
結婚エンドの小説が嫌いだった
高校時代、先生がよく話していた小話がある。
「地球には何十億人も人がいる。その中で、同じ時代に生まれ、同じ国に住み、同じ県で暮らし、こうして同じ教室で机を並べている。これは奇跡みたいなことなんだ」
だから仲良く過ごそう。
そんな話だった。
当時の私は、この話があまり好きではなかった。何が奇跡だよ、と思っていた。
同じ県に生まれたのも、同じ高校に入ったのも、ただの偶然だ。
たまたまを運命みたいに語るなんて、ずいぶんめでたい考え方だなと冷めていた。
同じように冷めた気持ちになることが、読書でもあった。
好きな作家の小説を読んでいるときのことだ。
仕事の悩みや生きづらさを抱えながら生きる主人公に共感し、自分を重ねながら読み進める。
ところが途中で適齢期の男性が現れ、最後には二人が結ばれる。
そのたびに思った。
「何だよ、結局結婚するのか」
「結局この作家も、ハッピーエンドは結婚だと思っているのか」
それまで好きだった小説なのに、最後の数ページで裏切られたような気持ちになった。
仕事に打ち込んでいた20代の私は、一人でも生きていける女性の物語を求めていた。
誰かに選ばれることではなく、自分で人生を選び取る女性の物語を。
悩み、揺れながらも前を向き、自分の足で立ち続ける女性の姿に励まされていた。
時たま訪れる魂が震えるような瞬間こそが幸せだと信じていた。
だから主人公が結婚すると、どこか負けたような気持ちになったのだと思う。
けれど、自分が結婚してみて、少し考えが変わった。
結婚は、思っていたよりずっと良かった。
もちろん面倒なこともある。
でも、一人でいるより楽しいし、親と暮らしていた頃より楽(らく)なのだ。
何より、自分の味方がいてくれるということが、こんなにも心理的安全を与えてくれるとは。
仕事に裏切られた私には、骨まで染みた。
結婚とは、不思議なものだ。
世界にはたくさん人がいる。
マッチングアプリやSNSのおかげで出会いの入り口は増えた。
それでも実際に出会い、関係を続け、一緒に暮らすようになる人はごくわずかだ。
私も夫とは、マッチングアプリがなければ出会わなかった。
けれど、もし彼が別の県に住んでいたら。
もし登録した時期が少し違っていたら。
もしどちらかがメッセージを返さなかったら。
もしどちらもが興味を持たなかったら。
今の生活はなかった。
そう考えると、あの頃の先生の言葉を思い出す。
奇跡なんて大げさだと思っていたが、人と人が出会うことは、案外それに近いのかもしれない。
最近は、昔読んだ小説を読み返している。
以前は納得できなかった結末にも、今は素直に頷ける。
この人たち、ちゃんと出会えてよかったな。
その出会いをお互いが大切に育てて、結婚までたどり着いてよかったなと思う。
お幸せに。
本を閉じながら、心からそう思う。