メインコンテンツへスキップ
見出し画像

本当の私をわかってない 《カタルシス一ノ瀬美空》

    雨が降りしきる、ある日の午後。
    私は乃木坂46のライブ会場である横浜アリーナへ向かった。
    生活のなかで、一番といってもいいくらいの楽しみな一日。
    空を見上げるとあいにくの天気だが、自分にとっては快晴だし、新横浜だけはすごくキラキラ光っているように思えた。
    ライブももちろん楽しみなのだけれども、
    グッズ販売も楽しみにしているので、少し早めに会場に足を運んだ。

    画像
    横浜アリーナ 公演

    ①遠藤さくらのキーホルダー

    グッズは一定の金額以上を超えると、それごとに特典が当たるくじ付きのカードがついてくる。
    特賞、A賞、B賞、C賞、ハズレ。のうち…
    なんと、A賞が当たった。

    A賞だと、乃木坂メンバー誰かの限定アクリルキーホルダーが貰える。しかも、遠藤さくらちゃんのものが当たった。乃木坂46だと第一線級のメンバー。ファンも多くいる。ファンなら誰もが羨ましがるだろう。

    画像
    A賞の遠藤さくらアクリルキーホルダー

    そのアクリルキーホルダーが入った袋を見ていると、
    ある男性が声をかけてきた。

    袋にしまっていたので、中身は分からないはずなのだが、
    どうやら、私がA賞と書かれたくじを持っているところを、
    話しかけてきたようだった。

    声をかけるやいなや、こう一言。
    私の当てたA賞のものと、交換したい。
    と言った。

    A賞のものを、なぜ人から貰おうとするのか…。
    と内心思いながら、

    私は「一ノ瀬美空のA賞のがあればいいんですけどね……」と言う。

    床に置かれたプラスチックケースのなかにある無造作なA賞アクリルキーホルダーから、一ノ瀬美空のキーホルダーを探すも、パッと見、見当たらない。

    A賞がないなら、B賞やC賞ならダメですかね……どうしても私の遠藤さくらのアクリルキーホルダーを欲しいようだ。

    いくらなんでも、等価交換では無いだろう。と思ったので、「大丈夫です…」と断って、その場を去ろうとした。

    その去り際に、男は、私にボソッとこう言った。

    「推しじゃないのにいいんですね…… 珍しいですね。」

    「珍しい」という言葉に引っかかった。

    大前提、A賞をB・C賞で交換するというのは、さすがに等価交換が成立していないのだから、それを相手に強引に要求するのは交渉が下手くそである。

    加えて、私はどのメンバーも大好きなのである。
    こと今回のアクリルキーホルダーに関しては、遠藤さくらが大好きだから手離したくない。
    ライブでの遠藤さくらを見たいから、ライブを申し込んできている。推し。ではなくても、遠藤さくらが大好きだからである。

    ②価値観の毀損

    グッズというのは、今日のライブを未来で思い出して追体験するためのタイムトラベル装置のようなものだと思っている。

    そんな自分で引き当てた唯一無二の思い出アイテムを、誰かに価値付けされたり毀損されたりするのはまっぴらごめんである。


    自分の中の価値観が、他人と一致しない。
    そのことまでは仕方ないし、当たり前だし、
    大いに受け入れることはできるのだが、
    それを他人に雑に扱われるのは本当に解せない。

    最近はそんなことがあまりにも多くある。
    私を毀損するな!雑に扱うな!潰すな!
    私の価値や感覚を的確に捉え、的確に評価せよ!

    仕事でも、こんな開かれた言論空間では、書けないような、
    嫌なことがいっぱいあった。「●●ハラ」にもならないような、
    絶妙な塩梅の嫌なこと。こと。というか処遇。
    自分がある程度、フットワーク仕事をこなせるからといって、
    都合の悪いことばかりを押し付けるな!つぶれてしまうだろ!
    こうやって、自分の売りや強みは無駄な労力によって、
    かき消されてしまうのかもしれない。
    さほど悪いことはしてないし、一生懸命頑張っていると思うんだけどなあ。

    仕事でも、私生活でも、いまこの出来事も。
    欲しいのは共感。せめてでも、その見識を持ってほしい。

    こんなことを考えているうちに、
    「価値観の毀損」というフレーズが頭をよぎる。

    こうしたモヤモヤを書いておかないと気が済まないと思って、
    ライブ開演前のカフェの机の前で、ここまで必死に打ち込んでみた。

    考えているうちに、「私以外私じゃないの」という、
    某バンドのサビのフレーズが頭の中で再生されたりもする。
    それに対して、「それな」と自分に共感してみたりした。

    ここまでのエピソードを一気に打ち込んで、
    タイトルを「私以外私じゃないの(仮)」と書いて、保存しておいた。


    多分このあと、後々アドラー心理学の書籍を家から引いて、やっぱりそういう風に考えるべきだよなって。まとめるつもりだったと思う。

    こんな気持を忘れたり、忘れなかったりしながら、
    カフェを出て、屋根の下、雨をよけながら会場の横浜アリーナへ向かった。
    道中で、何度か、小さな側溝に足を突っ込んで靴をずぶ濡れにして、
    靴下と靴をびちゃびちゃにした。はぁ……。

    それでも、私は、毀損された価値観を修復しに、乃木坂46を見に行くのだ。
    それは生きがいとも言い換えられるし、生命線ともいえよう。

    ③会場入り

    会場に入ると、いわゆるオタクがたくさんいる。

    その一方で、仕事帰り直行社会人もいたりして、幅広い客層である。
    ちなみに、お客は男性だけかと思われるかもしれないが、それなりに女性ファンもいる。
    そういう人たちとは、推しのうちわを持って、写真や動画を撮っていて、おそらくここであのとき撮っていたあのフリルを着ていた人だ!
    とインスタリールで運命の再会を果たすことも少なくない。

