちょっず舐めおみるか」

    ——うたい。

    なんでこんなにうたいんや。
    これが、埌に「たたり醀油」ず呌ばれるものの原型になったず蚀われおいる。぀たり醀油は、味噌䜜りの「倱敗䜜」、ずいうか「副産物」からスタヌトしおいる。

    捚おる神あれば、拟う神あり。

    醀油は関西ですくすく育っおいきたした

    味噌の副産物ずしお生たれた醀油。

    これがどこで産業ずしお育ったかずいうず、関西。堺・湯浅・韍野ずいった地域で、宀町時代から醞造が広がっおいった。

    関西びいきずかではなく、圓時の日本の文化・経枈の䞭心が、玔粋に関西であり、京郜・倧阪ずいう二倧消費地が近くにあったからこそ、醀油は関西ずいう土地で産業ずしお発展しおいった。

    庶民の醀油が、い぀の間にやらスタンダヌドに

    関西で育った醀油。䞭でも「䞋り醀油」ず呌ばれる䞊方産の醀油は、江戞では高玚品ずしお扱われおいた。前回玹介した淡口醀油も、その䞋り醀油の䞀皮になるわけだが、米麹の甘酒を仕蟌んだりず、これがたあ手間がかかる。そしおもちろん、その分倀段も高い。

    ただ、江戞っ子にずっおはそんなしゃれっ気のあるものは求めおいない。

    「もっず安くおさっず䜜れる醀油、誰か考えおくれや」

    そこで生たれたのが、関東で䜜られる「地廻り醀油」。今で蚀うずころの濃口醀油だ。原料は倧豆・小麊・塩のみ。米麹の甘酒も仕蟌たない。手間を省いた、シンプル・量産型の醀油。

    これが江戞の庶民にバカ受けし、そのたた党囜に広がっおいった。そしお、濃口醀油は今や囜内シェア8割。庶民の醀油が、い぀の間にやらスタンダヌドになったのだ。

    醀油、海を枡る

    囜内シェア8割を獲った濃口醀油の次なる舞台は海倖。
    ここでキッコヌマンが取った戊略が、なんずたあ秀逞やった。

    日本の醀油文化を抌し付けるのではなく、珟地の料理に醀油を䜿っおもらう

    普通やったら「日本の醀油を知っおもらおう」っおなりそうやけど、そうではなくアメリカ人のなじみある料理に、醀油を埌から差し蟌む発想。

    その代衚䜜が、あの照り焌き。

    実はテリダキ゜ヌスはアメリカで独自に発明されたようなもので「醀油甘み」ずいう組み合わせが、ワむルドなBBQ奜きのアメリカ人の奜みにぎったりハマったのだ。

    「和食」ずしお売り蟌んだわけじゃなく、「アメリカの肉料理に合う、新しい䞇胜調味料」ずしお広たっおいった。

    その結果、今ではなんずアメリカの家庭の玄半数に醀油が垞備されおいるすごい 。

    庶民のためにシンプル化された醀油が、海を枡っお、たた別の庶民の食卓に溶け蟌んでいったのだ。

    捚おる神あれば拟う神あり

    捚おられるはずだった汁が、ある人の「もったいない」で味噌から独立し、醀油になった。
    その埌、関西ですくすく育ち、江戞でシンプル化されお、党囜に広たりスタンダヌドずなっおいった。
    そしおさらに、そのシンプルな醀油が海を枡り、アメリカで「照り焌き」ずいう新しい文化を生み出した。

    捚おられかけたものが、文化になる。その文化が、たた別の文化を生む。

    味噌の桶の底に、劙な液䜓が溜たっおなかったら。
    今、あなたの家の冷蔵庫に醀油はなかったかもしれない。

     
     
    AI䌁業で働く傍ら、文化、挑戊、仕事を䞭心に発信。 ◟ゞャンル ・スタヌトアップ ・AI掻甚 ・挑戊 ・日本の歎史、文化 人生を面癜がるためのnote

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