
唐津街道3 筥崎宿→前原宿
唐津街道は、北九州から玄界灘沿いに唐津までを結ぶ道で、古代より大陸からの物流を運ぶ重要な道でした。
安土桃山時代には豊臣秀吉の九州平定や朝鮮出兵に、江戸時代には参勤交代にも使われていました。
冬の街道歩きは三年連続で九州、2024年長崎街道、2025年薩摩街道、2026年は唐津街道を歩きます。
2026.02.17
1.筥崎宿


筥崎宮 浜之鳥居。
参拝してから歩こうとしてら、門が閉じていました。



筥崎宮は昨日参拝しましたので、一の鳥居から一礼して、唐津街道に入ります。




この付近は寺町で、たくさんの寺院が隣り合っていました。
2.博多宿

博多曲物(はかたまげもの)。
曲物は福岡の伝統工芸品、街道沿いに専門店がありました。




大衆演劇のポスター。
迫力がありますね。街道を歩いていてもかなかなお目にかかることができません。
奥州街道を歩いた際に時々目にしましたので、ポスターと歩いた日の記録を紹介します。

岩手県奥州市

岩手県金ケ崎町

青森県二戸市



市営千代大学通住宅。
少しレトロな感じの大型集合住宅の佇まいが、どの角度から眺めても美しかったです。



博多祇園山笠。
13世紀に疫病退散を願い練り歩いたのが起源とされ、現代は毎年7月1日〜15日に開催されています。
博多区の御笠川と那珂川に挟まれた地域の祭りで、山笠を曳く流れ(ながれ)と呼ばれる自治組織が7つあります。

流れの名称は、大黒流 ・東流・中洲流・西流・千代流・恵比須流・土居流。
上の画像は昨夜入った居酒屋に飾ってあった7つの流れの杓文字です。
その山笠にも種類が2つあります。
▽飾り山笠
博多人形師が作る高さ約10mの豪華絢爛な山笠で、まちなか10数カ所に展示されています。
▽舁き山笠
舁山(かきやま)と呼ばれ、締め込み姿の男衆がオイサオイサと山を担いで街を走りまわります。
よくニュース等で報じらている山笠は、追い山笠と呼ばれる最大の見せ場で、7/15の4:59に一番山笠が櫛田神社を出発し、5kmのコースをタイムを競いながら駆け抜けます。









3.那珂宿

那珂川を渡り、博多区から中央区に入ります。
先ほど紹介した博多祇園山笠は博多区の祭りなので、那珂川は渡りません。







通勤ラッシュ時間帯、天神付近はオフィスに向かって速足で歩く人々で賑わってます。
本日は火曜日。
街道歩きは、多くの人々が休んでいる、土日祝日のゆったりとした空気の中を歩きたいものです。


昨日は無人の駄菓子屋、今日は花屋、無人店舗はどこまでいくのでしょうか。
無人でお金を払う仕組みを考えてみると、賽銭箱が頭に浮かんできました。
賽銭箱の起源を調べると、元々は神仏に捧げた米などの食物が、貨幣制度の発展とともに賽銭となり、それを納める箱ができたそうです。
賽銭箱と無人化はあまり関係なさそうですね。



和菓子 熊屋。
平戸菓子と暖簾に書かれています。
砂糖はじまりの地と言われる平戸発祥の和菓子店。
今回の唐津街道の先後の目的地、平戸の地名が目に入り、テンションが上がりました。
4.福岡城 大濠公園

九州製氷の広告ゲート。
なかなかお目にかかることができない、道路を跨ぐ広告ゲート。
今の法律では設置できないと思われます。








宿場町や城下町のジオラマが好きで、様々な角度から覗き込んで楽しんでいます。
一番好きなアルグルが、街道の道を正面から見た時の、密集した建物とその道筋。
上の画像は最高レベルのアルグルです。


梅園は見頃で、たくさんの写真愛好家が集まっていました。









福岡城三の丸の西側にある堀の跡が大濠公園。福岡市民の憩いの場になっています。



大濠の周りは約2kmのランニングコース。
地元のランナーだけではなく、中華系の観光客風の方々が走っている姿が散見されました。

只今の時刻は10:52、開店前から大行列の店がありました。
イタリアンレストランらるきい。
ソフトバンクホークスの王貞治会長が、入院中に抜け出して、名物の"ぺぺたま"というパスタを食べにきていたそうです。



唐人町の名の由来は、唐津街道を行き交う旅人向けの商家が集まったのが、起源とされています。



5.西新商店街








初穂料200円で、ご縁結びの紐が13色から選べて、楠の幹に括ることができます。
とても綺麗でご縁が叶いそうでした。

映画クスノキの番人。
東野圭吾原作の映画のポスターが貼ってあります。ポスターは夫婦の楠に因んで貼ってある様で、原作の舞台は佐賀県の武雄神社で、アニメの舞台は東京都あきる野市でした。


拝殿には度肝を抜かされます。
壁全体が茅で出来ており、茅葺壁という工法があるとは、知りませんでした。



本殿は伊勢神宮に代表される、日本最古の神社建築様式である、神明造(しんめいづくり)です。


光の宮は、境内にある三つの末社の拝殿を担っています。

こんなにもモダンでありながら、未来のことを考えつつ、神様を大切に祀っている神社は初めて見ました。
ここまで作り上げてきたご苦労も含め、感動しました。



五七の桐。
総理大臣の会見の時によく観るデザインが目に入り撮影しました。
後から調べたところ、かつては天皇家の家紋で、後に足利氏や豊臣氏などに下賜されるようになったそうです。






西新中央商店街。
かなり賑やかな商店街です。

勝鷹商店街。
唐津街道=西新中央商店街と地下鉄が通る明治通りを結ぶ小さな商店街。
福岡ソフトバンクホークスのスタジアムまで約2km、試合後には大勢のファンが来そうです。