    開始直前、ボルテージの上がる会場。
    会場からはこんな雄叫びが聞こえる。

    「俺の嫁、俺の嫁、●●(メンバーの名前)ちゃ~ん」

    SNSを見ると、このコール(いわゆる、嫁コ)は、結構怪訝な目で見られており、評判は悪い。
    まず叫んでいるという面で、マナー違反、という批判もあれば、「アイドルを嫁呼ばわりとか痛々しい」という前世紀のアイドルオタク批判のステレオタイプのような批判もある。
    (※わかる。きわめて的を射ていると私も感じている。)
    いつもは、それに対して、別のオタクが、

    「いやいやいやいや、俺の嫁、俺の嫁、●●ちゃ~ん」

    と、応戦する。嫁争いがこうした数人をめぐって、繰り広げられる。
    無茶な話である。どれくらい無茶かというと、
    竹取物語で、5人の貴公子に対して、結婚の条件として、火鼠の皮衣など人力ではとてもかなわない試練を課した、その100倍は無茶だと思っている。

    とはいえ、今回は様子が違った。
    嫁コを発する人間が現れた!

    「いやいやいやいや…」

    まで、聞こえてきた。でた、いつもの流れ!
    ところが、

    「いやいやいやいや、そんなことないよ~」

    と思わぬリアクションが返って来る。

    「いやいやいやいや、俺の嫁、俺の嫁、●●ちゃ~ん」
    「そんなことないよ~」

    しばらくこのラリーが続いた。嫁コ否定人間との邂逅である。
    最後に至っては、拍手まで起こっていた。共感する者までいるとは…。

    なるほど。このやりとりを聞いているうちに、
    改めて「価値観の毀損」というフレーズを思い出した。

    嫁であることの否定。否定に対する否定。賛同としてする否定。
    人間は、人間どうしで、価値観を毀損し合って生きているのだ。


    ④光合成希望

    そういえば、今回の乃木坂46の全国ツアーは、私の推しの一ノ瀬美空さん(以下、みーきゅん)がはじめてセンターを務める全国ツアーである。
    そういう意味で、私にとっては、かなり思い入れの強いライブである。

    画像
    一ノ瀬美空(みーきゅん)

    overtureという登場SEをきっかけに、さっきまでのもやもやとした気持ちなんかすっと忘れてしまった。むしろそれでいい。それは健全なことだ。

    ステージから、みーきゅんをセンターにメンバーが登場する。
    最初に流れた曲は、さきほどの自分の心をなぞっているようで、なんだか不思議な感覚に陥った。

    向日葵が似合わないって ある日誰かから言われて 傷つく
    真夏の太陽 苦手でしょ? 部屋に引きこもっているようで…
    本当の私をわかってない 風に吹かれて走るのが好き


    乃木坂46「光合成希望」

    少し緊張気味にソロパートを歌うみーきゅんを応援しつつ、
    加入当時からずっと好きだったアイドルがやっとこさセンターという一番目立つ位置で踊っていることをかみしめて、見ているうちに心が浄化される気がした。

    「光合成希望」自体は、明るく溌剌とした楽曲である。
    楽曲のフレーズがこれほど、自分の心に響くとは思いもしなかった。

    カタルシス一ノ瀬美空である。


    ⑤価値観の毀損を修復する作業

    ちなみに、「光合成希望」を全編見ればわかるのだが、一部だけを切り取って、自分の意のままに捉えている。あまりに主観的である。

    それでも、そうした主観しか、
    私の価値を100%で共感してくれないのである。

    後々、いろんなことが起こって結果が覆ることもあるかもしれないが、
    その主観というものは、私のことをいったんは肯定してくれる。

    その肯定してくれる主観の権化たるものがいわゆる「推し活」なのかもしれない。
    常に誰かに監視され、抑圧され、同調圧力が働いているようなこの現代社会では、お互いに価値観が毀損されてしまう。
    それを避ける予防線として、俯瞰で見ることなどを言われるけれども、感情の伴う人間に、そのような機械的な生き方を100%で実行させようとするのは不可能に等しい。そうやって、否定されることなく、生きるためには「推し活」という手段をとるのはある程度、合点がいくとも思えてくる。

    まあ難しいのは、没入を許容されている領域に、
    他人が入り込んできて価値観を毀損しにやってくるのが、ややこしいのだが。
    とにかく、自分は自分を大切にする。
    そのために、まずは、主観で好きなものに触れることが大事である。
    そして、毀損されたというモヤモヤを浄化してあげることもきっと大切なのかもしれない。

    ライブ、楽しかったな。見ごたえがあったな。
    みーきゅんが、ツアーの主役として元気にアイドルしている姿。
    かっこいいし、かわいいし、素敵だったな。元気が出た。

    生きる力を与えてくれるみーきゅんによって、
    勝手に、日常生活で傷ついた価値観は、修復が完了した。

    あまりにも勝手に思っていることだが、
    「推し活」というのは、ある種の正しい行動選択だと思っている。

    その人たちにとっては、
    傷つく心を癒す「カタルシス●●」になりうるものなのだから。

    画像
    終了後の写真。降りしきる雨を感じさせない興奮をそのままに表した一枚。

    この記事が参加している募集

     
     

    黄昏

     
     
    国語を教えています。(指導観:国語の学びと現実社会の架橋)

    あなたへのおすすめ