西新商店街が終わったと思ったら、次はなかにし商店街。
駅から離れているのに、賑わいが衰えません。





商店街が西新駅から隣の藤崎駅まで、約1km続いていました。
街道を歩いいて、ここまで長い商店街はなかなかありません。
記憶の中で一番長く感じたのは中山道、東京都内の、巣鴨地蔵通商店街から板橋仲宿商店街までの区間。
商店街が途切れそうになると、別の商店街が現れる事を繰り返し、おそらく4kmくらいは続いていたと思われます。
中山道の長い商店街を歩いた日の記録はこちら↓


九州はバスターミナルが好きですね。
藤崎バスターミナルには不思議な信号機がありました。
6.姪の浜宿








姪の浜(めいのはま)宿の中心部に入ってきました。


姪の浜の名の由来は、神話の神宮皇后が三韓征討から当地に凱旋した際に着ていた衵(あこめ)の服を海岸の松の木に干しました。
それ以降、あこめのはま→めのはま→めいのはまに転訛したそうです。










お地蔵様にお参りすると、子どもはお菓子がひとつ貰えるようです。
ほっこりします。

旅の安全や健脚を祈願して、社寺仏閣では草鞋が納められている光景を目にします。
仁王様の前に納められている場合は、仁王様の足の強さにあやかりたいと願うため。
大きな草鞋がある場合は、ここにはこんなに大きな草鞋を履く巨人がいると、魔除けとして飾られています。




とんこつラーメン。
九州に来ると、いつも街道歩きで昼に食べている醤油ラーメンになかなかありつけません。
唐津街道では、とんこつラーメンか長崎ちゃんぽんに落ち着きます。




元寇防塁(がんこうぼうるい)。
鎌倉幕府が、蒙古の襲来を受けたのを機に博多湾の海岸線に石築地(いしついじ)を築き、元寇防塁(げんこうぼうるい)と呼びました。

現在は、元寇防塁の一部が復元されています。

玄界島。
博多ふ頭定期船で約35分、漁業を生業としている人口約350人の島。




上の画像の一の鳥居には、若い女性の外国人観光客が何人も来て写真に収めていました。
素晴らしい穴場をよく見つけますね。





7.今宿















二宮神社の奥、海辺に常夜灯が建っています。
灯台の役割も担っていたと思うと、長きにわらるお務めに感謝して、拝みたくなってきます。

櫻井道。
糸島半島北部にある櫻井神社に向かう道との追分の立派な道標が残されています。






九大学研都市駅。
2005年10月1日に開校した、九州大学伊都キャンパスの玄関口の駅。





伊覩(いと)神社。
伊覩(いと)は、現在の合併した糸島市の名の由来にもなったこの地域の過去の地名です。




今日は平日。
元気な子どもたちが、自宅に向かって帰っていきます。子どもは地域の宝ですね。
8.前原宿



糸島市に入ると、国道202号に入ります。
国道202号は、福岡市博多区から、佐賀県唐津市・伊万里市を経由し長崎県長崎市まで至る総延長246kmの道。
今回の街道歩きてでは、伊万里市までを並走します。

30分以上もチェーン店が立ち並ぶ、退屈で侘び寂びがない風景がつづきます。
このような道を苦行の道と呼びますが、退屈の中にも風景の中に何かを発見するのも、街道歩きの醍醐味です。


夕暮れの街道歩き、暗くなっていくのは寂しいですが、もう少しで歩かなくて済むという、嬉しさが心に同居します。
そして1日のご褒美、夜のパトロールと称する、美味しい居酒屋探しが待っていると思うと、今まで重かった足取りが急に軽くなります。



夕陽を浴びる鳥居や拝殿の、何とも言えない色合いが好きです。


陽が暮れてきました。
前原(まえばる)宿にはいります。
ここは福岡藩領の最西の宿場町、風情ある街並みが期待できそうです。


前原の原は、「ばる」と読みます。
九州・沖縄地方の特徴で、昨日歩いた原町(はるまち)宿もそうでした。
その読み方の由来には諸説あります。
お隣韓国の読み方で、原をぼると読む地名があった説。
該当する地域を開墾した際の、墾る(はる)」が転じた説。
正解は、往時の人々に聞かないと判りませんね。






前原宿、素晴らしい街並みでした。

入浴と洗濯を終えて、夜のパトロールに出ます。

いい感じのアーケードです。
これは期待できますね。

ホテルへの道中、糸島高校同窓会のポスターを発見。
地域愛が強いです。

磯の香りが漂ってきそうな店に入ります。

コノシロは、コハダが成長した姿。
骨切りした刺身で頂きました。

締めは女将さん手造りのハンバーグ。
魚ばかりだと常連さんが飽きてしまうので、肉料理も用意してあるそうです。

木鷽(きうそ)。
店の神棚に祀られていました。
木鷽とは、鷽替え(うそかえ)と呼ばれる神事で、各地の天満宮で1月に行われ、前年起きてしまった凶を、鷽(嘘)にしてしまう、何とも都合が良い開運神事です。
私は東京の亀戸天神で木鷽を購入しており、今でもスマートフォンの待受画面にしています。

こにらは亀戸天神の随所に置かれている木鷽の画像。

東京都 江東区
下の画像の様に、亀戸天神では木鷽が授与されており、数万円する大きな木鷽から先に売り切れていきます。

東京都 江東区

東京都 江東区

飲み終えた帰りに、木鷽の鷽替え神事がある老松神社に立ち寄りました。

拝殿の奥の空、冬の星座が美しく輝いていました。

只今の時刻は22:21、思わぬ形で夜の参拝が出来てました。
幸せいっぱいで眠れそうです。